脳震盪

今回は脳震盪についてお話ししたいと思います。アスレティックトレーナーのみならず、選手やコーチにもぜひ知っておいていただきたい情報です。

まず、脳震盪とは

頭部損傷によって生じる脳機能の一時的な障害

のことを言います。一過性の意識障害や記憶障害を伴うこともありますが、意識消失は必ずしも起こるとは限りません。

脳震盪ってどうやったら起こるの?

さて、突然ですが問題です。
次のうち、脳震盪になる可能性があるものはどれでしょうか?

A. サッカーのヘディング
B. バスケで相手の肘が鼻にクリーンヒット
C. バレーボールで相手のスパイクが顔面に当たる
D. 野球での頭部死球
E. ボクシングでフックが顎にヒット
F. ラグビーで横から腰への激しいタックル、しっかりと受け身はとり頭は地面にぶつけていない
G. アメフトでヘルメット同士の激しい衝突
H. テニスで方向転換しようとしたら足が滑りしりもち

正解は…

全部です。

「でもいくつか頭をぶつけてないやつがあるじゃないか?」って思いますよね?

実は脳震盪は直接打撲だけで起こるわけではないのです。

脳震盪ってなんで起こるの?

最近コロナでよく名前を聞くようになったCDC(アメリカ疾病予防管理センター)では、
「脳震盪は頭部もしくは身体への衝突、打撃、揺さぶりにより、頭と脳が急速に前後に動かされることで生じる」としています。

同様に日本アメフト協会(JAFA)のフットボールアカデミー上では
「脳震盪とは衝撃によって脳が揺さぶられることによって起こる」としています。

脳は頭蓋骨に周囲を守られ脳脊髄液中に浮遊するゼラチン状の物質です。普段は脳脊髄液が衝撃を吸収するため、中の脳は守られています。衝撃により頭部が大きく揺れると、脳が頭蓋骨にぶつかったりよじれることで化学的な変化が起こる、つまり脳震盪が起こることになります。

画像1

わかりやすく言うと、タッパーウェアの中に少しとろみのあるジュースが満たされていて、その中に浮かぶゼリーを想像してください。タッパーをゆっくり動かす分にはジュースがゼリーを守ってくれますが、激しく揺するとゼリーはタッパーの内側にぶつかってしまいます。

激しいタックルでむち打ち状態になったり、ボクシングでのチンヒットもこれが原因で脳震盪になる可能性があるわけです。しりもちも然りです。

脳震盪の症状は?

じゃあ、脳震盪になったら何が起こるのでしょうか。

瞬間的な症状としては、
 ・クラっとする
 ・星のようなものがみえる
 ・視界が一瞬真っ暗になる
 ・意識がとぶ

しばらくすると
 ・頭痛
 ・吐き気
 ・ふらつき、めまい
 ・視界がぼやける、焦点が合わない
 ・ろれつが回らない
 ・自分が何をしているのか、どこにいるのかわからなくなる
 ・同じことを何度も聞く
 ・ボーっとしたり、感情のコントロールが効かなくなる

などといった症状が現れます。受傷の衝撃が大きいと脳損傷が起こり、麻痺、認知/記憶障害、脳内出血や脳水腫、硬膜外/下血腫などが発生するので、意識を失うような重度の怪我の場合は救急搬送をする必要があります。また、意識消失がなかったとしても、物が二重に見える、首の痛みがある、嘔吐、普段と異なる言動がある、時間の経過とともに症状の極端な悪化がみられるなどの場合にも救急で脳内出血や頸椎損傷などがないか診てもらう必要があります。

意識がはっきりしている、受け答えが十分行えている、症状もあるものの軽度で安定しているなどであれば、救急である必要はありませんが、出来るだけスポーツ外傷に詳しい脳神経外科がいるところで診察を受けるようにしてください。

脳震盪になったら?

