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action4cinema/2022年年末座談会:後編

座談会レポート(後編)
ーー知らないと言えば、日本では映画監督は興行収入が増えても、つまり大ヒットしても収入が増えるわけではない、ということも知られてませんね。出資者が成功報酬の契約を結んでくれない場合も多く、DVDなど二次使用時にしか、印税は払われない。
 
舩橋 監督、脚本家など各職能のそれぞれの権利主張も大切ですが、その前に、業界全体の労働環境の改善が先だと思うんですね。大きな目線でいうと、過去のスタジオシステムでは、入りたてのスタッフでも食べられてはいたんです。給料制だったから。でもそれが崩壊して、現在のフリーランス主体のシステムになり、そこから食えない人の巣窟になってしまった。製作委員会方式は、お金を集めてきて予算を投げたら、納品してくれればあとは関知しない、ということになってしまったんですね。全員が食べられる状況、そこにCNCのような組織が必要なんだと思うんです。
 
片渕 アニメの場合は、フリーランスを集めて制作する、ということに限界を感じて、「人を雇って育てる」というスタジオ形式に戻ってきたことで、少し改善されてきたのかもしれない。経営者の意識が。
 
深田 かつても、労働問題の意識はアニメ業界は高かったですよね。
片渕 早くから組合化が進んでいた時りもしましたが、そうした時代とは今は断絶しています。ただ人を集めるのが大変だから、スタジオが社員を雇う形式に戻ったというか。まあ、スタッフの囲い込みですね。それでも社員化が拡大してきているという分だけ、実写よりもちょっとだけ、先の段階に進んでいるのかも。結果的に人を雇って育てた方が効率が良い、ということ気づいて、結果的に少しホワイトになってきたわけです。もちろん、いろいろ問題はあるわけですが。
 
深田 やっぱりアニメの世界の方が進んでますね。
 
片渕 それは崩壊するのが早かったからかもしれない(笑)。アニメーションはどうしても人海戦術的にしかものづくりができないので、限界も早く来てしまっているんです。
 
深田 2005年に芸団協が、2009年にはJAniCAが労働実態調査をして、アニメ業界の労働問題が数字でも現れた。そこから建て直してきたわけですね。実写の場合は、 ようやく2018年に経産省が動き出したんですね。
 
片渕 ジブリとか、ディズニーとか、一部のブランド・アニメだけがヒットして、単発ものは当たらない、という時代も長かったですね。それがようやく、各監督の名前で作品が当たるようになってきた。あとは製作委員会の幹事会社に、制作会社が就くようになってきた、という動きもあります。まだ、小さなものですが。実際に汗をかいて作っている会社が、主導的でありたいですよね。
 

*ハラスメント問題への対策


ーーここで、ハラスメント対策についてもお話しを聞きたいです。2022年3月に噴出した映画界での性加害問題を受けて、「私たちは映画監督の立場を利用したあらゆる暴力に反対します。」という声明文発表。続いて文化庁に「ハラスメント防止策についての要望書」提出、4月には 映連に「労働環境保全・ハラスメント防止に関する提言書」を提出、 6月14日「ハラスメント防止措置ガイドライン草案」を発表しました。

諏訪 できるだけ早いタイミングで、提言、声明は出すべきと判断して出したんですが、反響は物凄かった。ハラスメントについてのアクションは大きな意味ではCNCの必要性にもつながるので、a4cの活動の一環ではあるが、あくまで、活動の一部 と思っていたんです。 しかし、何百通もメールもいただいて、今までこの問題の受け皿がなかったことを痛感しましたね。僕たちがハラスメント防止ガイドラインの案を出しましたが、できれば映画業界の主要団体がこれをたたき台にして出してほしい。僕たちは一種の遊撃隊のようなものですから。ただフランスのCNCは労働環境の保全、という意味でハラスメント講習も国内全域の業界関係者に徹底的に浸透するようサポートしていますし、韓国のKOFICもハラスメント講習費などの支援だけでなく、起きてしまったときに対応してくれる第三者機関もすでに作りました。日本版CNCもそうすべきだと思います。
 
ーーそれはとても大きいと思います。私も皆さんが参加された日韓映画人の集まりに出席していましたが、韓国側はKOFICだけでなく監督組合など、さまざまな組織がハラスメント問題、性被害の問題、ジェンダーに関する意識改革などに取り組んでいる。ホットラインもありますね。
 
