見出し画像

好き?好き?大好き?


R.D.レイン著『好き?好き?大好き?』に関して
もはやそのタイトルを口にするのでさえありきたりでつまらなくなってしまったほどに、当書は流行したと言える

当書が昨年改めて文庫本化するほど人気になった理由のひとつに、人気ゲーム『NEEDY GIRL OVER DOSE』を手掛けたにゃるら氏による解説文があるのは間違いない

戸川純氏の有名曲『好き好き大好き』や、『serial experiments lain』などもの人気作品の由来にもなるほど、人々は当書に描かれている病的なオウム返しの愛を求め、また解釈し続けている


彼女「好き?好き?大好き?」
彼「うん 好き 好き 大好き」

彼女「なによりもかによりも?」
彼「うん なによりもかによりも」

彼女「世界全体よりもっと?」
彼「うん 世界全体よりもっと」

彼女「わたしが好き?」
彼「うん きみが好きだ」

R.D.レイン『好き?好き?大好き?』より


単純なオウム返しの愛、
心理学用語で言うところの同一化の側面があると考えられる

彼女は、彼を好きだが彼が自分を好きかどうか分からなくなり不安になることから始まる
彼女は彼に好きかどうか質問する
彼は彼女の質問と同じ言葉を繰り返す
彼女はそれを聞いて「彼も私と同じぐらいの愛を持っているに違いない」と自己を投影をすることで満足する


この会話は、自身の劣等感やコンプレックスから一時的に解放してくれるというメリットはあるものの、持続可能性は低く総合的に見ればあまりに空虚であると言わざるを得ない

このシーンの後、彼女は彼との境界線を見誤り病的なまでの同一視をしてしまう未来がくることはある程度想像がつく

例えば、彼がオウム返しに疲れいつか本当の気持ちを告げた時、彼女は突然引かれた境界線に戸惑い苦しむことになるかもしれない

またあるいは、彼のオウム返しぶりに満足できなくなった彼女が、より納得できる答え求めるために彼の言葉のあらをわざわざ探して突きつけるようになるかもしれない


実に空虚な会話だ




恋愛の手法として、他者を求めることで自分にない何かを取り入れようとすることが最善なのではないかと私は考えている
従って、はなから自己が欠落してしまっている場合、恋愛はあくまで自己の補填にしかならないので意味がないように私は思える

空き続ける穴を塞ぎ続ける行為、とでもいうべきだろうか
恋愛は根本的に自身が満たされた状態からでないと有意義ではないだろう


もちろん自己の欠落を直視しない限りは(あるいは常に自己を損い続ければ)、オウム返しの愛は最も効率の良い自己肯定感の享受だとも言える

無くしたものばかりを追い求め、それに見合う形のものを要求し続ける行為
実に合理的な解法であるが...
根本的な解決には至っていないように思える




人は何度でも好意を確認したがる
そして、期待を込めて、自分に都合のいい言葉が返ってくるのを待っている

この要求に対するその場の応え方は至極簡単で
相手が思う"正しい答え"を言う能力さえあれば良い

実際にその人を慈しんでいるかどうかに関わらず、心配しているよ、君は素敵だよ、愛しているよ、と返すことがその場の最善である

彼女「わたしのこと 趣味がいいと思う?」
彼「うん きみのこと趣味がいいと思うよ」

彼女「わたしのこと 才能があると思う?」
彼「うん きみのこと才能があると思うよ」

彼女「わたしのこと 怠けん坊だと思わない?」
彼「うん きみのこと怠けん坊だなんて思わないよ」

R.D.レイン『好き?好き?大好き?』より


人が納得しやすい返答として、
①冒頭に相槌を含め、相手の言葉を理解していることを表す
②二人称を含める ex)きみ、あなた、○○さん、○○ちゃん等
③相手が発した文章と同等の内容を繰り返す
④内容に対してポジティブな返答をする


彼女が肯定して欲しいと思うことに関しては肯定する
彼女が否定して欲しいと思うことに関しては否定する
ただそれだけの、オウム返しの恋

「相手の内容を繰り返し、相手の希望をそれらしく叶えてあげる」──これが関係性を上手く成り立たせるためのコツである

空虚ではあるが一時的な納得度が高く、その場をやり過ごすには最適な会話法だ
このやり方をどう自己に取り入れるかは、まだ再考の余地がある




さて
かなり批判的に書いたものの、私もオウム返しを求める愚かな人間のうちの1人です

一言一句違わない単純なオウム返しに飽き、
小賢しく言い換えては同じような言葉を繰り返し、同じ意味の言葉が返ってくることを期待してしまっています


可愛いですね、人間



※以下、河出書房新社による『好き?好き?大好き?』の試し読みURLになります。読んでみてくださいね

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?