キス ・ ザ ・ ベイビー
夜の海に一人 泳ぎ出ることに比べたら
街に起こるどんな恐怖も危険も
一滴の雨粒のよう
夜の海に一人 泳ぎ出ようとするならば
腰の辺りまで浸ればほら
街の光はもう視界から消え
水辺線は溶け
海と空とが一つの闇となって押し寄せる
その壁の名と匂いは死
波の音は白
気怠い海藻に足をすくわれ
私は闇と一つになる
陸があるのは海と空との気まぐれで
逆もまた然りとはいかないから
この結末には納得感がある
でも ある日食べた卵ご飯の味が忘れられなくて
あの日もたれかかったミモザの匂いに誘われるように
私は浅瀬に回帰する
街の光がほら蜂の巣みたいにキラキラ輝いて
私の臆病を祝福している
夜の海に一人 泳ぎ出ることに比べたら
生きていくことは素晴らしい臆病で
マイク・タイソンの右ストレートだって
まるでほんとにキス・ザ・ベイビー
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