諏訪 僕たちが ハラスメント講習のサポートをすることも考えたんですが、それは映連ほか業界自体が責任を持って行うべきだろうと思い、問題提起や提案を行う ことにまず注力しました。
 
四宮 僕たちが作ったガイドラインはあくまで草案として提出したんです。映連からは、我々は「製作」の団体であって「制作」の団体ではないので(※「製作=出資元」「制作=現場」)、ハラスメント問題については今後は「映適」で取り組んでいきます、という説明を受けましたが、未だにどこも具体的な指針を出さない状況が続いているの本当に残念です。
 
舩橋 ハラスメントは個人の資質、という問題ではないんですよね。
 
諏訪 その後、シナリオ作家協会、監督協会などからも、対策や声明が出されたことは素晴らしいし、何か変化を感じます。 。
 
四宮 映画業界は、閉鎖的な業界なので、世の中の反響があってもリアクションが鈍いですね。感度が低い。これだけ大きく話題になったら、他の業界ならもっと早く出すはずです。どこが主体的に取り組んでいくのかが分からないのも問題です。
 
諏訪 ハラスメントについて「活動屋同士だから、話せばわかる」「腹を割って話せばいい」という声をいくつか聴きました。対等に話せる関係にないからハラスメントは起きるのに。そういう話せば信頼が生まれるはずという曖昧な文化の中で、書面にしたがらない習慣が醸成れています。契約書もない世界ですからね。ある意味牧歌的ですけど。
 
是枝 当事者同士で話し合えば、というのはハラスメント問題で、一番やっちゃいけないことなんですよね。そこを制度設計した方がいいと思うんです。
 
西川 映適が、そこをどう対策してくれるのか。
 
ーーハラスメント防止策やシステム、問題があったときに相談する場所を作ることが、結果的には一番お互いを守ることになる、と思うんです。そして、そのためには講習や、インティマシー・コーディネーターを養成するなどの費用もかかりますが、映適が、その場になっていくんでしょうか。
 
深田 今も、訴える場が全くない訳ではないんです。でも、働く側がそれを学ぶ場が ないし、 深刻な被害を受けた人は精神的に追い詰められていて、何か起きてから冷静に学び判断するというのが難しい場合もある。  どこにも相談できないまま 、 被害当事者にとってもリスクの高いSNSや週刊誌で告発、ということになる 。それ自体が必ずしも悪い訳ではないけれども、その前に他にも悩みをきちんと受け止められる場が選択肢としてあった方がいい。 
 
舩橋 アメリカでは、そういうハラスメントについて内部告発する人を隔離して、守ってあげる 独立機構を、企業が設置するカルチャーがあります。なぜなら、放置すると企業内の人間が内部告発者を追い詰めてしまうし、二次被害、三次被害が出てくる。そういうシステムは必要だと思います。
 
深田 告発者が過剰なリスクを負わない場所が必要だと思うんです。映適が第三者機関を作る、という話はあるそうですが。
 
四宮 映適は経産省が、設置を要請 したんですね。

*「映像制作適正化機関(仮)」と「スタッフセンター」

*映適とは?ーー「映像制作適正化機関(仮)」/日本の映画製作の持続性を確保するため、フリーランスの取引・就業環境改善を含め、出資者及び社会全体の理解を得られるような映画制作現場の適正化に向けた方策を実施する機関。2023年に施行される予定


 
諏訪:これは3年間ほど調査、検討をすでにやっているものでして、2021年の4月に報告書が掲載されてます。
https://www.meti.go.jp/press/2021/04/20210430010/20210430010.html
 
これに基づいて適正化機関が作られるそうです。
そこで実施された現場スタッフへのアンケートを見ると、将来への不安、長時間労働、低賃金など切実な回答が多かった。
そこで、撮影時間を13時間以内にしようということや契約書の締結など動いているんですが、ただ、問題の一つは、このことを現場の人はまだほとんど知らないということで、ということはこの制度の議論が全く広まってないんですね。現場の実態に即した制度設計がなされるのか、我々も詳細の情報を掴めていない状況です。
 
