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20201013日記(きまぐれ☆オレンジロードを再読した。)

『きまぐれオレンジ☆ロード』との出会い

 まつもと泉の絵に最初に触れたのは、氏の自画像として単行本などで見ることがある猫、その猫がサングラスをかけてギャングの格好をした図案の、バンドのステッカーとしてだった。子供心にはファンシーに見えたそれは、他の多くのステッカーと同じように、うちの父親の楽器ケースに貼られていた。

 まつもと泉とうちの父親は同い年で、高校は違うのだけど同じ時期に富山県でバンド活動をしていて、詳しく知らないが面識はあったらしい。うちの実家は田んぼの真ん中に立っていて近所迷惑を気にする必要がないので、納屋(ガレージというといい感じかも知れんが納屋だ)の防音室でもなんでもない部屋をスタジオにして、ドラムセットが置かれていたのですが、まつもと泉が漫画家になった後に、他の友達と一緒に遊びにきてドラムを叩いていったという話を、昔聞いた憶えがある。

 『きまぐれオレンジ☆ロード』の単行本もやっぱり、父親の本棚にあった本という形で触れた。舞台は明言されていないがおそらく東京で、超能力を持っていることがバレては転校を繰り返しているという設定とうらはらに、恭介の言葉には特定のなまりがある。湖に沈んだ超能力者の村がルーツという後付け設定は、日本アルプス付近のダムと重ね合わせられてるんだろうし、恭介を富山県から来た男と読むのはそれなりに自然だろう。そして彼は、なまりについてまどかに指摘はされるものの、ステロタイプな田舎者扱いは特にはされない。

80'sカルチャー

 うちの実家は、昭和40年代まではまだ山羊と鶏を飼って自給自足に近い生活をしていた農家だったし、僕が小学生の頃だって親がサラリーマンという家庭はクラスの半分くらいだった。それでも親世代の話を聞くかぎりでは、バンドをやり、8mmを回し、喫茶店で駄弁り、シネコンではない映画館に行き、ディスコでタダ飯を食って踊る、漫画の中と変わらない80年代を過ごしていた人々は、日本有数の田舎である富山県にも少なからずいた。劇中描かれる1984年の風景は、週刊少年誌の漫画受容がそうであるように、当時けっして東京一極のカルチャーではなかった。だから『きまぐれオレンジ☆ロード』は僕にとっては、親世代の青春を直接覗き見るような感覚で、小学生の頃に読んだ作品だった。

 いま80年代のカルチャーを振り返る、という意味では、ちょうど今年テレビドラマが放映された『ハイポジ』が記憶に新しい。『赤灯えれじい』などで知られる、きらたかしの漫画が原作で、ソープランドで気絶した中年男性が30年前、1986年にタイムスリップし、高校生として過ごした80年代の青春をやり直す話だ。命の危機に瀕してタイムスリップする、という展開自体が『きまぐれオレンジ☆ロード』で何度も繰り返されたシチュエーションだし、ヒロインが飲食店で働いている設定や、扉絵などにもオマージュが見られる。放送終了後に発売されたムックは、作品解説よりも80'sカルチャー解説に重きを置かれた構成になっており、『きまぐれオレンジ☆ロード』の副読書としても機能すると思う。

 『ハイポジ』で印象的な、オリジナルMIXテープを作って交換したり、ウォークマンで聴くという文化は、そういえばきまぐれオレンジロードにはまったく出てこなかった。音楽は聴くものではなく演奏するもの、踊るものとして描かれていて、そのことから彼らを文化的強者と読み取ることも可能ではあるけれど、単に『きまぐれオレンジ☆ロード』は恭介とまどかとひかる、徹頭徹尾この3人だけについての話で、その時代の全てではなく、『ハイポジ』は描かれなかったそれ以外の話として描かれていると僕は読んだ。

 『赤灯えれじい』が非東京としての大阪を舞台に「オタクに優しいギャル」のご先祖みたいなヒロインを置いた作品だったことからも、そういうものを書く作家だという印象がある。サブカルには出遅れ、オタクにもなれなかった僕たちにとって、身近な空間にいて普通にコミュニケーションがとれる異性って、同じクラスの女の子ではなく、あんな感じでちょっと年上のバイト仲間だったよなというリアルが当時あった。『赤灯えれじい』を読んでた層がわからないというツイートが最近RTされてきたんですが、僕みたいのが地方で当時読んでたらしい。

