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家虎はなぜダメなのか(二次創作同人カルチャーとMIX)

 コンテンツ消費者って言いたくないから、コンテンツ受容者、パフォーミングアーツに限るなら観客って書いたりする。自らが消費だけを行っていると思うのは、二次元のオタクでもリアルイベントに足を運び、鑑賞体験を得ることが増えた昨今では、いや、そもそもが成立しづらい見立てだからだ。現代における複雑な文脈を全部飲み込んでくれる便利な言葉はおそらく「オタク」なので、とりあえずそう置いて始めることにします。

 オタク、コンテンツを受容する側が表現活動を行う営みは、二次創作同人カルチャーという形でそれなりの歴史性をもって行われてきた。海賊版との見分けが法的につけづらく、悪質性がない場合が多いから基本的には見逃されてきているが、それでも判例がいくつか存在する程度には定期的に問題になる行為である。また、SNS上で作品発表を行うことに対する批判や、公式に明らかにされていない部分を深読みした個人の作品読解を元にした同人作品が公式見解のように読者に共有されてしまうミーム汚染など、解決しきれない問題が常にある。あえて悪意的に言えば、コンテンツ供給側からハンドルを奪う、「荒らし行為」として働いてしまう場合もあるものとして、二次創作同人カルチャーを位置づけることは可能だ。

 同様にオタクが行う表現活動として知られるものに「家虎」がある。これは、声優が歌手、アイドルとして行うコンサートで、曲中の隙間、サビ前の一小節に「イェ!タイガー!」と叫ぶ行為のことで、いわゆる曲中のコールとは明確に別のものとして認識されている。どこが違うのかと言えば、意図を共有する気があるかどうかが違うとまず言える。コールは有志によるコール本配布やSNSでの共有、なんとなく気持ちが分かるから一緒にやるなど、事前事後に観客内でコンセンサスの確認が行われるのに対し、家虎は基本的に個人がゲリラ的に叫ぶので、誰が何の意図でやっているのかがいつまで経ってもわからない。わからないから鑑賞体験を阻害する迷惑行為として扱われている。これも荒らし行為である。

 さて、アイドル現場には、荒らし行為であるという認識が明確に共有されつつ広く行われてきた「MIX」という行為が存在した。なぜ過去形かというと、2015年あたりまではギリギリ残っていた荒らし行為であるという認識の共有が、現在ではほぼ失われて、コールの一種として扱われているからだ。これについては後述することとし、まずは荒らし行為としての「MIX」について説明する。

 MIXにはいくつか種類があるが、その具体的内容を第三者が書くことはMIXの理念に反するので、ここでは既に広く知られているスタンダード(フル)のみ紹介する。以降基本的には具体的内容には触れない。

タイガー ファイヤー サイバー ファイバー ダイバー バイバー ジャージャー (ファイブォ) (ワイパー)

 これがスタンダードと呼ばれるものであり、それ以外に狭義でMIXと呼ばれるものには、ジャパニーズ、アイヌ、NEOという種類がある。家虎が4拍1小節で1単語を発声するものだったのに対し、MIXは16拍4小節にわたって連続して発声し続ける。演者の歌唱には被せず(被せる場合もある)、イントロ、間奏、アウトロに十分な長さがあった場合に行われることが多い。

 家虎とはタイガーという語彙の共通が見られるが、これは元々おなじ由来があるからだ。MIXは誰が始めた行為なのかがはっきりと分かっており、コール化が進んで本来の意味を失って以降に、由来の説明が本人たちからインターネット上でもたびたび行われてきたので、現在では数年前までとは違い、意味不明の行為ではなくなっている。以下、ある程度共有されているその認識に沿って説明をする。

 MIXで叫ばれる単語は、観客がライブを見ている時に気持ちのタカマリのあまり、つい叫んでしまった私的にしか意味を持たない言葉である。MIX創始者と呼ばれる彼らは、それをバイバーシャウトと名付けた。実際には叫ばれておらずただ単にタカマリを感じた言葉も含まれているらしいが、その言葉を複数人が持ち寄り、ひと連なりの表現としてまとめ直し混ぜ合わせたもの、それがMIXであると彼らは説明する。

 家虎はここから先祖帰り的に発生したものである。「イェ!」の部分については、MIX創始者の1人の口癖が由来で、園長と呼ばれるMIXに「イェ!スクレイパー!」という形で痕跡が残っている。そして、なぜタイガーと叫ぶのかという問いの答えについては「最初にバイバーシャウトを行ったMIX創始者にとってしか意味がないので、ない」ということになる。

