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積もる噺

こちらは映像用脚本です。
スクールの課題として書いた作品なので
結末なく終わっていることがあります。
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柱:場所などを表します

地の文
ト書き:人物の動きなどを表します

「」
人物のセリフです
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積もる噺

2022.8.5脱稿

---登場人物------------------
藤川一汰(いった・27)二ツ目の落語家
藤川平太(57)一汰の父
藤川清子(55)一汰の母
柳々亭緞楽(りゅうりゅうていどんらく・63)一汰の師匠
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○藤川家・全景(夜)
外は吹雪である。
ダウンを着た藤川一汰(27)が
玄関先で煙草をふかしている。
風に舞う雪が家の前に積もっていく。
一汰は煙草の火を携帯灰皿でもみ消すと
両手をポケットに入れ家の中へ入る。

○同・リビング(夜)
藤川清子(55)がソファに座り
洗濯物を畳んでいる。
部屋に入ってくる一汰。

一汰「あ~っ、寒いっ」
清子「寒いだなんで、
あんたもすっかり東京の人だな」
一汰「なーに、こっちの人だって
若者はしばれるなんて使わんっしょ」

一汰はダウンを脱ぎ、ソファに座る。

清子「無理に北海道弁に戻さんでいいさ」
一汰「母さんが文句言うから」
清子「なーにが文句さ。
ちょーっと思ったこと言っただけさ」
一汰「はいはい、わかったわかった」
清子「ほれ、また二回言う。
その癖は都会に行っても治らんね」
一汰「うるさいなぁ、もう」

一汰はテレビのリモコンを適当に触る。

一汰「……父さんは?」
清子「もう寝た。朝早いからさ。
あんた、ここに布団敷くでよかったね?」
一汰「え? 俺の部屋で寝るよ」
清子「だめだめ」
一汰「なにが」
清子「あんたの部屋はもう物置き」
一汰「はぁ?」
清子「だって仕方ないべや。
全然帰ってこねぇんだから」
一汰「だからって……」
清子「最初のうちはいつでも使えるように
綺麗にしてたさ。したっけ盆も正月も
帰ってこねぇんだもん」

清子の洗濯物を畳む力が強くなる。

一汰「わかったわかった、
ここでいいここでいい」

清子は畳んだ洗濯物を抱える。

清子「じゃ、おやすみ」
一汰「え?布団は?」
清子「押入れ」
一汰「出してくんないの?」
清子「布団くらい自分で出しな」
一汰「えぇ~?」
清子「じゃ、おやすみ」

部屋を出て行く清子。
のそのそと立ち上がる一汰。
一汰のスマホが鳴る。
画面には「緞楽師匠」の文字。
スマホを取る一汰。

一汰「はい! あ~、ええ、
もう今寝るとこです。すみません、
師匠もお招きできればよかったんですけど……」
緞楽の声「なぁ~に、俺はホテルで
ゆっくりさせてもらってるよ。
明日は飛行機飛ぶかなぁ?」
一汰「そうですねぇ。明日朝一番、
空港に電話してみますんで」
緞楽の声「おお、頼むわぁ。楽汰、
お前もせっかくなんだから親孝行してこいよ」
一汰「あぁ、ええ、はい……」