 MIXテープが出てこなかったと書いたが、単行本の目次がそのような役割を果たしていた部分はある。当時の流行歌の曲名や歌詞を引用した各話タイトルは、発表当時は新鮮で、実際にその曲を聴いてみるという動きを読者に取らせたのではないかと思う。僕にとっては、90年代のライトノベルやPBM関連のノベライズなどで二重に引用された懐古的なパロディとして触れたのが最初になってしまうので、ちょっと不思議な感覚を受けた。

まつもと泉の絵柄

 きまぐれオレンジロードの連載開始は1984年で、週刊少年ジャンプでは、この前年に江口寿史の『ストップ!! ひばりくん!』が連載終了している。

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 ストリートスナップの模写を元にして描かれたのであろうことが、タイトルとは別に書かれたキャッチからも伝わってくる扉絵と、江口寿史以降のジャンプ漫画であることが明確なその絵柄からもわかるように、連載当初のきまぐれオレンジロードは、江口寿史的なお洒落な絵を誌面に載せたい編集的な要請と、ギャグ漫画としての要素を多分に含んでいた少年漫画のラブコメのフィールドで、少女漫画的なラブストーリーを進行させたい作家的な要請のあいだに立った作品だったのではないかと、今の感覚では読める。

 まつもと泉の絵柄は、4年間の連載期間の間に大幅に変化している。影響関係については、赤松健との対談に詳しい。

赤松:わたしはこれまで、「どういう作家に影響を受けてきたか」と聞かれると、必ず「まつもと泉先生」と答えてきたんです。絵柄やストーリー展開をとってみても、わたしはまつもと先生の子孫なんです! 先生の絵柄はどこから影響を受けたのですか?

まつもと:おそらく、いのまたむつみさんですね。それから細野不二彦さん。

赤松:ああ、なるほど。

まつもと:あの当時は、少年誌でカワイイ女の子が出てくるラブコメを描いていた人は、江口寿史さんと細野不二彦さん、この2人でした。鳥山明さんは少し景色が違った。僕はもともと吾妻ひでおさんの影響も受けているんです。

赤松:(深く納得した様子で)はいはいはい。

まつもと:僕の画は、江口さんの画を自分なりに変化、進化させたものなんです。いわゆる古いGペンを使った永井豪さんのような線で、江口寿史さんのようなキャラクターを描く。江口さんは一本線をGペンで描いているんだけども、平坦じゃないんです。それが僕にとってはすごく衝撃的で新しかったわけです。その時、永井豪さんのような正統なGペンタッチを生かして、江口寿史タッチを取り入れたのが細野不二彦さん。僕はその当時、細野さんは江口寿史さんを超えたんじゃないかと勝手に思ったくらい、衝撃をうけました(笑)。

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 先に貼った84年頃の扉絵と、86年頃のカラーイラストを見比べてもその変化は大きい。絵柄の変化もだが、扉絵の参照元のチョイスも変化していっている。ストリートスナップを参照し、ひばりくんがそうだったようにお洒落で中性的に描かれていた扉絵から、アイドルのグラビアを参照し、肉感的な美少女を描くようになっている。

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 いま書いたことは混乱していて、漫画本編の絵柄の変化と、扉絵の変化は、関連するが別のトピックだと思う。扉絵や空きページの落書きで、どのキャラクターを描いたのか髪型くらいでしか読み取れないレベルで元ネタに寄せた、実在アイドルの写真の模写を単行本に載せるのは、江口寿史もそうだし、最近だと冨樫義博もよくやっている気がする。ある程度実験的というか、そこから本編の絵柄にフィードバックされる部分とされない部分があったのだろうとは思いますが、僕は絵を描かないし漫画もあまり読まないのでこれ以上掘り下げて話はできないし、この話はここで終わります。まつもと泉の絵柄の、現代まで続く影響については、いろいろなところで読むことができるので検索してみてください。

ラブコメの発見

 『きまぐれオレンジ☆ロード』は、ある街の中高一貫校へ転校してきた春日恭介、彼と同じクラスの鮎川まどか、まどかが可愛がっている後輩の檜山ひかる、この三人の関係だけが主題で、それ以外の全てがエッセンスという、かなり思い切った構造をしている。しかし、作者が最初から能動的にそのような構造を選択したわけではない。先の対談から再度引用する。

