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かわること、かわらないこと

 1980年ころ、お昼を食べていた、住宅街の小さな洋食屋さんがまだあった。すっかり傷んだ木の看板には、1977年と書いてある。古びた扉とは裏腹に、店内はとても賑わっていてた。店の隅にひっそり、私と同世代の女性の写真が飾ってある。シェフのバンダナの端から白髪がもれている。ああ、この店は、学生だった私といくつも年の違わない若い夫婦が、始めたばかりだったのだなと思う。切り盛りをしている女主人は、だから私の娘より少しだけ年上、という感じだ。
 この店に学友と来たことはない。彼女たちとは、学食でおしゃべりをした。この隠れ家のような小さな洋食屋に、私はいつも一人で来ていた。一人で来て、なにを考えていたのだったか。あの頃と同じ木枠の窓から新緑の並木を眺めながら、思い出そうとした。

長い道程の、どこを担うか

 分子生物学は、当時まだ新しい分野だった。勇んでその道に進んだ友人たちは今、「私がナン十年かけた研究が、今は一年くらいでできちゃうのよ」と、技術の発展について語る。だがその表情に、恨みがましさのようなものはない。彼女たちが積み重ねた泥臭い研究があって初めて、現代の輝かしい成果が生まれ得たのだと、知っているからだろう。
 人文情報学も同じだろう。今、勇んでその先陣を切るものは、山積する難題に取り組みながら、じりじりと進むしかない。だけれども、技術はさらに進んでいる。おそらく今、この問題に取り組む人は、研究人生の終わりにこの苦労を振り返るわけではなく、そう遠くない未来に、自らその成果を活用する日が来るだろう。未来は遠く見えるが、振り返るとたいした長さではない。今すべきことを、する。それが未来を拓く。

四次元年表

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