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宵待ち草をいつも見ていたひと

初夏の雑草取りは狙いをしっかり定める。

全体を見渡すとキリがないので、要所要所を押さえて抜けば、
それなりに綺麗に見えてることを知る。

例えば大きな石の回り、砂利の小径、レンガのきわのところ、
花壇や畑とくっきり分かるところ。

それと道路との境目あたり。

草で言えば、根っこがちょっとやそっとじゃ抜けなくなる、
ツンツンのイネ科の雑草。

ヤブガラシ、カタバミ、ヨモギ、スズメノカタビラ、カヤツリグサ、
エノコログサあたりはしっかり狙う。

根っこが頑固なものと種が細かすぎるものは厄介だ。

カラスノエンドウも花は可愛いけれども、
どこまでのその触手を伸ばすので、これも種がつく前に狙う。

秋に大変なことになる、
セイタカアワダチソウを抜くのはマストもマストだ。

少しある日本タンポポは甘やかすけど、西洋タンポポは駆逐する。

悩むけれど抜いてしまうのは月見草だ。

そんな名前だと知らなかった時に、幼なじみが、
「これは可愛い黄色い花が咲くよ」と教えてくれた。


だけど、月見草という名前を教えてくれたのは、見知らぬ男性だ。

ある日、街中の小さな公園に足を踏み入れようとしていた。

入り口のかたわらで、男性が煙草を吸いながら休んでいた。

無作法に伸びた真っ黒な髪、無精ひげ、どこか投げやりな目付き、
ゆったりとしたジャージ姿で、木陰を探したのか眩しそうに空を仰ぐ姿。

まるで、「やさぐれている」という言葉が写真になったひとのよう。

「入り口のそこ、月見草があるよ」

近づいた私に、ぶっきらぼうに話しかける。

植栽の綺麗な公園なので、私の目的がそうと見えたのか、
挨拶の代わりの一言を、ボールのように投げかけてくる。

「月見草なんて知らないですねぇ。どのあたりですか?」

こちらも挨拶なしで、ふところにボールを投げ入れる。

「入ってすぐ右の、紫陽花の脇に一本、黄色い花が咲いてる。
それを月見草っていう。宵待ち草とかさ。俺の山の田舎にたくさんある」

話し相手を探していたのか、こちらを喜ばせようと思ったのか、
ボソボソと月見草の話を続ける。

「あれ、結構可愛い花だよな」

その男性はトラックの運転手をしていて、
公園の近くの病院に入院中だと教えてくれた。

きっと不審者ではないと言いたかったのかも知れない。

すべてに辻褄があって、
「ありがとうございます。ゆっくり見ていこうかな」と声を掛けた。

そう言わなきゃ駄目だろう、と気づいて、
「煙草はほどほどに」と数秒の間をあけて、投げかける。

放ったボールは小さく笑わせて、
「こんなもんに頼らなきゃ、あんなとこで暮らしてられないからな」と
煙草を持ったままの手で、病院の建物を指して見せる。

その手の動きに、くゆらす煙が乱れて、灰がポトリと足元に落ちた。

「私は昼咲き月見草は知ってます。ピンク色の可愛い花ですよ」

落とした煙草の灰の存在を打ち消すように、もう一つボールを投げてみる。

「へえ、それは知らないな。月見ってのは、昼に似合わない言葉だけどな」

仕方なく話を合わせたかのような返事だ。

「どっちにしてもこんな街中じゃ、月見草すら抜かれずに大事にされて、
野性味あふれる、趣のあるとか、ありがたそうな言葉が付くんだろうな」

「そうかも知れないですね」

今度は私が話を合わせた。

「なあ、人間の価値ってなんだ?」

脈絡のない問いかけに困って、答えに窮する。

それ、日常会話に登場する言葉だろうか。

「悪い悪い、俺はもう田舎には帰れないしさ」

彼は笑いながら手を振って、病院とは違う方向に歩きだした。

私は公園の植物を眺めながら、
ジグソーパズルのような、彼の言葉の意図する完成図を探してみた。

いくつかの物語が出来上がっても、
きっともう長くはない人生なんだろうという想像にたどり着く。

満月の夜は月見草の彼の、血管が尖って浮き出た痩せた指を思い出す。

その指で煙草をはさんで、ゆっくりと、灰色にくすんだ肌の、
その乾いて荒れた唇まで動かす動線は、煙のようにゆるやかだった。






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