 一応聞いたら教えてくれるらしいけど、僕は聞いてないので、パッとわかるのはサイバーが東京パフォーマンスドールのテレビ番組「サイバーミーム」に由来するのかな? とか、ファイブォが東京パフォーマンスドールの楽曲「Airport」の歌詞「フライトナンバーファイブオースリー」に由来するのかな(これはTwitterに書いてたら本人から合ってると言われた)ぐらいで、由来はわかるけどいつ何故叫ばれたのかはわからない。由来の古さからわかるように、MIX自体は90年代から存在したことが、MIX創始者により語られている。

 MIXがなぜ荒らし行為なのかと言うと、MIXが行われる時、空間の中心が舞台上ではなくなるからだ。1人でやる場合はその人物、複数人でやる場合はフロアに作ったサークルの中心、もしくは「発動」と呼ばれる先触れとしての身振りと発声を行った人物が空間の中心となる。劇場空間においてコンテンツ供給側からハンドルを奪う行為という意味で、二次創作同人と全く同じ問題を抱えている。

 コールがあくまでステージに向かって行われる応援行為として扱われるのに対し、なぜMIXが荒らし行為を自称するのか、それは観客の発声が持つ、このような構造にMIX創始者が自覚的であり、たまたま公式に許されている場合があるという状況への諧謔としての名乗りだったからだと思われる。コールとほとんど変わらない行為でありつつも、その行為が許されるのは本当に自明なのか? という問いが、MIXの理念には最初から含まれていた、とも言える。

 曲中でMIXが行われた後はアイドルの発声、歌が始まり、空間の中心は再び舞台に戻る。つまり、確固とした「公式」があるから安心して二次創作が行える、という関係性がある。2010年代初頭までにMIXをやり始めたオタクは、アイドルがMIXを覚えたり発声したりすることを忌避する傾向があるが、これも公式と二次創作の関係として捉えれば、理解しやすい心情ではある。

 空間の中心がライブ中に移動するという現象は、MIXに限らず現代のアイドルの面白みを生んできた大きな要素である。例えば演者と観客が1対1で交歓を行う、レス(ファンサ)が行われる時、空間の中心は演者ではなく、演者と観客の関係性、中間へと移動している。他にもいくつか指摘できるが、今回の話には関係ないので省略する。

 MIXが広まりコール化したのには、ひとつにAKB48の影響がある。2005年末にAKB48劇場がオープンし、公演が始まった初期、新しくできた遊び場でどこまで悪ふざけが許されるかというフロアのノリが存在した。MIXはその流れの中で特定の人物により持ち込まれ、篠田麻里子が面白がったことによりお墨付きがつき、定着したことが知られている。AKB48で特定層の悪ふざけが定着した他の例としては、「10年桜」のイントロで行われるコールが実は特定のオタクのハンドルネームだということが挙げられる。AKB48におけるMIXは、その後AKBが公式にコールとして「美しいMIX講座」という映像を作ったりした影響もあり、あたかもAKB48発祥の公式コールかのように現在も行われている。

 もうひとつは、地下アイドル現場のオタクが、MIX創始者の行うMIXを面白がって真似をした結果の広がりである。先述したとおり、MIXは個人的な言葉の連なりの為、文字にすることや誰かに教えることはされていなかった。よって、創始者のいるアイドル現場に行ってヒヤリングするのが基本だった。このことにより、聞き間違えられたものが広がったりもしていた。アイドルや他のオタクにMIXを覚えられることによるミーム汚染とコール化を防ぐ為に、ダミ声でMIXを行い聞き取れないようにする、という文化も昔はあったように思う。文字起こしされて広がっている現在ではこの文脈も失われて、単にダミ声でやった方が目立つという理由だけが残っている。

 ヒヤリングされたMIXは関西で大きく広まり、その後関東のアイドル現場でも行われるようになったので、関東のアイドル現場で現在も行われるタイプのスタンダードなMIXは「関西式」と呼ばれる。じゃあ関東式があるのかといえば特にないのだが、AKB48でコール化しているものがあえて言えば関東式と言えるのかもしれない。

 個人が二次創作的表現として楽しむもの、あるいはコールとして行われるものだったMIXに、現在に繋がる転機が訪れたのは、2013年の赤坂GENKI劇場で開催されていた「ウタ娘ライブ」をはじめとした、現在とは違いメジャー度や客層で区切られていない対バンライブの乱立が影響している。「ウタ娘ライブ」に限って説明すると、このイベントはヘタをすると土日合計6本開催され、チケット代も高めに設定されていた。また、ライブ中にロビーで他のアイドルが特典会を並行して行っていたので、フロアがガラガラになることも多かった。その状況でなんとかフロアに人を呼び戻したいというピンチケ、高校生や大学生の若いオタクの創意工夫により行われるようになったのが「可変MIX」である。