まつもと:僕はくらもちふさこさんに影響を受けていて。くらもちさんのマンガというのは、カッコいい不良少年が出てきて、平凡な女の子がいて。なぜかその女の子がカッコいい不良少年にモテるという、そういうストーリー。手の届かないような、カッコいい不良少年を不良少女に反転させて、主人公をさえない男に変えたのが「きまぐれオレンジ☆ロード」だったんですね。

赤松:なるほど......。

まつもと:その不良少女には彼氏がいるという設定を作っていて。彼は楠みちはるさんが描くようなカッコいい暴走族のリーダーで、その人とまどかがデキている。それがひかるの兄で、そして恭介はその絶対に勝ち目のない男から、どうやってまどかを奪うのか。そういうストーリーを描きたかったんです。

赤松:そこから兄貴が消えたのはなぜだったんですか?

まつもと:実は連載第1話の表紙には兄が入っていたんです。ただし、いざ出そうとすると話を横道にそらされたんですよ。

赤松:それは高橋さんが?

まつもと:そうです。それは後でいいから、それよりもこっちの話を、とかなんとか言って。だから兄の話をやろうやろうと思っていたのに、なかなか出せなかった(笑)。初期の頃に、まどかが窓側の机から遠いところをボーッと見ているというシーンがあるんですけど、あれは不良少女として浮いているという設定もありましたが、実はその男のことを考えている、という裏設定があったんです。読者にはそうは見えなかったでしょうね。でも結果的に出さなくて良かった。出していたら完全に打ち切りになっていたでしょう。

 自分たちの関係しか視野に入っていないキャラクター達が永遠に耽溺する、ナルシシズムに沈んだラブコメの時空間は、読者にストレスをかけず、人気がある限り連載を継続するという、週刊少年誌の形式によって生まれ発見されたものであることが本人により語られている。そのことを象徴するキャラクターとして、恭介の従兄弟、一弥がいる。

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 一弥という名前は、まつもと泉の本名から取られていると思われる。テレパシーを使えて、全員の胸の内を知っている、主人公の恭介と同じ顔をしたキャラクター。物語を即座に終了させることができるはずの力を持つ、作者とほぼ同義な彼であっても終わらせることができないのがラブコメであり、絶対にはっきりしないのがラブコメの優柔不断な主人公であることの発見が、かなり序盤で示されるエピソードだ(中3から高3までの期間を描いている中で、中3時点)。

 恭介の、絶対選ばないという頑固な優柔不断さは、作中ではどちらかといえば美点として扱われる。物語の始まりから、恭介とまどかが互いに好意を持っていることは明らかだが、好意を口にすることに躊躇いがない真っ直ぐさという美点を持つひかるを前に、ひかるを傷つけることができない優しい性格という美点を持つまどかが自分の気持ちを口にしないことで、ラブコメの時空間が発生している。

 不貞行為ではない複数のガールフレンドとの交際というアクロバットは、それぞれのキャラクターの美点が作用しあった結果であると理由づけされることで、ストレスなく楽しめるものとして成立していた。新たに現れたヒロインと、初期ヒロインの間を一時的にふらふらする話はあっても、複数ヒロインと同時に交際する男の話を不貞と感じさせず読ませる構造は現代劇としては珍しい。先行し、今も活躍する高橋留美子やあだち充ではなく、まつもと泉がラブコメの元祖と呼ばれることがあるのは、この事によるのだと思う。

 まつもと泉が当初想定したような形のラブコメを書いていた作家として安達哲がいる。『キラキラ!』(89〜90)はそのまんまと言って良いし、その後の『お天気お姉さん』、『さくらの唄』なども次に触れるトピックが大きく関わってくる作品である。

ラブコメのスノッブ

 ラブコメはストレスが取り除かれることにより完全に成立したが、その結果「内向するスノビズム」あるいは「ナルシシズムの檻」と呼ばれた構造上の問題点が、この時点で明らかになっていた。自分たちの関係に耽溺する彼らの姿は、本人たちが意識的にそう思っているかとは関係なく、社会規範に対する見下しの目線を持つ。複数の女性と付き合うのが悪いわけではない。べつにお互いが許しあってるんだからいいじゃんと社会との折り合いをまったく放棄し、社会への絶望だけを共有した関係に浸ることを、少年漫画が否定できなくなってしまったことが問題となったのだ。

