象牙の矢尻

足皮すすむ・2024年



この世の中にはさまざまな人間がおり、そのひとりひとりが独自のストーリーを持った人生を歩んでいる。そしてそのストーリーをスリリングに、そしてドラマチックに彩るのは、主人公である各々の"感情"である事は間違いない。
嬉しい、楽しい、悔しい、悲しい、悲しくはない、やや辛い、甘い、エモい、キモい、キショいーーー。
そういった数多の感情の一つに"怖い"がある。これはしばしば「恐怖症」となって当人の脳裏に強くこびりつく。
こびりついた恐怖症は、それに因んだものに接触するだけで思考が停止し、冷や汗が吹き出し、酷い場合は体が動かなくなったり、嘔吐したり、下痢したり、踊る暇があったら発明したり、綿棒の綿を集めて布団にする事すらあるという。
私はこの恐怖症における恐怖因子の正体とその克服プロセス、そしていったい綿棒が何本あれば冬を越せるか研究することにした。(ダニやハウスダストには充分気をつけてくれ)
研究にあたり、3つの異なる恐怖症を持つ3人の人物と実際に会って話を伺った。
これはその研究内容を事細かく記したものか?


一、大河内信道の場合
遡ること時は2005年の夏。いよいよ猛暑が本格的になってきたその日をもう先週だったと言える頃。私は都心の大通り沿いにあるカフェ『ゴサポッサ』にいた。ある人物と待ち合わせをしているのだ。
涼しい店内の窓際の席で外を眺めながらラテを嗜んでいると、声をかけられた。
「おーい、足皮さん!」
それは、聞き覚えのある懐かしい声だった。
「足皮さん、お待たせしちゃってすみません。」
「お気になさらず。私も今来たところです。」
「ご注文のソーセージサンドでございます。ごゆっくりどうぞ。」
店員が、私の注文したソーセージサンドを持ってきてくれただけだった。私の店内の窯で焼いたパンに、極太ソセジが大胆にも挟まれている逸品だ。
しかし待ち合わせている人物・大河内信道氏はいつになったら来るのだろう。もう待ち合わせ時間を20分も過ぎているのに未だに連絡の一つもない。私はソーセージサンドを食べながらもう少し待つことにした。遅刻の連絡がないという事は、地下鉄が遅れているのかもしれない。
しかし待てど暮らせど大河内氏は現れない。こちらは昼飯を抜いてきたので腹が減っているというのに…。
そのためのソーセージサンドでもあった。安価で食べられ、すぐ食べ終わることができる。腹持ちはそこまで良くないが、一時凌ぎにはちょうどいいのだ。
私は空腹時に食べたそのソーセージサンドの味に感動し、もう一つ注文した。そしてそれを食べ終えるともう一つ、また一つと次々とおかわりをした。
それを小一時間ほど続けていると、たまたま近くの席に座っていた有名記者のセンポコるりみちが「これはスクープだ…」と言いながら写真を撮った。
ーーなんでもこのセンポコるりみち氏、その業界ではかなりの"やり手"らしく、彼の書く記事はこれまでに何度もバズったという経緯を持っている。
そんなセンポコが、私がソーセージサンドを食べまくっている姿を盗撮し、その日のうちに記事を書き上げた。
そして翌週。発刊されたシニアファッション雑誌『がんもどき天下り』の最近号にそれは載っていた。

『果たしてお味は!?不気味な作家が黙々と食べているソーセージサンドをおいしいのか?!果たしておいしいのか!??!いやそれとも…いやそんなはずはないのか!?いやだが万が一にも…』

この見出しが世間に大ウケし、ゴサポッサでソーセージサンドを注文するのがブームとなった。
さらに拍車をかけたのは、インフルエンサーのYOSHITERU氏のY(旧Tvitter)にそれが掲載された事だ。

『おいしくはないが、このゴサポッサでソーセージサンドをいくつも食べるのは通だぞ!そういう世の中にしようよ!所詮地獄だよこんな世の中!死ぬくらいなら是非😉』

やがてゴサポッサでは数多くのソーセージサンドが注文され、それは段々と品薄になっていった。
それが何を意味するか。そう、物資を取り合う戦争である。
来店し注文した客は先に来て既にソーセージサンドを食べている客からそれを奪おうとする。しかし先客も黙ってはいない。パンをギュッと絞ってソーセージを発射し、後客を撃退する。
しかしそういった憎しみがさらに憎しみを呼び、後客のテーブルに運ばれてきた自らのソーセージサンドをも復讐の為に射出され、それは先客の眉間を貫き脳みそと共に壁に飛び散る。
つまりゴサポッサの店内で今バズっているソーセージサンドを食べるのは自分だと主張する者達が互いに戦い合っているのだ。
これは非常に大きな戦いとなっていった。ゴサポッサ店内だけでなく、外で食べ歩きをしている若いカップルや近隣のオフィスビルに勤めているサラリーマン、毎日多くの人が利用する駅や大型商業施設なんかも巻き込んで非常に大きな戦いとなった。
テレビでは毎日のように死者の数が公表され、人々は、明日は我が身とばかりに怯えて暮らしている為外に出られなくなり、その結果買い物や旅行などにお金がまったく落とされず、その方面の企業は資金繰りに疲弊していた。いつ倒産してもおかしくない企業しか残っていなかった。そればかりか毎日出る死者のせいで人手も足りず、たとえ万が一にも資金が潤沢にあろうとも会社は火の車だ。
そして企業だけでなく社会全体が、人が、疲弊していった。

