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日本映画制作適正化機構の設立と「認定制度に関する協約」の発表を受けて

 去る3月29日に一般社団法人日本映画制作適正化機構の設立が公表され、映画制作における労働環境の改善を目的とする「日本映画制作適正化認定制度に関する協約」が日本映画製作者連盟、日本映画制作者協会、日本映像職能連合の合意により調印されました。
action4cinema 日本版CNC設立を求める会では、かねてより「労働環境の改善」を取り組むべき主要な課題と捉えており、業界を代表する3団体の合意による同制度の発足は、その重要な第1歩として歓迎したいと思いますが、この度公表された制度の概要にはさまざまな課題、問題があると思われます。私たちはこれらの問題点を指摘するとともに、より良い制度を目指して引き続き議論、改善がなされることを同機構に求めてゆきたいと思います。
 
                                                     action4cinema 日本版CNC設立を求める会一同

(参考)日本映画制作適正化機構 公式HP
https://www.eiteki.org/

○ 総論

① 立場の違う3団体が同じテーブルに着いたことは評価しますが、その協約の内実に触れた時に、果たしてこれが「適正化」と呼べるのかは大いに疑問です。
まず、最大の 不安 は財源問題です。この点は「映適」の動きがスタートした時点からずっと指摘してきましたが、この不安が解消されないままの適正化のスタートは、見切り発車感が否定できません。寄付や審査料に頼る運営では、早晩立ち行かなくなるので、a4cが提案しているような興収からのトップオフ等、恒常的な財源確保とフランスのCNCや韓国のKOFICのような、より包括的な支援を行える組織設計 を強く求めます。その方策がないと、将来的な目的として掲げているスタッフセンターでの人材育成などの未来像は実現が難しいと言わざるを得ません。
初年度の審査は20作品程度の見込みという説明がありましたが、これは現在日本で制作されている映画の5%にも満たない本数です。3年後、5年後にこの「適正化」の動きを映画業界全体にどう拡大し、それに伴って必要とされるスタッフや財源をどう考えているのか。現段階でのロードマップを示していただかないと、掲げられているヴィジョンがたとえ正しくとも、なかなか賛同しにくい提案に思えます。

○ 設立までのプロセスについて

② 4月1日スタートと銘打ってきたにもかかわらず、この情報が事前に制作現場および映職連に所属しない多くのスタッフ・俳優に周知・共有されておらず、ボトムアップで議論がされることなく運用されることに対しては甚だ 疑問 が残りますし、混乱が予想されます。今後この適正化の取り組みについて 映画界全体に速やかに共有して問題点をあぶり出し、3年を待たずに随時更新していくことが必須だと考えます。

③ a4cは、昨年10月以降はこの「映適」へ向けた議論に実質的には傍聴が認められませんでした(参加資格の無い団体ということで許可が出なかった)。決定のプロセスがより開かれたものにならなかったことについては甚だ 遺憾 です。
「映適」の問題点・改善点について、改めて意見交換の場を求めたいと思います。

○ 適正化(労働環境)

④ 適正化によって撮影日数や制作費が当初の目標よりオーバーした場合の完成保証の責任を、制作サイドではなく、出資サイド(製作委員会)が担うことを言明していることは評価 します。
ただし、記者会見で、適正化実施後も予算や撮影日数はこれまでと大きな変化はなく、「現場の努力で乗り越えられる」といった旨の発言がありました。本来であれば実証実験のデータに基づいた分析がなされた後で「適正化」はスタートされるべきです。4月1日スタートという期日だけが一人歩きしてしまったのが残念です。
そもそも「現場の労働が過酷で若いスタッフが定着しづらい」というヒアリングに基づく危機感のもとに適正化を進めたはずなのに、予算も撮影日数も増えず、「適正化」へ向けた努力が現場だけに押し付けられることになるのではないかと 危惧 します。これでは適正化に伴って本来であれば解決しなければいけないはずの製作費の上昇や、制度設計に伴う財源問題から目を逸らそうとしているように受け取られても仕方ないでしょう。
「適正化」の実施後もこの新しいルールがどのように制作現場に影響したのかをきちんと検証するべく、実証実験とヒアリングは継続して行うべきであると思います。

