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時代の流れは容赦なくグリーン

もう、死にそう。
汗が滝のようにダラダラ落ちてくる。

花畑の作業する前に、臙脂色のジャーマンアイリスを、
「気持ち悪い色」と家族が言うので、花畑に持って行くことにした。

この色だけでまとめれば、結構シックでいい感じなんだけどな。

「今ならすぐ抜ける」とか適当なことを言われたけれど、
みっしりと根が絡みついていて、見るからに無理。

葉だけ切り落として梅雨に入ったら抜こうと予定を変えて、
(また鉄のバールを借りてこよう)と思ったのが運のツキ。

そう言えば、一年放りっぱなしでとんでもなく根を張った、
花畑のクローバーは、バールなら一発じゃんと思い描いた。

クローバーも、あらぬところでも増えている。

オシロイバナのちび苗や、草取り道具、それからおにぎりとおやつと、
コーヒーを入れたボトルに、鉄のバールを追加した。

鉄の重さと尖った形状で深く刺さるので、あとはテコの原理で、
身体ごと預けさえすれば、簡単にクローバーが抜けていく。

つい、気が付いてしまった。

花が咲き終わった秋に移動しようと思っていた赤萩。

かなり伸びて、隣のシモツケも、秋明菊も、ムクゲもバラも、
赤萩には迷惑をこうむっている。

(秋とは言わず、ついでに今引っ越しさせればいいんじゃない?)

早速植えつけ場所を準備して、土も足して、穴を掘る。

OK、あとはご本人をお迎えするだけ。

広がった萩の枝葉は、中間以下で切り落とした。

大丈夫と思うけど、今年咲かなきゃ咲かなくてもいいもーん。

バールを差し込む目安が付くように、株の回りを少し綺麗にする。

古枝がかなり太くなって、その太さの枝が根元から何本かに分かれている。

(バール持ってきて正解)と思ったのもつかの間。

差しても押してもびくともしない。

(この下は固い赤土のはずだったけど、そんなに根が深くなる?)

ともかく力任せに何度も試したが動かない。

(見た目と違って強情すぎる、さすが日本の女)

