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向き合う

恋人が握った手をいつ離そうかなあ、逆にいつ離されるかなあ、なんて考えていたら、
突然体勢を変えるのと同時にパッと離されて
先に離しておけば良かったなあなんて少し悲しく思うのと同時に、今離されて良かったとも思う。
恋人のパジャマの袖をグジュグジュにするくらいには泣いてたので、ホッとしながらベッドから離れる。


私が小学校中学年くらいの頃、父以外の家族で川の字で寝ていた。21時には寝るように躾けられていて、でもその頃はなぜか早朝の5〜6時に1回目覚めて、カーテンから朝陽が差し込んで部屋は明るいのに母も弟も目を瞑って起きなくて、自分だけが起きているという状態が何だかすごく恐ろしいものに感じられてひとしきり泣いてから疲れてまた眠る、みたいな時間があった。
これは多分、誰にも話した事がない。私はあれが本当に恐ろしくて、あえて早朝にアラームをかけて、布団の中でこっそりゲームをして免れるとか、目が覚めても絶対に布団から出ないで、誰の顔も見ないとか、そういうふうにしていた。


21時には眠るように躾けられていたが、毎週金曜日だけは見たい番組があって、その日だけは21時を過ぎてもいいとなっていた。テレビの前で始まるまでは意気揚々としていたのに始まって30分もしないで寝落ちるという生活リズムの正しさを見せていた。あの頃、テーブルに突っ伏して眠る私をやれやれと言わんばかりに父親が私を抱えて布団に優しく寝かせて、首まで毛布を掛けてくれる、愛情を感じて、それが大好きだった。
でも高学年になってから私の体は夜更かしに耐性がついてしまったし、何より体も大きくなってしまって、父親に抱えて運ばれることも無くなった。
ある時わざわざ抱えられたくて、変な場所で寝落ちたフリをしたけど、運ばれるどころか何でこんなところで寝てるんだよと怒られて起こされた。恥ずかしくてたまらずに、慌てて自室へ戻った。


私を寝かしつけてくれていたのは大体母親だったが、母親は子供を寝かせる時は首まで毛布をしっかりかけて隙間なく沿わせて、つま先も絶対に毛布から出ないようにギュッと布団とつま先を最後に握ってくれるのだ。
そしておやすみ、と言って部屋を出ていく。
その頃にはもう私はウトウトしていて、母と離れたくないのに、安心して眠れて、それが大好きだった。

今も恋人が眠っていてつま先が出ていたら布団をかけるし、冬は寒いかななんて首まで毛布をかけたりするけど、彼には鬱陶しいみたいで、よく振り払われては、私がされて嬉しい事と彼の嬉しい事は違うんだなあなんて不思議な気持ちになる。


大人になってから、過去の記憶との対峙が増えた。
特に恋人が出来てから、私は過去のコンプレックスとの戦いの連続だ。
恋人と友達とも家族とも違う、家族になりそうな深い関係を築きながら、私は何度も何度も躓く。失敗する。彼を困らせる。

私はまず驚くほど感情のコントロールもできない人間で、寂しがりで、欲しがりだった。
最近ようやく、親にして欲しかったことを彼に求めてると自覚して認めるところまで来れた。
この気付きがあってもそこから状況が途端に改善する訳もなくて、私はそこからまだまだずっと、過去の記憶と共に心をすり減らしてる。
何をどうすれば治るのか分からなくて、ずっとずっと考え続けている。


細やかな出来事は数え切れないけど、彼が記念日に私に何でも買うと言った時は恐ろしくて、何も言い出せずにまた彼を困らせた。
私が欲しい物なら何でも買う、と本気で言う人に恐怖さえ感じたし、私は何も差し出せないのになんて、先にプレゼントを買って渡した身分なのに、彼と自分を対等に感じられなかった。
欲しい物を欲しいと言えない、むしろ大事にしてたものさえ突然売り飛ばされたり、それが当たり前だった。彼は私から何も奪わない、大きな発見だった。同時に心底悲しくなった、欲しいものさえ欲しいとも言えないんだなあ、と思ったし。