深田  元々は、適切な撮影環境で実施されたかを審査する「適正化機関」と、スタッフの労働環境保全をはかる「スタッフセンター」というものがそれぞれ別にあったんですが、今はひとつのところに収まっているという別の問題もあります。この件を主導している組織の中心に製作者の団体である映連があるなかで 、 いわば製作会社に何次受けかで雇用される立場であるフリーランスのスタッフや俳優など担い手のための労働環境保全がきちんと行われるのか、 担い手側の立場や思いがきちんと反映されるのかは懸念点で、参加する職能団体がきちんと存在感を発揮できる体制になって欲しいと思います。 
 
諏訪「スタッフセンター」はスタッフを守るという立場から始まっているはずなのに、いつの間にか「適正化機関」のために、「スタッフに登録してもらう」ことが目的になってしまっている。本来はそれぞれ独立して機能するはずだった。
 
舩橋 ベースに働く人たちを守っていきましょうという軸がないとダメだと思います。我々a4cが掲げている中心テーマの一つである労働環境保全と同じ方向なんですが、つまり、規制する方の視点ではなく、労働者を守る方の視点に立った「適正化機関」でないと誰もついてこないですよ、と。登録すれば保険や労災に入れるとかメリットが付随する仕組みを作ればいいんですが、そこを立ち上がりの段階で実現するのは難しいようです。 
 
片渕 映適ってアニメーション業界は対象になってませんよね?アニメの業界って働いている人自身がどうゆう契約になってるかあまり理解してない場合が多いんです。
いわゆるフリーランスに対しては業務委託という形態が取られることが多いんですが、その場合、どの程度会社から護られることになるのか、そうしたところが曖昧です。
説明をきちんと受けられなかったりして、雇用に関する意識を形成するのが難しいところがあります。
 
西川 適正化はまず、映連加盟社の作品の現場から実施されると聞いてます。「撮影監督協会」「美術監督協会」などの各職能団体に籍を置く「技師」達には情報が降りているかもしれませんが、団体所属しようのない多くの助手や、制作部、助監督、衣装、メイクなどのフリーランススタッフ、また俳優たちには、どこまで情報が届いているのか分かりません。
労働時間が区切られることは良いことですが、4月1日から多くのスタッフに対応してもらうための準備や、ルールを遵守するためののシステムづくりがどの程度進んでいるのか、また、増加するであろう制作費についても補填する財源は用意されていないなど、不安な部分が多い。
 
深田 今、邦画というのは年間600本ほど公開 されていると言われてます。600本あるというのは良くも悪くも自由に制作できていたということだと思いますが、今回、経産省主導によって始まった 労働環境改善 は、 業界の意識を厳しく変えていく重要な契機になると思います。その反面、資本、体力のある会社はこの新しい変化に対応できるかもしれませんが、これまで低予算で作らざるを得なかったような インディペンデントな映画はどうなるのか?という問題は避けては通れません 。 労働環境と人件費のために時間と労力をかけてでも予算を集めるということが製作者側の責任としてこれまで以上に求められますし、その意識を持つことがまず大切ですが、海外では同時にファンドや助成制度 をうまく運用して商業性の高くない作品でもなんとかある程度の予算で作れるよう支えあっています。 日本の場合は、仕組み作りが追いつてないので急務な問題です。なので、「日本版」CNCをどうにか形にすべく、日々色々な折衝を続けています。
 
諏訪 フランスのCNCの基本理念は、「産業としての持続性と芸術文化の多様性」の2本柱なんです。 方や、経産省が主導して進めてることは「産業としての持続性」がメインで、芸術文化の多様性への配慮は少ないわけです。これはどちらかというと文化庁的な発想ですね。ですので、映適を進めながら、同時に多様性な作品を生み出す環境を別の視点で考えていかないといけないです。先ほど深田さんがおっしゃったように助成システムの充実など。経産省が見えてないのは、日本映画、アニメーションの国際的価値の一つは多様性なんです。ですので、我々としてはその両方に目配せをして、バランスをとるようなことをやっていきたいんですね。
 
是枝 どうしても監督が集まって発信しているので、僕らの主張が「製作支援」に偏って捉えられることが多いのですが、そんなことはなくて。やはり、劇場、特にミニシアターの支援や、それによる次世代の観客を育てていくことにまずは注力するべきなのではないかと思っています。そして、制作の「多様性」ということを考えた時には、まず何よりも、子育てをしている女性スタッフたちが離職をしなくても済むような環境を整えることが、多様な作品を生み出していくことに直結するのだと思います。そこをきちんと訴えていきたいですね。 

                                                                                      2022年12月27日(火)収録
                                                                                      協力・座談会進行:石津文子