 MIXの順番を即興的に入れ替えたり、リズムを倍速や1/2倍速に変えたりするといった行為自体はMIX創始者達も行っていたし、アイドルカレッジなどの現場でも以前から行われていたが、年齢が高めのオタクの間では、曲中のここしかないというタイミングでこれしかないというMIXを入れる、曲解釈の提示としてのMIXが主流で、曲に合わせてMIXを再構築する可変MIXはさほど大々的には行われてきていなかった。

 しかし、若者の間ではタイミングのセンスよりも変化が分かりやすいテクニカルさの方が受けるのでは、という考えにより、RIZEプロダクションに所属するloopやFES☆TIVEのフロアで、即興ではない、テンプレート化された複雑な可変MIXが頻繁に行われるようになった。「進め! ホープ!」イントロのかけ合いMIXや、「シダレヤナギ」のタイガーファイヤー号令などが有名かと思う。タイガーファイヤー号令に関してはこれ自体はオリジナルではなく、関西から関東にMIXを持ち込んだうちの1人がティーンズヘブンの現場(正確にはアイドルカレッジ「チェリーガール」にはめたもの)で行っていた可変MIXで、それがヒアリングされFES☆TIVEに持ち込まれたものだったりする。

 これ以降も対バンライブのフロアからはオリジナルな可変が多く生まれ、それを面白がったり、ヒアリングする為に現場にくるオタクをファンとして取り込もうというピンチケの創意工夫が続く環境が数年あり、地下アイドル現場における可変MIXのコール化は、この辺りから進んでいった。

 個人としてMIXを楽しむ流れも途切れたわけではない。スパイラル、ベルリン少女ハートなどの現場では盛んに行われていたし、先述したRIZEプロの現場も自分自身の楽しみのためにやっている人の方が実際は多かったと思われる。このnoteでは、属人性が高すぎて語りきれない行為だったMIXから、属人性と歴史性に対する意識が失われていく流れについてを書いているので、そのあたりはフォローしません。いや全部本人に聞けばいいだけではあるんだけど(紙ならインタビューとるけどwebではやらないかな)。関西や九州におけるMIXも話していくべきなんでしょうがとりあえず割愛します。ズエルはTIF2012のRYUTistのライブ見れなかったのを根に持ってるので伝聞でしか知らないままここまできました。とりあえず、個人の表現欲求、もしくは布教活動としての同人活動と同等の表現が、アイドル現場においてどのように発露していたか、という紹介でした。東京一極カルチャーとして語ると抜け落ちるものが多すぎる、というのがアイドル文化の良いところなんだけど、1人で語るには文脈が複雑すぎるし、とりあえず今回は家虎にたどり着くのが目的なので、また今度話そうね。

 同様の動きは地下アイドルだけでなく、メジャーアイドルでもあった。avexのアイドルレーベルiDOL Streetに所属するCheeky Paradeの現場における「チキパMIX」が代表的である。仮面ライダーオーズの変身ベルト音声と、メンバーの1人が子役時代に参加した服部栄養専門学校絡みの楽曲「EIYO! 」の歌詞を混ぜ合わせたこのMIXからは、元のMIXの文言は消え去っており、誰かの私的な言葉という前提も、私的である故に積極的に共有されないという文脈も完全に失われた、かなりコールに近いものである。しかし、二次創作的な表現活動により空間の中心を舞台からフロアに移動させるという理念に関しては共通しているため、これもコールではなく新しく創作されたMIXとして扱われている。

 仮面ライダーオーズの変身音声がどこからきたのか、これも特定されていて、あるサイリウムダンサー、オタ芸打ち師が、ダンスを始める前に仮面ライダーのベルト音声を叫び、自らの身体がオタクから演者へと変身することを表現するというパフォーマンスを行なっていたのが元ネタであり、動画も残っている。ディアステージなどコンカフェで発生した創作MIXや、いずこねこのように公式に用意された創作MIXなどの流れもありますが、割愛します。2010年代アイドルブーム以前の例として石丸MIXなども挙げることができますが、いつか別の機会に整理させてください。