仙台銘菓「萩の月」の包装箱の絵を思い出す。

私が汗ダラダラで困っているというに、
彼女は浴衣姿で窓辺に腰かけ、優雅に萩を眺めている。

その辺に100kg位の体重の男性が歩いてこないだろうか、と、
根性のない私はすぐに妄想してしまう。

私のデブ具合でも、この鉄のバールが動きそうにない。

大抵「ここ!」と決めた一か所に狙いを付ければ、
ミリミリ、という感じで株が盛り上がってくるのに、この人は動かない。

もしかしてこのまま頑張って続けると、鉄が折れて、
頭に当たって、即死になるかも知れないと考えた。

いや、折れる前に曲がるだろうが、とは思い直したが、
この太い鉄を曲げるには超能力が必要だろうと、別の心配を打ち消した。

しかし鉄のバールが折れないにしても、勢い余って跳ね返って、
胸に突き刺さって死んでしまうかも知れない。

こんな時のために鎌を持ってきていた。

根のスゴイものは、面倒でも、鎌で切り落としながらやると、すんなりだ。

しゃがんだ無理な態勢で鎌を入れようとしたところ、
基本的なことに気づいてしまった。

萩は樹木だった。

根を切るのは鎌ではなく、ノコギリが必要だったのだ。

ノコギリを取りに戻った。

おやつがもっと必要だったので、柿の種の袋もつかんだ。

計画を練り直した。

簡単には抜けないのが分かったからだ。

時間をかけて、少しずつ全方位の根を切って行こうと思う。

そして土台が揺れるようになったら、一気にバールで押し上げる。

しかし、土の中の根を切るのは大変だった。

柔らかくて、しかも場所を掘り出して広げるのは無理なので、
刃先の10cm位でギコギコやるしかなかった。

こちらが耐えられそうになく大変なので、
せいぜい半分位切り込みが入れば大丈夫なはず、と考え直した。

「萩の月」にしたら、
じわじわと切り込んでくれる嫌な人間だと反発するだろう。

その反発のせいか、無理だった。

今日の陽ざしもキツイ。

しかも時間は、お昼になるところ。

いったん休憩を取って、何かジャンクな糖類でこの疲れを癒さなければと、
自販機のコーラを買いに走った。

しかも二本。

ただし、350mlですから。

ユーカリの木陰に腰をおろして、
コーラを、かけつけ一本ゴクゴク飲みほして、おにぎりを取り出す。

デカおにぎりにして良かったー。

しかも梅干も二個入れた。

クエン酸サイコー。

食べたし、飲んだし、休んだので、再開の腰を上げた。

それなのにヤバかった。

筋肉の疲れが、だるさを増している。

なんだか重いバールと戦いすぎてフラフラ。

コーラで脳の疲れは取れたかも知れないが、

キンニくんには、ビタミンB群が必要だった。

せめて鮭フレークのおにぎりも作るべきだった。

デカおにぎりで誤魔化すのは、日頃の手抜きが癖になっているせいだ。

毎日の暮らしを丁寧に生きるべき、と、こんなところで反省をする。

しかし反省は今現在、役に立たないし、ここでやめる訳にも行かない。

100kgありそうなガタイの良い男性すら、思い当たらない。

市役所にはいたような気がするけど、その人には面識もない。

しかし近所の市役所職員は180cm程で、50kg台にしか見えない。

痩せても太ってても、どんな仕事にも関係ないことが分かる。(気がする)

それで男だとか女だとか甘えず、出来ない原因を探る方向にシフトできた。

たかが「萩の月」の女、一本に苦労してるなんて、
いい大人なのに、昔々の北海道の開拓民に笑われる。

やれば終わる。

いつかは光が見える。

やまない雨はない。

千里の道も一歩から。

もう千歩以上は「萩の月」の女と戦い続けてきたはず。

敵を知ることが、きっと足りないのだ。

コーラをもう一本飲んだ。

東西南北のうち、三本の根を切ったので、かなり揺らいでいる。

そして這いつくばって見て、またもや気づいてしまった。

主軸の根が、とっても太いことに・・・。

しかし、根というものは先細りだ。

頑張って土を掘りだせば、そしてノコギリを入れれば、
それを根気よく続ければ、絶対揺らぐ。

しかし、本来引っ越しさせたいことが目的で、切り出すことではない。

育成期にかなり、根に負担をかけてしまっては枯れるのでは?

しかし、その時はその時だ。

すでに目的は引っ越しよりも、掘り出すことに変わってしまった。

あとは本人の生命力に任せるしかない。

運命には抗えないものだ。

ともかく、ここまでの時間を無駄にしたくない。

もう一時間半も過ぎている。

タチアオイだって何本も、
「萩の月」に夢中になったせいで踏みつぶしてしまった・・・。


(切れた!よし!)

さっそうと鉄のバールの再登場だ。

深く斜めに差し込むようにして、バールに大株をまたがせる。

手元のバールに体を預け、体の重さを使って、押してゆく。

「取れたあ!」

それから引っ越し先の場所に水を並々と注ぎ、「萩の月」の株を入れる。

土をかぶせて、肥料も漉き込む。

おやつやお昼も含めて、二時間近い格闘だった。

こんなに「萩の月」のことを考えたことが、かつてあっただろうか。

草取りの予定が、これだけで終わってしまった。

でも体を使うって、心地よくヘロヘロになる。

抜いたところの残りの根には、塩をかけてちゃんと死なせる。

「その辺の山にあるようなもの植えなきゃいいのに」

私を気の毒がる神様の声が聞こえてきそう・・・。

「でも、とってもとっても風情のある花なんだから」

ただ報われたくて、浴衣姿の日本髪の女を見直す。

だけど時代は「萩の月」ではなく、「ずんだシェイク」だ。

あの、優しげなグリーンの、粒々の、のど越しも麗しく。

ああ、今こそ飲みたいのに。







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