 『きまぐれオレンジ☆ロード』からの直接的な影響を作者が公言している小説、平井和正『ボヘミアン・ガラスストリート』は、無条件に愛され、特定の相手を選ばず全員を愛すことがゆるされている存在は即ち神であるという断定のもとに主人公像が設定され、ラブコメの時空間はカルト的なコミュニティとして描かれている。平井和正ほどまっすぐ宗教にしちゃう人はそんなにいないし、このあたりの話書くと角川春樹(富山出身じゃん……)の話もすることになって終わらないので書きませんが、90年前後にこういった視点が発生するのはそれほど珍しいことではなく、月面コミュニティと前世の思い出に囚われた人々を描いた日渡早紀『ぼくの地球を守って』(1986~1994)なんかも同時代的な作品だろう。

 社会への絶望の視点は、エヴァンゲリオンを持ち出さなくてもあかほりさとる作品にだって蔓延していたし、ラブコメにおけるそれは『きまぐれオレンジ☆ロード』が発見して以降、オタク向けフィクションから離れることがないトピックとなった。サブカルとオタクの分離、もしくはサブカルがオタクに覆われたのもこの頃で、『きまぐれオレンジ☆ロード』自体はオタクカルチャーの直接のご先祖であるにも関わらず、その中で描かれている生活は、いまの目線で見るとサブカルそのものである。

 恭介たちは学校に対しても帰属意識がなく、平気で校則を破ってバイトをする。場所とコミュニティに結びつきがなく、そのとき楽しく過ごせる場所に少人数のコミニティごと移動する。その姿は90年代の作品に先行するものだったのだと思う。特定の場所ではなく街を舞台とするのは、単にその時代の風景を写しとっただけではある。しかし、物心ついたときには90年代だった僕からみると、親世代には確かに存在したはずなのに、物心がつくころには生活圏内から完全に失われていた風景として映る。存在しないものには絶望することもできない。90年代の作品は、あくまで親世代の絶望の残響としてしか、地方では受容することができないものだった。残響し、保存された80年代というモチーフは、むしろ80年代半ばに多く見られ、『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』、『超時空要塞マクロス』、『メガゾーン23』などが挙げられる。絶望的に満ち足りた時間が、近い将来失われるという予感が、80年代の時点であったということなのだろう。

学校の再発見

 赤松健の話をどこかでしようと思ったらするところがなかったので、めちゃめちゃ飛躍のあること書いて終わらせる。『ラブひな』は、高橋留美子『めぞん一刻』の管理人さんの性別を反転させたような立ち位置の主人公、浦島景太郎を中心にしたラブコメで、先ほどの対談を読めばわかるがまつもと泉の影響も大きく受けている。景太郎は東大を目指す浪人生だが、なぜ東大が設定されたのかというと、フリッパーズ・ギターの小沢健二が東大に在学していたことに象徴される「サブカルと教養」という文脈がある。『きまぐれオレンジ☆ロード』の登場人物たちは、先に書いた音楽に対するスタンスからもわかるように、本人たちが意識していない高い教養を持っている。それを親の裕福さに回収するのは、別に裕福ではない地元の親世代の教養をみるとあんまり肯定したくないというか、東京的なものの見方だと思うんだけどまあおいておくと、『きまぐれオレンジ☆ロード』の時点では成立していたサブカルからオタクを引き算すると、残るのは教養だけということはとりあえず言える。最近は文化資本という言い方もされますが、僕は好きじゃないので言いません。

 オタクを引き算されたサブカルには、教養、そしてその啓蒙というおせっかいさが残った。「香菜、頭をよくしてあげよう」というやつです。

モフモフと ジャムパン
食べている君の横で僕は
ウムム!と考える
抱きしめてあげる以外には何か
君を愛す術はないものか?
香菜、君の頭 僕がよくしてあげよう
香菜、生きることに君がおびえぬように
香菜、明日 君を図書館へ連れていこう
香菜、泣ける本を 君に選んであげよう
香菜、いつか恋も終わりが来るのだから
香菜、一人ででも生きていけるように

 なんかいま聞いてたらいい歌じゃんって気がしてきたな、何かしてあげたいって気持ちを歌ってるだけで、それがきっと届かないだろうという諦念もあらかじめあるもんな。はなしがずれてる。サブカルがおせっかいさをもったことで、おかんに言われたら宿題はやらない的な感覚により、オタクが教養を積極的に忌避するようになった流れがあると説明したかったんだった。

