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7/28 晴れ、合宿、流行

最近、相対性理論をわりとよく聴く。人工衛星、いいな〜〜〜。歌詞の韻が気持ちいい。物語を思い浮かべず、何にも重ねず、ただ耳を通ることばを楽しむ聴き方なんて久しぶり。淡々とした歌い方、くせのあまりない声が好きです。そして女性ボーカル。おすすめあったら教えてください、気が向いたら聞きます。

本も音楽も、ストックがないと落ち着かない。曲にも本にも、「タイミング」があると思う。買ったはいいものの読む気になれず数年眠っている本を、一気に読みたくなる夜がある。なかなか進まず最初の章でずっと止まっていた小説も、タイミングが合えば、乾いたスポンジに吸い込まれる水のように頭に入る。だからおすすめされた曲や物語に、すぐに触れますという約束ができない。聞く気分になったら聞く。勉強でもやる気がでないときは無理をしないし、とにかく気分や衝動を大切にして生きている。食べたい行きたい聞きたい見たいの衝動は狙っても起こらないし、無視したらもったいない!

昔から、キャッチーで流行るような曲が嫌いだった。これは逆張り精神のせいでもあるが、理由はそれだけではない。「流行りの曲」は、街でテレビでラジオで四六時中流れているから脳に入りこんでくるし、呼んでもいない時に頭をぐるぐる回ってくる。純粋に迷惑!!!知らないアイドル、意味の無い薄い歌詞。耳に残らないで欲しい。私の脳の容量を奪わないでほしい。自分から何度も聞いている好きな曲だけを、頭のプレイリストで再生していたいのに。
書いていて、世界が狭い人の発想みたいかな、と思った。これでも、不意に起こる音楽や芸術との出会いは大切にしているつもりです。新しい世界を開きたい気持ちはずっとある。ただ、狂うほど何度も何処でも誰もが同じ曲を流すのに「芸がない」と思っているだけ。

「韻を踏んでいて、主語と述語、修飾の対応に違和がなければ前後の文脈なんて意味をなさなくて良い。」

これはポップスだけではないらしい。レポートの課題論文を読んで驚いた。古代ペルシア詩も、とにかく形式と韻を重んじていて、それぞれの対句ごとに意味の関連は必要ないらしい。面白い。完全に音楽。関連単語のパッチワーク!コラージュと言った方が綺麗かな。古典詩の韻は本当に気持ちがいい。

言葉がなにかを伝えるただの道具じゃなくて、芸術として使われてきたって素敵だな〜と改めて思う。それは文字も音も!

きのうときょうは、文化祭の実行委員の合宿だった。朝9時過ぎに大学に集合して、バスで静岡に向かう。
バスの隣がいちばん仲のいい友達だったので楽しかった、まあ半分は寝ていたが。
宿に着き、海の見える部屋でごろごろして、砂浜で遊んでスイカ割りをした。タオルも何も持っていないのに、靴を脱いで海に入った。入るつもりはなかったが、海の引力は強すぎて抗えない!キラキラ輝く海が目の前にあって、入らずにいられる人はいないと思う。高い波にスカートが濡れる、それすらも許せるくらいに水は冷たくて気持ちが良かった。横では男子が相撲をとってびしょびしょになっていた。元気だな〜。
宿に戻って冷たいハンバーグと美味しい刺身を食べ、熱い風呂に入った。指定時間より早かったためか同じ局(委員会内の係みたいなもの)しかおらず、ゆっくりできた。夜は花火をしたあと、みんなで卒業する先輩へのアルバムを作り、12時頃部屋に戻った。しばらく友人と話して、ひとしきり友人の眠りの邪魔をした挙句、さきに寝た。


花火前、海岸へ


寝不足だった。帰りのバスでは寝ようと思っていたが、最初の1時間、隣の友達がわたしが眠らないようにがんばって話しかけてき続けた。彼女はバスで寝れないタイプらしい。私の好きな話題をだしたり、行きに見た景色をいちいち指したり恋愛の話をがんばって振ってきたりした。可愛い〜〜!だる絡みされるのもするのも好きです。気を許されているってうれしい。結局、友達が力つきたので寝た。行きより道のりは長かった気がする。

夏を凝縮したような2日間だったな。大人数でずっとざわざわしている空間に体力を奪われ、ものすごく疲れた。帰っていちど床にぶっ倒れたあと、起き上がって当日夜までのレポートを仕上げたのは偉すぎる。おつかれさまでした。