彼が愛しそうに私の髪を触る時、ケアをする時、同時に掴まれてブチブチと音を立てて抜けてそのまま玄関の外に放り出された時のことを思い出す。アパートの階段の踊り場、コンクリートが冷たくて、汚くて、泣くことしか出来なかったことがふと過ぎる。

誰かに自分の言葉を褒められるたび、「口が達者で生意気だ」と罵られたことを思い出す。
子供のくせに子どもらしくない言葉ばかり使う、神経を逆撫でする、と軽蔑された目を向けられたことを思う。
力じゃ敵わないけど、人間には言葉がある、話せば分かってくれるかもしれないと世紀の大発見のようなつもりで得た武器を一瞬でへし折られたような気分を思い出す。


眠れない夜でも、自分の家を見ると安心する。
たかが10万の城だが、家具の搬入も恋人が居なければできていないし、何も考えずに得た住処だけど、自分がここに居る権利を自分で得ていると思うと心から安心する。


焼酎の大きなボトルを見掛ければふと自衛する、飛んでこないと頭では分かっていながら

新聞を丸めて持つ人が怖い

ティッシュの箱の角さえ恐ろしい、あれは頬を掠めるとちゃんと痛いし、目に入ると酷い思いをする。

男の人の怒鳴り声は嫌いだ、女の人の金切り声も好きじゃない

彼の寝息にひどく安心する
けどたまに体温を知らないものに感じる 
私を助けられるのは私だけだと思う
無理やり起こして慰めてもらおうかとも思う


親から意外と愛されてるなあ、と自覚したのは実家を出てからだった。
しつこく生きてるのかとか、元気なのかとか連絡がきたけど私は当初それに対して強く怒りを感じた。嬉しいとかより、ずっと腹が立つ、以外なくて、彼氏には何か言われた気がしたけど、もう忘れた。今は有り難いなと素直に思える。
早く出ていけと言ったくせに、居ない方がいいと言わんばかりに今日は帰ってくるの?なんて聞いたくせに
私の分のご飯を用意したくなくて外で食べてくれば?なんて言った、そのくせ帰りが遅くなるとしつこく連絡が来た。
私に対して何か気に入らない事があればもうご飯は用意しないだとかお前の分の洗濯してやらないだとか、何回も自分でやると言ったのに手出しするなと断った家事を人質みたいにした。
今は自分でそれら全てを行える事が本当に楽しくて仕方ないし、もはやこれらは趣味だ。
部屋を綺麗にしたいとか洗濯物や洗い物を溜めたくないとか、これも狭くてぐちゃぐちゃな空間の後遺症だろう。

好きな時間に好きなものが食べられて、私が何時に帰ろうが誰も気にしない。どんな服を買おうがいくらだったのなんて聞かれないし、どんな下着を買おうが男ができたのか?だなんて言わない
新しい物を買っても良い身分だなんて言われない



よく、ここにくるまで彼を酷い目に遭わせてきたんじゃないかと考える。多分一般的な家庭で育った子は私ほど自信も無いわけもないしずっと素直で(これが差別ならごめんなさい)
私ほど物を深く考えすぎず、勘繰りすぎず、疑わず
私以外と、とも思う
全てがやっと整った近頃、やり直せたらと思う
幸せにしたいのに、私はまだ幸せにしてくれとか助けてとか、難しいけど、多分思っている。

彼の器なしでは成り立たない生活の中で、私はコンプレックスの自覚がやっとできたというラインで、本当に情けないなとか、どうしても眠れない日があって、そんな日は泣けるとこまでとことん泣いてみたりする。
泣き止んでスッキリした頭で文章にまとめたりする。
規則的な彼の寝息に安心する。今日もただそこに居てくれたらいいって思うのに、日々を当たり前に過ごすと求めすぎる自分に嫌気がさす。でももう少し頑張るからどうにか見捨てないでとか思ったり

記憶の扉が開き続けるような日々に恋人の存在があまりにも尊くて大きくて、私はそれにまた振り回されている。でも本当に大切だし、私が首を吊ってるところを彼が目撃したら?とか思うと、死のうにも死ねない、私を大事に思う人がひとりはいるという自信が与えてくれるパワーは偉大だ。

もう少し頑張ろう、と毎日思う。
寝顔を少し見つめてから、眠れたらいい。

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