ーーそんな大戦争がはじまってから、実に2年後後の事ーー

カフェゴサポッサはチンモコリ軍曹という腕っぷしのいい軍人が牛耳っていた。武装して、一触即発といったところだ。
街は何処もかしこも血と死体の山、物音ひとつしない。そして生き残った連中も息を潜めながら生気のない目をして、敵を視認し次第即射殺する準備ができている。
そんな状況の中、大通りに設けられた小高い土嚢の上に1人の男が立ち上がった。沼尾義お(ヌマオヨシオ)だ。
それを見たチンモコリ軍曹は彼にソーセージサンドを向けながらこう言い放った。
「おい、そこのお前。そこから降りろ。さもないと撃つ…。」
「そうか…お前はおれを撃ち殺すつもりか…」
「黙れ。3つ数えるうちにそこから降りろ。でないとコロス。3!」
「まあ聞けや小僧。おもしれぇ話をしてやろう。ズィグヮの民の話を知ってるか?」
「2!」
「ズィグヮの民はな…おれもよく知らねえんだ。」
「1!後がないぞさあどうする!!」
「だって今おれが作った民族だからなァ!!!」
「ウルセィシネェィ!!!!」
パァン!という銃声の後、なんと倒れたのはチンモコリ軍曹だった。
「ぐっっっぽぁ…………」
義おは左足裏をチンモコリ軍曹に向けていた。彼の必殺技・魚目狙撃だ。つまり彼の足裏からウオノメが発射され、チンモコリ軍曹のこめかみを貫いたのだ。
義おは足の裏からいで立つ煙にフッと息を吹きかけ、ついでにくすぐったさに鳥肌が立っちまってクネクネしちまった。
「ガキンチョがおれにソーセージサンドを向けるなんざァ100年早ェんだよ。」
これがのちに男の憧れのシンボルことハードボイルド・ウオノメスナイパー沼尾義お、爆誕の瞬間である。
「ハードボイルドだぜぇい」


二、沼尾義おの場合
ここは毛々医院の精神科。ある男が目を腫らして泣いていた。
「ドチクショォ…コンニャロメェ…アホンダラァ…」
皆が良く知るハードボイルドナンチャラ・沼尾義おである。
それを近くで見ていた彼の主治医が宥める。
「沼尾さん、落ち着いてください。そんなに泣いてもデブ汁は食べられませんよ。」
「オレはよぉ!デブ汁が食べたくてこの毛々医院にかかったってのに、材料が切れてるダァ?!ふざけrrrるんじゃネェイ!!!」
「いいですか沼尾さん、ここはそもそも病院です。食事をしにくるところではありません。オリジナル病院食のデブ汁が絶品なのは大変嬉しい事ですが、それは患者様の為の物です。わかりましたか?私の胸ぐらと左太もも裏から手を離してください。」
「ルッセェイ!オレは何が何でもデブ汁を食う!食って食って食いまくる!今すぐ出さねえなら…コロス。オレがあのデブ汁で何回舌鼓をかましたと思ってるんデェイ?!」
「ハァ…沼尾さん、お気持ちはよくわかります。けど材料は限られているんです。決められた予算内で食材を買っているんです。デブ汁ファンであるあなたの食欲を満たすためではないんですよ。」
「ならよお…オレがそのデブ汁の材料を手に入れてくるってのはどうだ?そいつをこの病院のシェフに渡せば作ってくれるだろ?なあ?」
「…はぁ。わかりました。わかりましたよ沼尾さん。あなたがそれで満足してくれるなら、食事担当に伝えておきます。ただし、こちらの時間を使って調理する事は忘れないでください。いいですね。
「ああ、わかった。それじゃあ材料を教えてくれ。」
主治医はメモ紙に材料をリストアップし、沼尾に渡した。沼尾はそれをクシャっとブン取ると、そそくさと毛々医院を後にした。

「なになに、まずは…豚肉か。ケッこんなの簡単さ。スー…なんとかに行けばいい…スーええと、スーなんとか…」
義おは近くのスーパーに立ち寄った。そしてそのスーパー「ヘブンズドア」の生鮮食品を扱いしコーナーに行くと、豚肉を手に取りレジへ向かった。しかしーー。
「いらっしゃいませ。てめぇ、当店のポイントカードを持っているんだろうなァ?」
「藪から棒になんだお前は…」
「フハハハ愚か者め、ポイントカードさ。うちは500円ごとに1ポイント貯まり、100ポイントで商品券を贈呈しております。無料で作れますが、今日のお買い物からポイントを貯めてみませんか?」
「実に面白い。作ってくれ。」
「かかったな馬鹿め!このカードを作るとそのお得感の為にスーパー・ヘブンズドアにたくさん訪れる。するとどうだ?こちらの売上げが爆上がりさ!フハハハ!!ヨードチンキめ!!!」
「商売繁盛おめでと」
そうして義おはヘブンズドアのポイントカードと豚肉を手に入れた。

