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カモメ(短編)

いとこにタケルって奴がいたんだよね。
小学生の頃は家が近かったのもあったし、叔母さんもシングルマザーで夜職とかしてたからよくうちの家に来てて、一緒にゲームしてやったり、ちょっと勉強教えてやったりしてたんだけどさ。
そいつ、ものすごーく頭悪かったの。私だって決して賢い訳じゃないけどタケルの馬鹿さ加減は頭1つ飛び抜けてた。多分ちゃんと診断してないだけで、学習障害か軽度の知的障害みたいのあったんだろうね。小学6年生になっても分数はおろか引き算すらまともにわからなかったし、「鳥」って漢字も書けなかった。でも運動神経良くてケンカが強くて、割と早い段階でいちびり初めたから、中学生のヤンキーの先輩とかにも可愛がられてて虐められたりハブられたりはしてなかったな。むしろ授業中同級生と騒ぎすぎて担任の先生ノイローゼにして辞めさせたりしてたしね。本当に馬鹿だよ。
私が高校にあがるくらいになるとタケルはめっきりうちの家には来なくなった。うちのお母さんと叔母さんがお金のことで大喧嘩してお互い一切連絡取り合わなくなったってのもあるし、単純に2人とも大きくなったってもあると思う。
タケルは中学校に上がると、まあ当然の結果なんだろうけどヤンキーになった。
でも馬鹿さ加減は相変わらずでさ、ドンキで目の前に店員さんがいるのに万引きして、取り押さえられたり。中学校の制服着たまま盗んだ原付乗って警察のお世話になったり。ほんとにもう救いようが無かった。
ある日学校の帰り道久しぶりにタケルと会った時なんか本当に酷かったな。「おう○○久しぶり!セックスさしてくれよ!!俺まだ童貞なんだよ!!」なんて言われてさ。私、当時そういうのにはデリケートなお年頃だったしもうあったま来てさ!それっきりタケルのことは無視し始めた。家も近かったし田舎の狭い狭い活動範囲の中だったから、それからもそれなりに見かけることあったんだけど、目すらも合わしてやんなくなった。
でもあいつ馬鹿だから、救いようのない馬鹿だから、私に嫌われてるなんて思ってもなかったみたいで。「○○勉強のストレスで喋れなくなったんだろ?」とか「ストレス社会は良くないぞ」とか言って大麻が入ったパッケージ渡してきたり、偶然会う度にめげもせず絡んできた。でも大麻なんか渡してくんな!!
タケルが中学校3年生くらいになると地元中に悪い噂が飛び交うようになった。鑑別所に行ったとか、他校の生徒とタイマンして病院送りになったとか、Twitterで薬物を売ってるだとか。ほんと耳を塞ぎたくなるような馬鹿話の連続。呆れ通り越して同じ地元にいるのにお互い別の世界にいるような、そんな感じがした。
そしてタケルが死んだのが16歳の時。
なんでもヤンチャ仲間とバツっていうの?MDMAって薬物と覚せい剤を混ぜた錠剤食べて、その上アホみたいな量の大麻を吸って、深夜に制限速度の倍近くスピード出してバイクで走ってたらしいの。そして完全にラリってたんだろうね「やったー俺は鳥になったんだ!カモメになったんだ!」って訳の分からないこと叫びながら、バイクで海に飛び込んだんだって。
結局死体は見つからなかったんだけど、お葬式は行われてさ。悲しいくて重たい葬式だったな。うちのひいおばあちゃんの葬式とは大違い。叔母さんなんか泣きすぎて、普段から厚化粧で病気のパンダみたいな顔してたのに、その化粧が涙で落ちて顔もくしゃくしゃになって、まるで不気味なピエロみたいになってた。私も悲しかったんだけど、どこか信じられなくてさ。ほら、馬鹿は死なないって言うじゃん?あのすきっ歯に似合わない金髪のデリカシーのないアホ面がまさか、こんな呆気なく死ぬとは信じられなかったの。涙なんか全然出なかったな。
それで、こっからが昨日の話。私久々に地元に帰ったらさ。ちっちゃい頃よくうちのお父さんお母さんと叔母さんと、私とタケルで遊びに行ってた海水浴場があるんだけど、そこで近所のおばさんがカモメに餌やりしてたんだ。パン屑みたいなのあげててさ、お腹を空かせたカモメ達が馬鹿みたいに群がってくるのよ。
その中にやっぱりタケルがいた。
おばさんがパン屑を放り投げると一番乗りで突っ込んできて、丸飲みにするの。そんであんまりにも勢いよく飲み込んだものだから、カモメのくせに咳き込んじゃって。「ぐぇへっぐぇへっ」みたいなかっこ悪い鳴き声で苦しんでた。あの馬鹿、元気にやってるじゃん。
思わず私、「ばーか」って言ってやったの。そしたらそのカモメが「クエー」ってやっぱりかっこ悪い鳴き声あげて、空に飛んで行った。
あいつ今頃カモメになって学校にも仕事にも行かずに気ままに空を飛んでるんだろうなー。あっあと知ってる?鳥類の脳みそって豆粒よりも小さいらしいよ。あいつにピッタリ。まあでも、セックスは絶対させてやんないけど。

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