マラソンレース
主による鍛錬
こういうわけで、わたしたちもまた、このようにおびただしい証人の群れに囲まれている以上、すべての重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てて、自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こうではありませんか、 信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら。このイエスは、御自身の前にある喜びを捨て、恥をもいとわないで十字架の死を耐え忍び、神の玉座の右にお座りになったのです。
ヘブライ人への手紙 12:1-2 新共同訳より
https://bible.com/bible/1819/heb.12.1-2.新共同訳
今現在ラプトさんの宣布する御言葉がお休みなのです。(毎月中旬は巡回などのお仕事のため)
そこで替え歌を作りました。
当たり前に 御言葉(を)聞け(て)
嬉しく 思うよりも
宣布されぬ間 胸が痛いくらい 苦しい
聞いている その時にも いつまで
これ聞けるか?
霊が 永遠でも 肉は必ず死んで いく
愛はいつも 激しい嵐のように
心の海を荒らして やがて静かになるけど
マラソンレース 100万年 愛したい
マラソンレース さあ スタート
天国 こそがゴール
〜🎶〜
どこまでも 続く道は 人生よりも長い
誰も みんなランナー 愛と真理あれば いい
時に愛は 燃え上がる炎に似て
全てを灰にするほど 燃えて尽きてしまうけど
マラソンレース 100万年愛したい
マラソンレース もう ギブアップは 絶対 したくない
〜🎶〜
愛はきっと 後になってわかるもの
走り続ける途中は 何も考えられない
マラソンレース 100万年愛したい
マラソンレース そう マイペースで ユアペースで
マラソンレース 100万人救いたい
マラソンレース さぁスタート
天国こそが ゴール
〜🎶〜
RAPT有料記事454(2020年3月28日)永遠に神様と愛で結ばれて生きるためには、この地上にいる間に神様と愛の関係で結ばれなければならない。そして、神様と愛の関係で結ばれてこそ、この世でもあの世でも全てのものに満たされて生きられる。
人間がこの世でいくら富や名誉を積んだとしても、死んだ後はそれらのものをあの世に持っていくことはできません。
また、いくら沢山の人間関係を築いたとしても、死んだ後はその人間関係をあの世に持っていくこともできません。
私たち人間が死んだ後、あの世に持って行くことができるのは、ただ神様との愛の関係だけです。
したがって、この地上で生きている間に神様と愛で結ばれることができた人は、この世でもあの世でも永遠に祝福を受けて生きられますが、この地上で生きている間に神様と愛で結ばれることができなかった人は、この世でもあの世でも祝福を受けられず、永遠に孤独に生きることを余儀なくされます。
それどころか、神様と愛で結ばれなかった人は、サタンと霊的に結ばれている状態にあるので、この世でもあの世でもサタンに苦しめられて生きることになります。
サタンはあなたの友達になってはくれませんし、むしろあなたを奴隷のようにこき使うだけです。
この世の人間サタンがやるのと同じように、あなたをどこまでも冷酷に扱います。
ですから、もし私たちがこの世でもあの世でも永遠に幸せに生きたいと願うなら、この地上でどこまでも神様を愛して、神様と愛の関係で結ばれなければなりません。
そうしてこそ、私たちは永遠にさまようことなく、豊かな祝福に満たされて生きることができるのです。