サマスペ! 九州縦断徒歩合宿(16)
「悠介、何をやってるんだ」
悠介は斉藤の怒鳴り声に迎えられた。アッコと市役所からダッシュで戻った人吉駅には、旗持ちの二村と伴走の斉藤が到着していた。
二村はベンチに座り込んでいる。くたくたに疲れているのだろう。
「宿が決まってないんだって? あのな、宿は一年が必死こいて見つけるもんだぞ。俺が一年の時なんかなあ――」
アッコが悠介の前に出た。
「ごめん、斉藤。あたしのせいなんだ」
斉藤が「へっ」と間抜けな顔をする。
「でも悠介が頑張って、なんとかキャンプ場に泊まれるようになったんだ。斉藤も協力してくれるかな」
「あっ、ああ。泊まれるならいいけどさ」
「悠介、それ、なんだ」
二村は悠介が担いでいる袋をじっと見ていた。悠介は両肩に二つ、アッコが一つ、大きな袋を肩から提げている。借りてきた三張りの六人用テントだ。
「悪い、二村。今日、テント泊になっちまって」
「やっぱりテントか。テント泊、いいじゃないか。これから組み立てるんだろ。俺にやらせてくれよ」
二村は「よっこらせ」と腰を上げて、悠介の肩をぽんとたたく。
「俺、こういうの大好きなんだよ」
胸が熱くなった。
旗持ちが終わって、くたくたになっているはずなのに。
「うん、頼む。ありがとな」
鳥山が「なんだ、なんだ」と立ち上がる。
「キャンプ場にテント付きで泊まれるのか。お手柄、お手柄」
「チョウさんはこのまま、立ちんぼをお願いします」
アッコが鳥山に、市役所でもらったキャンプ場の地図を押しつけた。
「悠介は斉藤と二村を連れて、キャンプ場でテントの設営と薪集め。あたしは買い出ししてくるから」
キャンプ場に近いスーパーの場所もお公家さんに教えてもらってある。市役所から駅に走りながら、この後の段取りは相談してあった。
「アッコ、三年生に立ちんぼさせちゃまずいだろ」
斉藤がはらはらしている。
「いいからいいから。このキャンプ場まで行けって言えばいいんだろ」
鳥山はまったく気にしていない。
「じゃあ悠介、よろしくね」
「はい。準備できたら、俺もスーパーに行きますから」
「悠介、ご飯できたかあ」
次郎が広い草原に張ったテントから顔を出した。
「ごめん。もう少し」
「テント、いいじゃん、秘密基地みたいでさ」
ライトも首を出した。
「いいじゃん、いいじゃん」
次郎がライトの口真似をして喜んでいる。
食当以外は全員、市役所で借りたテントの中でごろごろしている。みんなテントが気に入ったらしい。それだけで報われた気がした。
悠介はテントなど触ったこともなかったから、二村がいてくれて本当に助かった。二村はアウトドアグッズマニアらしく、三張りのテントを鼻歌交じりに組み立ててしまった。
悠介は注意して、かまどから釜を下ろした。
「アッコ先輩、ご飯はオッケー」
「はいよ」
アッコが隣のかまどにかけた鍋のふたをずらした。湯気が立ちのぼる。かまどの中の薪は勢いよく燃えている。火力は申し分ない。
「薪があってよかったですね」
キャンプ場の設備は想像よりもしっかりしていた。コンクリートで三方を固めたかまどが並んだ傍らには水道と調理台があり、自炊には十分だった。
かまどの脇には薪が積み上げられていて、簡単に火をおこせた。
「ほんと、ほんと。ありがたいよね」
アッコが小皿に取ったジャガイモに箸を突き立てた。
「よし、ルー投入。悠介、薪をあらかた取り出して」
「了解」
ぱちぱちと音を立てる薪を隣のかまどに移して弱火にする。アッコは細かく砕いておいたルーを入れて、ゆっくりかき混ぜながらキャンプ場を見回した。
「あそこにテント張ってるのは、会社の新人研修なんだってね」
百メートルほど離れた所に六張りのテントが並んでいる。ジャージ姿の数十人の男女が、忙しく立ち働いていた。
「さっき誰か、挨拶に来てましたね」
中年の男が来た時、ちょうど釜がふきこぼれてきたので、悠介は上の空で聞いていた。
「うん、人事課長さんがね。仲間と自炊してテントで寝ることで、一体感を養う研修だって言ってた」
「なんか俺たちのことを褒めていたような」
「君らは学生の時からこういう体験をして偉いね、だってさ」
悠介は「へえ」と答えて、しゃもじを用意した。
「まあ、安い食材で料理を作るのは上手になるかもね」
「そう言えばアッコ先輩のチーズハンバーグ、最高でしたよ。俺のバイト先のハンバーグ弁当よりうまかった」
肩を小突かれた。
「それは褒めすぎだって。そうか、悠介はコンビニでバイトしてたんだよね」
「聞こうと思ってたんです。うちの店のハンバーグ弁当、税別四百六十二円ですよ。それよりボリュームもあったのに、あれで予算内だったんですか」
アッコは「まあね」となんでもないように言う。
「合い挽き肉が安かったんだよ。それにモヤシとエノキで、かさ増ししたからね」
「へえ、すごいな」