⑤ 労働時間について「週の上限は求めないのか?」という問いに対し、「このルールで世界的に見ても遜色ない」という発言がありましたが、「撮影(準備・撤収 含め)13時間 / 2週間に1度完全休養日」というルールは、世界基準(1週間の最大労働時間:フランス40時間、韓国52時間)と比べると未だに過酷であることを認識して下さい。
1日13時間労働(上限)です。休みは2週間に1度です。確かにこれなら、現在の予算や撮影日数は増やさなくても済む現場も多いかもしれません。しかし、この労働条件で本当に胸を張って「適正化」に取り組んだので安心して職業として映画制作を選んでくださいと若い世代に言えるでしょうか?
また、労働時間が13時間を超えない場合のインターバルについては触れられていませんが、同時に設定の議論がなされるべきでしょう。
action4cinemaは映画の多様性の担保のためにはまず制作現場で働く女性の増加と定着は不可欠だと考えていますが、これでは出産した女性が仕事に復帰できないという状況は全く改善されないでしょう。
「撮影(準備・撤収含め)10時間 / 完全週休2日」を5年後の目標に掲げるような明るい未来像を是非提示してください。
 
⑥ 現場の労働時間が適正に守られたかをチェックする担当者が制作チームの中から選ばれるという仕組みは 疑問 です。制作サイドの作業負担のみが増大するうえ、内部からの報告ではごまかしや改ざんが予想されるので、ガイドライン厳守を目指すならば本来は第三者によってチェックされるべきです。第一段階として内部チェックでスタートするとしても、スタッフが違反を直接連絡できる通報窓口を明らかにし、なおかつ現状の規定のようにクランクアップ後やポストプロダクション終了後などの事後的な報告(書類提出)ではなく、プロジェクトの進行中に報告義務を課さなければ、その作品の環境改善はされ得ないだろうと 懸念 しています。また、時間をオーバーした場合の罰則を設けるか、超過分の賃金をきちんとスタッフに払うかしないと、ルールは徹底されないのではないでしょうか。そして、違反があった場合に「映適」としてどのような対応をするのか、ガイドラインに記載するべきだと考えます。
記者会見での発言からは、罰則の導入は映画作りに馴染まない、という人間の善性を信じる「哲学」を感じましたが、スタッフから通報があった時にすぐにきちんとヒアリングをして調査が入り「勧告」(イエローカード)を出す。それでも変わらないようであれば、一旦制作をストップさせる(レッドカード)くらいの強制力がなければ悪習は変わらないのではないでしょうか。
  加えて、きちんとルールを守った作品に優先的に助成金が支給されるような報酬システムを担当省庁とも協議し、併用することを提案します。
 
⑦ 記者会見でも今回は邦画実写のみのルールと発言がありましたが、興行の6割を占めるアニメーションに関して、この覚書には何一つ言及がないことは、いくらスモールスタートを標榜しているとはいえ、視野が狭すぎるのではないでしょうか。私たちも今まさにアニメーション映画の制作現場における課題についてはヒアリングを始めたばかりではありますが、クリエイター・アニメーター含む人材育成は、実写邦画以上に急務ではないかと考えます。現場のヒアリングからきちんとするべきではないでしょうか?

○ 適正化(ハラスメント)

⑧ ※昨年4月13日の私たちの質問状に対し映連は※「ハラスメント対策は『映適』でやる」と回答を避けてきたという経緯を踏まえると、約1年を経たスタート直前の現時点でも「ハラスメント防止ガイドライン」の実行は制作現場任せですし、スタッフ直通の相談窓口の設置すら未だ「準備中」というのは、映連も「映適」もハラスメント対策にはうしろ向きであると考えざるを得ません。作品から審査料を徴収している以上、本来「映適」はそれに相当するサポートをするべきです。ハラスメント講習や実態調査等は各制作現場に任せずに、「映適」が主導して取り組むべき最重要課題でしょう。

○スタッフセンターについて

⑨ スタッフセンター登録制は基本賛成ですが、運営資金として契約時にスタッフのギャランティから天引き(1%)するのであれば、興行収入からも「映適」の財源として1%を徴収するほうが公平感が増すのではないでしょうか。フリーのスタッフを守るために発足するこの制度が、スタッフの自己負担を強いて運営をスタートするのは看過できません。本来はこのスタッフセンターをこそ、業界全体で人的にも財源的にも支え、育てることで、映画の多様性が担保され、ひいては観客増・興行収入増へつながるはずです。
将来的にはこのスタッフセンターが、教育・人材育成を担い、俳優も登録できるように拡充していくべきだと考えますが、その為にも財源問題解決に向け、議論を合意3者を中心に速やかに行うことを強く求めます。
(※スタッフセンターの登録については、HPに「2023年4月1日より登録受付開始を予定しております」と書かれており現時点では具体的な条件は明記されておりません。上記は3月29日の記者会見での内容を踏まえております。)

○契約書について


⑩ 『第3章 契約書 映画製作者-制作会社との標準契約書(映像制作委託契約書)』など、労働環境の保全に関わる点以外で、出資者側にのみ有利な条項が散見され、緻密な見直しが早急に必要であると考えられます。
(※ 詳細については精査し、別途発表を予定 /「第6条 権利(著作権を含む)処理」「第12条(成功報酬)」など)
 
                                                                                                                         以上