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物語の種

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短いけど物語になりそうなもの
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#小説

お願いごと

またあの子は来んかった。 今日最後の参拝客の撫でが終わると、赤い目をした撫牛「暁琉」は不服そうに臥せた。 ここ北野天満宮に最近毎日参拝しにくる子どもがいるらしい、と他の撫牛達が噂しているのを耳にしたのは数日前のことだ。 「あの子この前私を撫でに来たわ」 「昨日は私のとこやった」 「あら、私のとこにも来てはったわ」 境内には十数体の撫牛達がいるが、暁琉以外は皆撫でられたことがあるらしい。 (気に入らへん…) 暁琉は「一願成就のお牛さん」という撫牛の中でも別格の存在だ。毎日来るほ

萌芽は何処から

夜と朝が入れ替わるとき、過去と現在が交錯する 2016年冬 京都がまだまどろみの中にいる時間に 私は自転車を走らせていた 耳が痛くなるくらいの寒さと静けさが 寝ぼけ眼の私の五感を尖らせる 眠たげな朱色を放つ仁王門 龍が番をする手水 千年間生きた生き物の匂いがする黒ずんだ舞台 一歩進むたびに軋む音が緊張を煽る 意を決して 深く息を吸い込み目を閉じた まどろむあなたの顔が見える 昨夜遅くまで書いていたのだろうか 筆を手にしたままだ 起こすのは悪いかなと思ったが どうして