サマスペで初めて米を炊いた悠介とはレベルが違う。
「今日もほんとは手の込んだのを作りたかったんだ」
「料理、好きなんだ」
「好きなのかな。ただね、歩いてるときにレシピを考えてると、あっという間に時間が過ぎるんだよね」
それは無我の境地だ。
「でも結局、時間がなくてカレーにしちゃった。自分のせいだから仕方ないけど」
アッコはそっとかき混ぜていた鍋のカレーに目を落とす。泊まろうとした寺が旅館だったことを、まだ気にしているのだろうか。
「何を言ってるんですか。カレーはみんなの大好物ですよ。それに俺たち頑張って、野宿を免れたじゃないですか。テントもあるから雨だってしのげる。それだけで百二十点、や、三百点ですよ」
「思ったより熱いんだね」
「えっ、どこか火傷した?」
「違う、違う」
アッコが笑った。
「悠介のこと。もっとクールなのかと思ってた」
「なんだ、俺ですか。……俺、クールに見えるかな」
きっとクールを気取ったばかに見えていたのだろう。シーサイドホテルでは、ライトに単純ばかと言われたばかりだ。
クールな単純ばかか。顔が見てみたい。
「悠介って斜に構えている感じだったよね。サマスペの意義もわかってなかったし。それなのにまさかあそこで土下座するとは思わなかった」
「うっ、アッコ先輩。そのことはみんなには内緒ですからね」
「わかってるよ。あれ、前にもやったことあるの」
「あるわけないですよ、初めてに決まってます。あんなみっともないこと、金輪際しませんよ」
「またむきになった」とアッコが笑う。
「なんであんなことしたわけ?」
「……知りませんよ」
アッコは楽しそうにおたまを動かす。
「みんなが腹減らして歩いてるのを想像したら、俺、たまらなくなったんですよ。気がついたらもう……」
「格好良かったよ、悠介」
「えっ」
手に持ったしゃもじに目をやった。
「仲間のためなら熱くなるんだね」
しゃもじにかじりつきたくなる。
やめてくれよ、アッコ先輩、そういう恥ずかしいことを言うの。
「ちょっと俺、おかしくなってるから。ネジが飛んだって言うか。俺、もともと他人に興味持たないようにしてたんですよ。仲間なんていらないって思ってたし」
「それが変わったんだね」
「サマスペのせいです。一日何十キロも歩いて、いや、走ってか。この合宿が異常すぎるんですよ」
「それはまあ、そだね」
「脱走やら野犬やらシーサイドホテルやら、なんなんですか、一体」
「悠介、どうどう」
アッコは笑いながらカレーをスプーンですくって味見する。
「うん、ばっちり。みんなに集合かけて」
声を掛けるまでもなく、カレーのスパイスのたまらない匂いにみんなが食器を持ってテントから出てきていた。
キャンプ場の短く刈られた草の上に円を描いて座る。悠介がご飯を盛った食器に、アッコが熱々のカレーをたっぷりよそる。
「それじゃあ正座してください」
悠介は「いただきます」と言おうと息を吸った。
「あっ、その前に」
アッコが手を上げる。
「食当から一言お詫びです。今日は宿が確保できずに屋外で泊まることになってしまいました。あたしの責任です。どうもすいません」
そう言って頭を下げた。正座していた悠介は膝立ちになる。
「だからアッコ先輩のせいじゃないってば。あのお寺が――」
「キャンプ、いいじゃないか」
水戸に遮られた。
「そうよ、アッコ。風も草の匂いも気持ちいいよ」
由里がにっこりした。
「俺、てっきり野宿だと思った。なんだよ、立派なキャンプじゃないか」
斉藤もたまに正しいことを言う。
「そうだ、そうだ」
「テント、バンザイ」
みんなが黙っている幹事長を見た。
「アッコ、自炊ができてテントがついてるなら、サマスペとしてはなんの問題もないぞ。上等だ」
アッコが「よかったあ」と笑った。悠介はみんなの笑顔を見て、じわじわと嬉しさがこみ上げてきた。こんな満足感はこれまでに一度も味わったことがない。
土下座なんか安いもんだ。
「ついでにもう一つありまーす。今日はアッコ特製ロールキャベツを作る予定だったんですけど、時間がなくて断念しました」
「ロールキャベツかあ。うまそう」
二村が舌なめずりした。
「今年はあたしの食当はもうないから、来年のサマスペまで、お楽しみに」
「あれっ、来年は俺たち、引退してるから食べられないぞ」
鳥山が言う。
「怠け者のチョウさんには、そもそもあげません」
チョウさんが恨めしそうな顔をする。大梅田が手をたたいた。
「さあ、もういいかな。腹が減った」
「悠介、食べよう」
「早く、悠介」
悠介は「それでは」と姿勢を正した。
「いただきます」
みんなの声が暮れなずむ空に吸い込まれていった。
――――サマスペ七日目 芦北町~人吉市 歩行距離四十一キロ
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