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日本型組織とTrello公開問題

(ヘッダー画像はTrelloを提供するアトラシアン社公式ブログより)

3度目の緊急事態宣言発出で、もう随分昔のような感覚になりますが、今月上旬にICT界隈を騒がせたのが、タスク管理ツールTrello(トレロ)のセキュリティ問題でした。チームメンバーにだけ「共有」していていたつもりの仕事リストがGoogle検索で誰もが見られる「公開」状態になっていたというものです。Trelloはいわゆる「かんばん方式」でのタスク管理がオンラインで行え、簡単に共有ができる優れたツールですが、その便利さが仇となった形です。

一部では誤解も生じていましたが、この問題にはTrelloを提供するアトラシアンにはほぼ責任はありません。もう少し強く注意を促す表現・実装はできたかも知れないものの、やはり利用者側に原因があると言えそうです。そして、いろいろな組織でのICT活用の実態を見てきた筆者からすると、「日本ならではの要因」も見て取れるのです。

わかりにくい公開範囲の概念

Trelloではタスクが記されたカードを並べておく場所を「ボード」と呼んでいます。そしてさらに複数のボードは「ワークスペース」にまとめて、それぞれのワークスペースに参加する「メンバー」を設定することができます。

ボードは自分だけが見られる「非公開」、ワークスペースに割り当てられたメンバーにのみ共有する「ワークスペース」、検索エンジンも含むインターネットから誰でも参照可能(編集はメンバーのみ)になる「公開」の3種類が設定できます。(有料プランには更にここに「組織」が加わります)

名称未設定 1

今回の問題はこの設定を間違ってしまったユーザーの責任が大きく、Trello側のセキュリティ設計の甘さなどがあったわけではありません。しかし 「ボード」(ボードがまとめられた場所としての)「ワークスペース」「メンバー」そして、「非公開」(共有範囲としての)「ワークスペース」、「公開」、これらがすんなり理解できる人がどれほどいるでしょうか?

Slackの操作や設定に習熟した人であれば「ああ、似てるな」となったかも知れません。ただ、Slackと異なり「公開」があるのがくせ者です。「ワークスペース」という単語が共有を意味する言葉と認識できず、再確認画面があるものの、「メンバーへの公開」と誤認して「公開」を選びインターネットから丸見えにしてしまっていたというのが多くのパターンではないかと筆者は考えています。

Googleドキュメント

実はこの「公開」機能はGoogleドキュメントなどにも備わっています。ただし、個別のユーザーやグループとの「共有」とはメニューや設定画面が明確に分けられており、うっかり設定を間違える可能性は低いのです(リンクを知られない限り上記の画面から文書が公開状態になることはありません)。共有(Share)と公開(Public)とでは目的も得られる効果も全く異なりますから、Trelloもフェイルセーフの観点からメニュー・設定画面を別にするといった改善は必要ではないでしょうか?

日本型=曖昧な業務分掌との相性の悪さも

筆者はこれまで様々な組織でSlackや今回注目されたTrelloなどのグループウェアの導入を推進してきました。テレワークや遠隔教育も求められる時代にあって、生産性や学習効果を担保するツールとしてこれらが欠かせないことは疑う余地はありません。ところが、これらのツールを導入しても上手く使いこなせず、結局はメールや対面でのコミュニケーションに「先祖返り」してしまう組織も少なくありません。あるいは、ツールは何とか使っているのだけど、チームメンバー皆が見える場所(Slackであればオープンチャンネル)ではなく、メールのように1対1のプライベートメッセージばかり用いられ、コラボレーションが生まれないケースも見受けられます。

Trelloのワークスペース/ボード/メンバーという機能区分は、詰まるところ組織の誰がそのプロジェクトに関わり、誰がそのタスクに責任を持ち、どこまで情報を共有するのか、が明確になっていることを前提としています。ところが、日本の組織においてはこれが曖昧になっていることが珍しくありません。同じ部局に同位の管理者が複数いたり、「みんなで取り組もう」という具合に役割分担が不明瞭なままであったり、せっかく経験を積んで専門性を備えても異動に伴ってそれがリセットされてしまう――どちらかと言えばこれが日本型組織における日常の風景になっています。

普段から、役割分担そして情報の共有範囲が曖昧な環境で仕事をすることに慣れてしまっていると、いざオンラインツールを導入しても、適切に設定が行なえない(=どこまで共有してよいか分からないから、秘匿する/公開するの2択になってしまう)というのはむしろ当然の帰結のようにも思えるのです。Trello問題は、日本型の組織のあり方も問われる一件ではなかったでしょうか。

※この記事は日経媒体で配信するニュースをキュレーションするCOMEMOキーオピニオンリーダー(KOL)契約のもと寄稿しており日経各誌の記事も紹介します。詳しくはこちらをご参照ください。

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