少しでも脳震盪の疑いがある場合は、すぐに運動を中止する必要があります。中には脳震盪からくる頭痛なのか、頭をぶつけたことからくる打撲の痛みなのか、判断がつきにくいこともあるかもしれません。選手本人はプレーに戻りたいがために、症状に関してうその報告をすることがあるかもしれません。時には受傷直後は気が高まっており、自覚症状が実際に出ない場合もあります。

そこで我々アスレティックトレーナーがどのように脳震盪と判断しているかということも少し...。

SCAT(Sports Concussion Assessment Tool)というものがあります。現在はver. 5まででており、SCAT5と呼ばれています。国際的な専門家グループが作成した脳震盪の評価ツールです。自覚症状、長期記憶、短期記憶、バランスなどを問診形式でチェックしますが、こちらはスポーツをしている現場で行うことができ、復帰可能かどうか判断するうえで、現場で多く使われています。※Scat5は「Scat5 日本語」で検索するとダウンロードできます。

他にも、これはプレーしている現場というよりも、室内や学校に戻ってから行うコンピューターテスト(Impact Test、CogState Sportsなど)もあります。これは反応速度や記憶力、判断力などをチェックしています。

どちらも正常時に各個人のベースラインのテストスコアを出しておく必要があり、受傷後は自分のベースラインと比べてどのように変化しているかで脳震盪かどうかの判断材料としています。

脳震盪と判断されたら...

脳震盪と判断された場合、どうすれば競技に復帰できるのでしょうか。

GRTP(Graduated Return To Play、段階的復帰)プログラムというものがあります。

画像3

IRB脳震盪ガイドラインより

こちらに沿って、少しずつ運動強度を上げていくことになりますが、脳震盪の自覚症状がないことが大前提となります。まず症状を早く解消するためにも、こちらのリハビリ段階1にある「心身の完全休養」が必要となります。

自転車通勤/通学、パソコン作業、ゲーム、テレビや携帯での動画視聴、車の運転

こういったものも避ける必要があります。アメリカでは症状の改善があるまでは、医師からの指示で授業への参加も見送られます。

脳震盪を軽く見てると...

「ちょっとくらいの脳震盪なら…」、「大事な試合があるから」、「ここで抜けたら周りに怒られる/迷惑かける」

こんなことから脳震盪を軽視してしまうと、取り返しのつかないことが起こる可能性があります。

セカンドインパクト症候群と言われ、前回の脳震盪が完全に回復する前に次の損傷を受けると、より脳震盪を起こしやすくなるだけでなく、脳損傷になる可能性が急上昇し、重症度や致死率も急上昇してしまいます。

しっかりと脳震盪から回復したとしても、一度脳震盪を経験すると軽度の衝撃でも脳震盪が起こりやすくなるとも言われています。パンチドンランカーという言葉を聞いたことがある人もいるかと思いますが、これはCTE(慢性外傷性脳症)といわれ、脳震盪を繰り返すことで脳の構造や形状的な変性がおこり、認知症に似た記憶障害、判断および意思決定の障害、人格変化易怒性、錯乱、鬱状態といった症状がでる状態のことを言います。アメリカンフットボールが盛んなアメリカでは、これらが大きな問題となっています。少し前には映画にもなりました(ウィル・スミス主演、「コンカッション」2015年)が、引退した選手の中には、DVを繰り返し家庭崩壊を起こしたり、自殺者も多く出ています。


このような悲しい歴史を踏まえ、アメリカのスポーツ界では脳震盪に対しての対策が進められており、我々ATCは現場での対応のプロフェッショナルとして活動しています。日本では、特に学生スポーツの現場では、残念ながらまだまだ脳震盪に対しての対応は遅れていると言わざるを得ません。練習や試合時に、脳震盪に対して正しい知識を持ち、且つ客観的に判断できる人がほとんどいない、というのが現状です。

アメリカンフットボールに限らず、脳震盪はどんなスポーツでも起こる可能性のあるものです。専門の知識を持ったアスレティックトレーナーがまだあらゆるスポーツの現場にいることのできない日本の現状では、指導者や選手自身にも脳震盪の怖さを知ってもらう必要性がより大きくなります。ここでの情報が、少しでも不必要で不幸な怪我を減らせる手助けになれればと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?