 オタクの立場から作品を発表しながら、サブカルだった時代の漫画を読んで育ち、愛着がある赤松健がラブコメを再構築しようとした際に、教養に対する視座を意識的に入れようとするのは当然で、海賊版電子書籍を駆逐して、権利的にクリアなアーカイブとして漫画版青空文庫を作ろうとしている「Jコミ」の活動にもつながっていると読むのはそう飛躍した読み方ではないとは思う。90年代にまつもと泉と平井和正が、電子書籍のさきがけとなるような活動をしていたこととも繋がる。景太郎が最終的に考古学者になるのも、そのような読みの中で整理してもいいのではないかとも思う。オタクの地層に覆われて、サブカルは社会学ではなく考古学の対象になったと、オタク側から見れば言えてしまう面はあるだろう。

 自由に居場所を選べる街が存在しない以上、すでに所属する場所の中に居場所を作るしかない、という視点から立ち上がったのが部活動ものの潮流である、という見方がある。部室などの空間そのものへの所属は、街が消滅した地方的な目線でみても理解しやすいものだった。空間は中心を必要としないので、まつもと泉に発見され、平井和正が神として書いたようなラブコメ主人公は結果的に消え去り、女の子だけの空間を描いた作品も成立するようになった。これらも、もちろんラブコメの子孫である。

 赤松健がラブひなの後に書いた『魔法先生ネギま!』は学園都市を舞台とし、ラブコメ主人公を置いてはいるが、大量のヒロインを並列に用意し、誰に思い入れるかを主人公のネギくんではなく読者に委ねたという点で、過渡期にある作品と位置付けることができる。アニメ化に伴いヒロインたちの部活単位でのCDリリースを行っていたことは、その後、『ロウきゅーぶ!』のように深夜アニメの主題歌をヒロイン声優がユニットで歌う流れや、男性主人公が置かれない『けいおん!』のヒットにもそのままつながっていった。

かつては浮世離れの最大の象徴だった芸能界すら「スクールアイドル」というギミックで学校空間に取り込んだ作品『ラブライブ!』が、『シスタープリンセス』や『ベイビープリンセス』と同じ、ラブコメヒロインをフィーチャーした雑誌、電撃G'sマガジンの誌面企画として生まれたことも、この流れの中に数えてよいと思う。

 萌4コマの流行による背景の消失と、アニメ化による背景の再獲得というトピックもある気がしますが、知見がないので省略します。『けいおん!』と『ネギま』の間には、『きまぐれオレンジ☆ロード』からの大きな影響が指摘されている『涼宮ハルヒの憂鬱』をおくべきなのもわかっていますが、僕がまだ涼宮ハルヒの再読中なのでそれはそのうち別で書きます。

おわりに

 まつもと泉によって発見されたラブコメ(言葉が広すぎるならハーレムラブコメとでも呼ぶか)とその主人公は、直接的、間接的、あるいは批判的に引き継がれることによって、現代の豊かなオタクカルチャーの直接的な源流のひとつとなった。そういった歴史的意義でいま読む意味がある作品、という位置づけもできる。でもそれ以上に、いまも色褪せない魅力的なキャラクターに再会する機会としての再読の体験だったということを、最後に書かなくちゃいけない。

 どこまでも優しく教養にあふれその上かわいい鮎川まどか。底抜けに明るくまっすぐな檜山ひかる。やろうと思えばなんでも、それこそ世界を破滅させることだってできる超能力を持ちながら、あるいはそれを持つからこそ決定的な選択は絶対にしない優柔不断さを持ち合わせ、くだらないことにしか使わない、優しい超能力者の春日恭介。優しい超能力者という類型は、藤崎竜『PHYCHO+』や水上悟志『サイコスタッフ』、そして春日恭介の名前を分割して名付けられた『涼宮ハルヒの憂鬱』のハルヒとキョンなどにも引き継がれているが、春日恭介たちからスノッブな目線を読み取るのは後世からの視点でしかない。

 僕にとっては、未就学児の頃父親に連れられて行った喫茶店でチョコパフェを作ってくれた店員や、実家のガレージに毎週なんかいたバンドマンと同じように、僕が自分で自分の興味範囲にアクセスできるようになるまで、いろんなカルチャーがかつて存在し、いまもどこかに存在することを教えてくれた、もう会うことはないけれど、ずっと忘れることがないお兄さんお姉さんとして、彼と彼女たちのことをこれからも覚えている。そういう作品だったことを思い出す機会としての再読の体験になりました。偉大な作品を、ありがとうございました。

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