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🅂10 セッカチ度をテストする

「A little dough」 第4章 支出して生活する 🅂10 (支出行動と自制1)

 私たちの意思は、「報酬系回路」や「罰系回路」といった様々な脳神経回路のバランスの取れた働きによって成立しているようです。こうした仕組みのほんの一部を知るだけでも、私たちの思考や感覚などが脳細胞や伝達物質の動きによって生化学的に生成されているという現実を「意識」することができます。
 もちろん意識したところで、脳内伝達物質の種類・量・投射先などを意図して制御できるわけではありませんし、衝動と自制といった心の動きは相変わらず葛藤を続けています。しかし必要なことは、私たちが年齢を重ね経験を積む過程で、リスクの大きい一定の事柄を制御できるようになることなのです。そしてその方法はといえば「学習と抽象化と適応」という人間の知能をフル活用するというシンプルな方法です。またそうした知能も、人間という生物の持つ脳や神経回路などによって裏付けられています。こうした私たちの思考や判断の成り立ちを知ることで、私たちは「自己を過信することなく信頼する」ようになっていきます。
 さて今回からは、こうした脳のはたらきを踏まえて、支出行動における「自制」のはたらきを考えるためにまず「異時点間選択」について考えていきます。

➤今の消費か未来の消費か
「異時点間選択」とは、例えば今日のリンゴ1個と明日のリンゴ2個のどちらを選ぶかというように、今日と明日という時間を隔てた状況での選択行動をいいます。そしてこの選択に大きな影響を持つのが「時間割引率」という考え方です。「時間割引率」とは、将来の価値を現在価値に換算する際に用いるレートです。仮に明日のリンゴ2個と今日のリンゴ1個が同じ価値を持つとした場合、明日のリンゴ1個は今日のリンゴ1個の半分の価値しかありません。つまり時間割引率は1日で50%ということになります。(※異時点間選択については、第1章の🅂17~🅂19に詳しく記載がありますので、興味のある方は下記リンクを参照してください。)

▷双曲割引と指数割引
またこうした「時間割引率」の感覚には大きな個人差があるといわれています。時間割引率が一定で将来に渡って変化しない方を「指数割引」、これに対し将来を考えた場合に割引率が現在より低下する方を「双曲割引」といいます。これを実感していただくために、下記設問にトライしてみてください。

(設問)
(1)①今日10,000円と②7日後の10,100円、どちらをもらうか。
(2)①90日後の10,000円と②97日後の10,100円、どちらをもらうか。
(解説)
この設問は「7日間待つことの嫌さ」を訊ねています。
・(1)(2)でそれぞれ①または②の同じ選択をした方は、割引率の高低はあるものの、率そのものは変わっていないと想定され、その意味では一貫性が保たれている方で、これを「指数割引」とよびます。
・一方(1)では①の「今日」を選びながら(2)では②の「97日後」を選択した方は、「今は待てないが、90日後なら待てる」という一見矛盾した現象が起きています。つまり時間の経過とともに「待てない」が「待てる」に変わっている可能性があります。このように時間割引率そのものが変化する方を、割引率関数の形状から「双曲割引」と呼びます。

「A little dough」 第1章 🅂17 夏休みの宿題と異次点間選択(1)
設問は「行動経済学入門」筒井義郎ほか著/日本経済新聞社刊 より

 指数割引か双曲割引かという大まかな区分は上記解説の通りですが、これと合わせて指数割引率の高低は、(1)(2)でそれぞれ①を選んだ方が高い水準、また同様に②を選んだ方は低い水準ということになります。ただ第1章🅂17にも記載した通り、その幅は0%から5000%程度まで大きなばらつきが示されていますので、自分の感覚を予想するのは簡単ではありません。興味のある方は「行動経済学入門」の第3章2節に詳細な記載がありますので参考にしてください。

・日本におけるの時間割引率の分布 
(割引率/年)→(シェア/100)
0%→約5%  5%→約29%  25%→約4%  70%→約14% 150%→約9% 
250%→約11% 650%→約18% 3000%→約7% 5000%→約3% 

大阪大学の「くらしと好みと満足度についてのアンケート(2010年度)」
での時間割引率関する調査結果 より
※「約」と表示した部分はグラフからの読み取り誤差を想定しています。ご了承ください。

▷時間割引率と支出行動
 さて上記から時間割引率による私たちの大まかな分類が可能になります。ここで分類したのは①指数割引が高い②指数割引が低い➂双曲割引の3パターンですが、それぞれが「今消費行動をとるか、あるいは現時点では貯蓄をし将来の消費行動をとるか」という異時点間選択を想定した行動予測を考えてみました。
➡①指数割引が高い:現在が重視されるため常にせっかちな行動を選択をする傾向がある。そのため何時も現在の消費行動が優先されやすい。
➡②指数割引が低い:現在と未来の価値があまり変わらないために、長期的な選択を苦にしない傾向がある。支出行動は「必要性」があれば現在の消費を選択するが、そうでなければ結果的に貯蓄行動を選択する可能性が高い。一方で将来価値を過大評価してしまう傾向もみられる。
➡➂双曲割引:時間割引率が現在は高く未来は低いという特徴があるため、現在を過大評価する傾向がある一方で未来については一定の範囲で冷静に判断できる側面を持つ。ただ実際に時間が経過すると想定より現在価値が高まり、当初の判断を翻し先送りや後回しをする。現在の消費に強い関心を持ち消費が優先されるが、一方で将来のための年金などを計画的に準備しようとする。ただし、それによって現在の消費が制約されると、後悔してしまう。

 支出行動における異時点間選択は、「今の消費か未来の消費か」という言葉に集約されます。これにはその時々の欲求や環境など様々な要因が影響していると考えられますが、その中で「時間割引率」という私たちの「主観的な時間価値観」も大きなウエィトを占めています。そしてこの時間価値観は、上記に記載したように私たちの判断に「系統的なエラー」を引き起こしてししまうこともわかってきています。こうしたエラーを正しく修正し、不用意な支出を防ぐためにも、自分自身の「主観的な時間価値観」の傾向を知っておく必要があります。






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