一汰の視線の先、テレビ前に並んだ家族写真。
一汰の大学入学時の写真で、
一汰の両脇に立つ清子と藤川平太。
三人とも笑顔である。

一汰「ええ。師匠もゆっくり休んでください。
はい、失礼します。はい」

一汰は電話を切ると、溜息をつく。

○同・全景(早朝)
雪が止んでいる。辺りは薄暗い。

○同・リビング(早朝)
床に布団を敷き寝ている一汰。
防寒具の擦れる音と玄関のドアが閉まる音。
一汰は目を覚ます。
外からかすかに雪をかく音がする。

○同・外(早朝)
玄関をそっと開け、外を見る一汰。
藤川平太(57)が車の前に積もった雪を
かいている。
平太が一汰に気付く。

一汰「あ」
平太「おい、見てんだったら手伝えや」

一汰は寝癖の跳ねた頭を掻く。

○同・全景(早朝)
家の前の雪を平太と一汰がかいている。
黙々と雪をかく平太。
一汰は疲れて手を止める。
ちら、と平太を見る一汰。

平太「早よ、かかねえが」

一汰は息をつき、雪かきを再開する。

一汰「そういえばさ、
兄弟子に博多出身の人がいんだけど」

平太は黙々と雪かきをしている。

一汰「これさ、スコップじゃなくて
シャベルって言うんだって」

一汰は手元のスコップを平太に見せる。
平太は手を止め体を起こす。

平太「シャベルはちっこいやつっしょ」
一汰「でしょ?でもあっちは逆に
ちっこいやつをスコップって言うんだってさ」
平太「ふ~ん」
一汰「不思議さね~」

平太は雪かきを再開する。
一汰も平太を見て雪かきを再開する。
一汰は手を動かしながら、

一汰「昔から冬は毎朝これやってたね」
平太「……見てたんなら手伝えや」
一汰「俺まだ学生だったもん。
見たけどすぐ寝た」
平太「親不孝もんだのう」
一汰「そうだな」

一汰は鼻で笑う。
雪かきを続ける一汰。
平太も手を動かし続ける。

平太「……妹の駆け落ちを手伝うために、
外は雪が積もってるって言って、
親を引き止める話を聞いたことがある」
一汰「……え?」

一汰は手を止め平太を見る。
雪かきを続ける平太。

平太「俺も一回だけ見た、お前の落語」

一汰は平太のかく雪を見つめる。

○(回想)寄席小屋・全景
のぼりが並び賑やかである。

○同・中
会場内に入る平太。ほぼ満席である。
平太は隅に隙間を見つけ、そこに座る。
目の前に柱があり高座が見えにくい。
高座に座っていた前座の落語家が
頭を下げると会場内が拍手に包まれる。
平太は周りに合わせて拍手する。
軽快な出囃子と共に落語家が立ち上がり
座布団を引っ繰り返す。
名前がかかっためくりをめくる。
めくりには「柳々亭楽汰」の文字。
落語家が袖に消えると
一汰が入れ替わり出てくる。
平太は柱を避けて一汰を見る。
迷惑そうな平太の周りの客。
一汰が座り礼をしたあと顔を上げる。
出囃子の音が止む。
平太は思わず柱に身を隠す。
迷惑そうな平太の周りの客。

一汰「えー、続いて出て参りましたのは、
柳々亭楽汰でございます。
どうぞご一席のお付き合いを願います」

平太はそろりと柱から顔を覗かせる。
一汰は落ち着いた様子で話し続ける。

一汰「なんだか最近東京も急に
冷えて来ましたけれども。
実はワタクシ、北海道の出身でございまして。
あちらはもう初雪が~なんて話も
耳にしましたけれどね。
もうこれからの季節が大変ですよ、
そこら中、雪なのか羽毛布団なのか
わからなくなりますから」

客席に笑いが起こる。
平太は真顔で一汰を見ている。

○同・受付
半被を着て受付に立つアルバイト学生。
隣に立つ半被を着たおばさん。
受付まで客席の笑い声が聞こえる。

学生「盛り上がってますね」

おばさんは腕時計に目をやる。

おばさん「楽汰くんだね」
学生「緞楽師匠のお弟子さんの?」
おばさん「そうそう。
見たことないなら一回見といた方がいいわよ」

学生はにっこり笑う。

○同・中
学生が入口のドアからそっと顔を覗かせる。
高座には一汰の姿。

一汰「(下手に)なんだい、
何も積もっちゃいないじゃないか。
さてはお前、親父に向かって
嘘つきやがったな?
(上手に)いやいや、違うんだ。
確かに積もってたんだ!
(下手に)まだ言うか、こん畜生。
これ見て何が積もってるって言うんだ?
(上手に)おとっつぁん、違うんだ、
俺は、俺は……」

一汰は小さく息を吸うと正面を見やり、

一汰「積もる噺があったんだ」

頭を下げる一汰。
会場に拍手が巻き起こる。
平太も呆然と拍手をしている。

(了)

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