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伝話 『 洞窟に消えた聖剣 』






洞窟の中腹、地の底に降りていく中頃に、遥か昔から一本の聖剣が突き立てられていた。時に人は洞窟に潜り、その中腹に疼く聖剣を抜き、外の世界にある困難や魔物を打ち倒そうと、まだ重く感じられる聖剣を引き摺って洞窟を這い出、自らをそこに追い立てたものを切り裂きに出向いた。そして使命と仕事が終わると洞窟へ帰り、自分が抜いた場所よりほんの少し深い場所へと刺して戻した。幾十の歴史に幾千の英雄譚が語られて、その度に聖剣は抜かれ引き摺られ背負われ使われながら、血を浴びて肉を裂き、一つの悪を終わらせて一つの正義を打ち立てた後、暫くすると英雄と呼ばれるようになった勇者その人によってか、はたまた彼の名も無き使者によってか、やはりそれまでに穿たれた腔の裂傷より少し先、少し後、少し深くに刺して戻されるのだった。こうして、かの聖剣は洞窟の奥底のそのまた遥か地底の向こうへと沈み、そうして誰の手にも届かなくなってから十数世代分の年月が経つと、この世界からは聖剣の存在も、それを振るった英雄の末裔も、その刃が生み出したあらゆる伝説も失われていた。齢百を越える老婆の口からようやく、かつてこの世界には聖剣があり、稀代の英雄による秩序奪還の物語があったのだと、思い出したように寝物語に孫へ語られることもあったが、今ではその孫の曾孫にあたる代までもが死に絶えている。

このようにして、一つの世界から聖剣は失われ、後にはただ無限に続く洞窟と、その外に繰り広げられる荒涼とした、魑魅魍魎の世界だけが残された。かつて一つの時代と世界に魔獣や魔境は一つずつと、秩序はそのように定められていたのだが、聖剣と、これを振るう勇者を失ったこの世界では、断罪されることを忘れられた有罪、落とされるべき首を長くした魔竜、堆積された末に腐敗し混沌と帰した賞味期限切れの秩序、そして、結末と終焉を見失ったその世界そのものが、気怠い溜息をつきながら横たわっていた。

でも本当は、聖剣は失われてしまったと言うよりは、渡るべきでない者の手に落ちていて、今でも洞窟の奥底を彷徨っているのであった。最後の最後に聖剣を手にしたその人は奇しくも勇者ではなく狂人であり、起こったのは物語の終わりでなく狂いであった。狂人は洞窟に巣食う濃密な闇にこそ魅せられて、その奥へ奥へと誘われ、途中で目にした聖剣を手に、行き着いた洞窟の最奥端である行き止まりに、剣を鶴嘴のようにして突き立てた。洞窟の膣壁は悲鳴を上げて剥がれ落ち、長きに渡って包み隠してきたその聖剣により、内側から破られ、突き通された。この先のことを知る者はいるはずもないが、もしや狂人と凶剣は地核へと辿り着き、惑星の熱に融解されて、この世から本当に消えてしまったのかもしれなかった。何にせよ、もう既に聖剣は、一つの時代と人生によっては決して辿り着けない奥底の領域に消え去ってしまった。


ルールルル リンリンリン


そしてともするとこの時代の電話がなった。電話の向こうの取引先の、旧オリンポスの下級神あたりが、聖剣が無くて困っているから見繕ってやってくれないかと、何でも屋の私に懇願してくる。仕方がないやと、私はひとまずトンカチと虫眼鏡を道具箱から取り出して、地図にある種子島あたりのポイントにばつ印をつけ、この時代を変えるほどの豪奢な鉄鉱石を求めて、ドアの外に広がる現世に繰り出した。














ルールルル リンリンリン

カチャリガチャガチャガチャララガチャン

はいこちら旧オリンポス神話軍

現代寓話派出所













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