 可変MIXと創作MIX、この二つが揃い、大規模アイドルフェスなどを通して拡散していく中で、アイドル現場以外のフロアにもこれらは持ち込まれた。アニソンをメインにしたクラブイベント、いわゆる「アニクラ」のフロアである。クラブのフロアはアイドル現場や声優のコンサートと違い、空間の中心が存在しない。自分自身か、その時々にフロアで面白いことをした人間が中心となる。このフロアでは、MIXはその前提も文脈も関係なく、楽しく過ごすためのツールとして扱われた。前提と文脈が消えつつあったMIXから、理念そのものが抜け落ち、歴史性が完全に失われたのはこの時である。

 アニクラからは数々の可変MIXや創作MIXが生まれたが、これらはそれまで行われてきたMIXとは完全に断絶した、演者を一切必要としないものだった。アニクラで生まれアイドル現場に逆輸入されると同時に、「公式」との関係性を完全に失った荒らし行為として成立し、さらにその時期を過ぎて新規に作られたものとも合流し、コール化することによって無意味化したものが、2010年代後半にMIXと呼ばれているものだ。これは、若い世代に東方キャラの出自がyoutubeのゆっくり動画だと思われているのと同じような、なんでもありの場を経由した結果の文化の断絶なのだと思う。

 家虎もこの流れの中に位置付けられる。MIX創始者が行ったバイバーシャウトと同じ言葉を発してはいるが、家虎は歴史性を一切放棄することによって成立しなおした、アイドルカルチャーとは連続性がないアニクラカルチャーとして、声優のコンサートに持ち込まれた。なぜ可変MIX及び創作MIXではなくバイバーシャウトが選ばれたのかといえば、一回誰かがやっているのを見たら覚えられるから誰でもできる、単に気持ちいい、文化として定着していない場所で長尺のMIXを叫んでいたら警備員がとんでくるなどの身もふたもない理由が考えられる。

 舞台上の表現に対する敬意のなさは、大規模アイドルフェスでベイビーレイズ「夜明け Brand New Days」が披露されるたびに起こる暴動などに代表されたが、個々の出来事の糾弾を目的とした文章ではないので書かない。一度歴史性が途絶えかけたMIXが、2014年のAKB48チーム8の仙台でのライブ、「ポニーテールとシュシュ」のイントロで行われた可変MIXの発声がイベントのニコニコ生放送を通して拡散されたことをきっかけに、48のピンチケ層に取り戻され、その後再びガチ恋口上によって失われていった流れについても長くなるので書かない。創始者直系のその時代を代表するMIX継承者はMIXerと呼ばれるが、現在のMIXerは発声をほとんどしないオタ芸打ち師の1人で、それはフロアをジャックし再びステージに返すというMIXの理念を現在のアイドル現場で体現しているのがMIXをほとんどしない彼ぐらいだからである、という話もとりあえず置いておく。

 先にも書いたが、コールとして、場のコンセンサスが取られているなら特に問題にはならない。同人二次創作的な表現として、「公式」に対する個人的な思い入れをもって行われている間は、それぞれ個別に検証が必要とされるグレーゾーンではあるものの、即座に否定される表現ではない。しかし、歴史性を放棄した個人の表現として行うので有れば、かつてMIX創始者がそうしたように、ほかの演者が用意した劇場空間で行う理由の整備を自らする必要がある。

 文化の中で自分自身を位置付ける作業を完全に怠っているという点において家虎は否定されるべきであり、単に迷惑行為だからと思考停止して排除するのは、二次創作同人カルチャーを否定しそこから生まれる新たな表現を持続的に享受できる環境と可能性を失うこととほとんど同じだ。最も大きな二次創作の発表の場であるコミックマーケットが、理念の周知をカタログやコミケットプレスを通して常に行っている理由を、同じ二次元文化の、パフォーミングアーツの現場に観客として参加する者も考える時間が必要なのだと思う。

 そういった危機感をベースにこの文章は書かれました。書くのが5年遅い。誰にも声が出せなくなった今、また、文化の変遷が起こっていくのだろうし、あんまり書く意味はないんですが、この10年の振り返りをせっかくやる時間があるんだしと思って書きました。

 理屈がなくても踊っていいのがクラブのフロアで、そっちもまた大好きなカルチャーだし、自由になんでも行われて、そしてそこからまた新たな理由が生まれていくのだとは思う。場を選べというだけの話をここまで長々と書いてきたようなところはあるが、ゾーニングが万能の選択でないことも痛感される時代である。コミケもアイドル現場も当たり前にあった時には書けなかったことを書いて行く期間として、もうしばらく過ごしていきます。

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