🅂15 比較する価値…

「A little dough」 第４章　支出して生活する　🅂15　地位財と非地位財

　「支出して生活する」と題したこの章ですが、🅂３からのヒューリスティックスによる認知エラーついて、また🅂８からの報酬系回路と自制の困難さについて記載してきました。こうしたことをやや冗長に記載している理由は、私たちの支出に関する一般的な感覚や認識が「効果的な支出」を前提にした場合に必ずしも合理的ではないという事実を示すことと、仮にそれに気が付いたとしても修正するには相当な困難が伴うことを自覚する必要があると考えたからです。そして今回からは更にその続きとして、「地位財と非地位財」「相対的欠乏」について記載したいと思います。
　第１章でも記載しましたが、アメリカの経済学者ロバート・H・フランクの「幸せとお金の経済学」という本の中で、彼はこの「相対的欠乏」が私たちを「無駄な消費へと駆り立てる見えない因子」として取り上げています。

幸せとお金の経済学

 ➤地位財と非地位財
　序章のコラムでもロバート・Ｈ・フランクの考えを紹介しましたが、もう一度確認していきます。
　「 地位財」とは、他人との比較優位によって価値の生まれるもの、例えば 所得・社会的地位・車・家・高級ブランド品などをいいます。また「非地位財」とは他人との比較に関係なくそれ自体にしっかりと主観的な価値を感じているものです。具体的には、休暇・愛情・健康・自由・自主性・社会への帰属意識・良質な環境などがあげられます。彼は「幸せとお金の経済学」の中で下記のような思考実験をしています。
►（実験１）自分は約110坪の家、他の人は約150坪の家に住んでいるＡの世界、自分は約80坪の家、他の人は約60坪の家に住んでいるＢの世界のどらかを選びます。
►（実験２）自分は１年に４週間、他の人は６週間の休暇がとれるＣの世界、そして自分は２週間、他の人は１週間の休暇がとれるＤの世界のうち、どちらか一方を選びます。
 　フランクは（実験１）ではＢの世界、（実験２）ではＣの世界を選ぶ人多いという結果を報告しています。（実験１）では「家」という「地位財」を選択肢としてしており、ここでＢの世界を選択する人が多いということは、「家」は住むための最低限の条件をクリアしたあとは「他人との比較において優位な方を選ぶ傾向がある」ということを示しています。一方（実験２）では「休暇」という「非地位財」を選択肢としています。これを選択する場合は、まわりの状況に左右されにくく、自身の感覚でより長い休暇を選択していることになります。

➤地位財の選択を決定づけるコンテクスト
　フランクは「人には相対的消費が重要だと感じる領域がありこれが地位財の獲得競争につながる」と述べています。また同時にこの競争を続けることで、資金が非地位財に回らなくなり全体の幸福度が下がるという指摘もしています。つまりフランクは、「地位財ではなく非地位財に支出することが、充実した人生に繋がる可能性を高める」と述べているわけですが、私自身この考えに共感しますし、実際地位財の誘惑にかられながらも、家族や趣味を通して「経験する時間」に支出してきたという自覚があります。
　たぶん多くの方も、ごく自然に非地位財の重要性を実感できるはずです。しかし一方で多くの人が（実験１）でＢを選択してしまうということは、（Ｂの世界で）他の人より余分に地位財に支出を行うことになり、非地位財のための資金が減少し、結果的に幸福感も損なわれてしまうということに繋がります。ではこうした地位財獲得競争に至る「相対的消費が重要」と感じてしまう原因はどこにあるのでしょうか。
　フランクはこの原因を「コンテクスト」という言葉を用いて説明しています。「コンテクスト」とは一般的には「文脈」という意味で使われていますが、上記著作の訳注によれば、「物事や人が置かれている状況や関係」を示す言葉です。
　例えば（実験１）でいうとＡの世界のコンテクストは「自分は約110坪の家、他の人は約150坪の家に住んでいる」という状況を示し、Ｂの世界のコンテクストは「自分は約80坪の家、他の人は約60坪の家に住んでいる」という状況を示しています。私たちはAの世界とＢの世界を比較し、絶対的な土地の広さはAの世界の方が広いにもかかわらず「周りと比較して相対的に優位な」Ｂの世界を選択をしたということになります。つまり土地そのものの広さよりコンテクストを優先したということです。

➤比較することで生まれる価値とは…
　Ａの世界では、自分の家は他の皆よりも40坪ほど狭い家に住んでいる訳ですが、とはいえ110坪でも十分に広い家であり周囲の150坪の家に著しい羨望の感情を持つとも思えません。冷静に考えれば、そこで私たちが感じるのは150坪の家を基準とした場合の「▲40坪」の単純な「不足感」なのです。比較しなければ生まれない、されど一度比較してしまうと頭にこびりついて離れない、かといってどれほどの意味があるのかもわからない、そうした扱いにくい感覚です。
　こうした不足感を私たちが避けようとする理由は、生存と種の保存のメカニズムである「報酬系回路」と深く関係していると思われます。生存を最優先する競争社会において、自己の不足感はそのまま自己評価の低下につながってしまうからです。また「自己拡大バイアス」とよばれる一種の認知エラーも関係しているようです。他者より自分の方が上であるという意識が強いほど、不足感は許容できないということになりやすいからです。
　このように私たちの選択に強い影響力を及ぼす「コンテクスト」ですが、次回は更にその本質に迫ってみたいと思います。