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いま求められるアニメ産業の詳細な分析

問題の根本は制作側への低い還元?

コロナ禍であらゆる産業が構造変化を迫られています。わたしの研究分野であるアニメ産業も例外ではありません。ところが、この産業構造そのものの共通理解や正確な現状把握が思いのほか難しいのが現状です。

アニメ市場規模については、日本動画協会が毎年発行している「アニメ産業レポート」の数字がメディアでもたびたび紹介されます。今年3月の日経新聞の記事では例えば以下の様に「ヒット作の利益 制作側に還元されず」という文脈で2兆円の市場規模が紹介されます。

日本動画協会によると、18年のアニメの市場規模は08年比約6割増の2兆1814億円に伸びた。一方、アニメ制作企業の売上高合計は2671億円と市場規模の約12%にすぎない。取り分が増えず、制作会社の疲弊が進んでいる。(中略)苦境の理由のひとつには制作時に複数から資金を募る「製作委員会」方式があるとされる。アニメ市場は約半分が海外売り上げだが、海外分やグッズ販売などのライセンス利益は、広告代理店やテレビ局が出資する製作委員会のものになる。作品がヒットしても、出資していない制作会社には還元されない仕組みだ。

こういったメディアでの紹介は表面的な事実としては間違っていないものの、アニメ産業の構造の理解が十分ではないまま行われており、結果として誤った分析(この記事は中国のアニメーターの平均年収との格差も示しながら「製作委員会方式はリスク分散の利点もあるとされるが、今後はグローバル競争を見据えた利益還元の仕組みが不可欠だ。」と結ばれています)をもたらしているのではないかと、筆者は懸念しています。製作委員会に参加(出資)する企業が、常に軒並み大きな利益を上げているということであれば、「還元を!」という主張も成立するかも知れませんが、実際のところ市場環境がめまぐるしく変わる中、その顔ぶれも流動的で、年間200タイトル以上の新作のなかでヒットに恵まれるものは一握りに過ぎないからです。

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(「アニメ産業レポート2019」より引用。グラフ項目は下からテレビ・映画・ビデオ・配信・商品化・音楽・海外・遊興・ライブエンタテインメント<2013年より追加>単位は億円)

また有力な制作会社は、製作委員会からの制作受託だけでなく、自ら製作委員会に参加(出資)をしたり、作品の収益から一部を印税として受け取る成功報酬契約を交すこともあります。リスクに応じた利益還元の仕組みは十分とは言えないかも知れませんが既に幾つかは存在しているというのが現状です。ただでさえリスクが大きい製作委員会からもっと利益を制作会社に還元すれば、歪みは解消されるはずというのは、少々短絡的な見立てであると言わざるを得ません。

構造理解に基づく分析・評価が必要

アニメ産業を巡っては「広告代理店が中抜きをしている」という風聞がネット上でまことしやかに語られることもあります。産業構造を理解しない、というか理解するための十分な情報が提供されないまま、「市場規模2兆円」「動画制作者の年収が110万円」といった数字が一人歩きするため、想像でその原因を語るしかなくなっているというのが残念な現状となっています。

他の産業ではかなり広範に精緻な調査が行われ、その結果が公表されています。たとえば一般社団法人日本自動車工業会では、「基幹産業としての自動車製造業」として、出荷額だけでなく設備投資額、研究開発費、就業人口など詳細なデータが示されています。

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(JAMA日本の自動車産業「関連産業・就業人口」から引用)

日本の自動車産業の構造については、私たちは学校でも「トヨタ・日産など大規模な企業がグローバル市場での競争や、研究開発・設備投資を行い、国内外の中小事業者に様々な部品製造を委託することで、サプライチェーンを構成し一大産業となっている」といった具合に大まかな理解をしているはずです。実は日本のアニメ産業も専門特化した中小のスタジオや個人事業主が、製作委員会から制作発注を受けた一次請けのスタジオからの依頼でアニメの各種「パーツ」を制作し納品しているという意味では、とてもよく似た構造になっています。(いわゆる水平分業側のビジネスモデルですが、近年ではCG制作を基軸に垂直統合を図る動きも拡がりを見せていることには注意が必要です)

そもそも、「製作」に従事する事業者と「制作」に従事する事業者とでアニメ産業における役割が異なっており、負うべきリスクも異なっています。そしてアニメ産業全体を見るとテレビ放送から配信へという視聴環境の変化に加え、コンピューターグラフィック技術の導入や、海外で制作される「日本風」アニメとどう向き合うか、といった様々な課題と直面してきました。そこに加えていまコロナ禍によって、産業レポートでも注目を集めてきた伸び代であるライブエンタテインメントが打撃を受けるのは避けようもない、という状況です。

戦争にせよ変化著しい産業にせよ、正確で精緻な情報が適宜もたらされる必要があります。情報が十分ではないと、まさに先の大戦のように楽観的な分析や、的外れな評価が致命的な結果をもたらすことになります。アニメのようなコンテンツビジネスにおいても、市場動向、産業動向についてより充実した情報が提供されることが第一ではないかと筆者は強く感じています。そして精緻で継続的な調査・分析には当然コストが掛かりますが、産業規模が自動車などに比べて小さいアニメ産業に対しては、公的な支援も必要になってくると考えられます。メディアも改善を訴えるのであれば、まずはそこからではないでしょうか?

※この記事は日経媒体で配信するニュースをキュレーションするCOMEMOキーオピニオンリーダー(KOL)契約のもと寄稿しており日経各誌の記事も紹介します。詳しくはこちらをご参照ください。

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