メモで次の材料を見ると「とっつぁん」と書いてある。
「とっつぁん」つまりこれは親父さんという意味だ。だがしかしなんの?誰の?キミの?オデの?
悩んだ挙句義おは、常夏のビーチに訪れた。
日に焼けた肌、細くもガッチリとした筋肉質な体、短く揃えた髪を立ち上げ、夏空のような青いサングラスをし、他には何も身につけていない…。
そんな甲斐あって義おは警官である原澤ワイファイじゅんぺぇに逮捕された。

ここは取調室。
「貴方は今なぜここにいるか、分かるね?」
「ああ、分かるさ。」
「言ってごらん。」
「ぐぬっぷ………」
「貴方は常夏のビーチにいた。そして何を思ったか何も身につけず…あ、まだ話してる途中なのにタップダンスを踊り出すのはよしてください。だからといってその割り箸を短く折ったものを下顎と鼻の穴にセッティングしたアホヅラで和風な踊りを踊るのもダメ。いやいやだからといって鞄の中から惣菜パックや小ぶりな日用雑貨を次々と出し、別件の自白を始めるのもよしてください!」
「じゃあオレにどうしろっつーんだいおとっつぁん……あ!!!」
義おは気付いた。今目の前にいるこの男原澤ワイファイじゅんぺぇこそまさにおとっつぁん。つまり次のデブ汁の材料なのだ。
義おは惣菜パックと小ぶりな日用雑貨と共に原澤ワイファイじゅんぺぇを鞄に詰め込み、何らかの方法で取調室からの脱獄に成功し、ついでにトイレも済ませた!!!

「さて次は…」
メモを見ると『ポリープオイル』と書いてある。
これはオリーブオイルの事ではないのだろうか?しかしメモにはしっかりと、ポリープオイルと書かれている。これは一体どういう事なのだろうか…。
眉間にターコイズ色の皺を寄せながら考えていると、ふとある情景が頭に浮かび上がった。
それはかつて自分が育った村、つまりは遠く離れた地元の景色だ。その景色に心奪われ久しぶりに帰省したくなった義おは、なんと徒歩で500km先にある彼の出身地「ロヴュヲヴピオュリ・チ村」を目指した。
「電車賃がもったいねえ。」
これこそが彼の根性の凄さである。
数日後。彼の元気いっぱい競歩のスピードと消費エネルギーは凄まじく、ロヴュヲヴピオュリ・チ村に到着する頃にはもう、義おのふくらはぎは限界をとっくに超えていた。
普通筋肉を使いすぎると痙攣を起こす。いわゆる「つる」ってやつだ。しかし義おの場合はその状態をも超え、もう何が何だかわからないふくらはぎとなっていた。
そんな中彼は持ち前のド根性のみでなんとか歩みを進め、ようやくロヴュヲヴピオュリ・チ村にたどり着いたのだ。
村に着くとまずスパに立ち寄った。もう脚が限界です。
義おはうつ伏せに寝るとトコトンもみほぐしてもらった。この4日半歩き続けて溜まりに溜まった乳酸を爆逃ししなければならないとの一心で施術に挑んだ。
揉まれていると、その不思議なふくらはぎから何やら見た事もない分泌液が出てきた。
皮脂だ。だがただの皮脂ではない。人類が未だかつて到達した事のない、分泌した事のない新感覚体液を、義おは世界で初めて分泌したのだ。
整体師兼ロヴュヲヴピオュリ・チ村の村長ヴォピルルィ・ケツ氏はこう仰った。
「とりまこれをポリープオイルと名付けよう。」
手に入りました。

メモを見ると「これだけ」と書いてあった。
義おは再びダンロッペの5本指スニーカーを履き、頭狂にある毛々医院を目指した。



「これだけあれば、美味しいデブ汁が作れるかと思います。」
「やったーーー!!」
「シェフに伝えてきます。お待ちください。」
そして敏腕シェフのポールチールもむみち氏が腕をふるってデブ汁をこさえた。
「うむ、やはり美味い。しかしまだ美味くなりそうだ………。麺…麺を入れてみよう!シェフ、箸もくれ!ギブミーチョップスティックス!」

…こうしてその最高の旨味を含んだスープに麺を入れたものが代々受け継がれ、こんにちギブミーチョップスティックスのラーメンとして私たちの前に運ばれるのである。

三、レッチョムまさこの場合
ここは名門ギョウ虫女子大のキャンパス。教鞭を取るのはカリスマ教師のゴッチーしげじ氏だ。
「…であるからして、このもみあげはつまりはラザニアを、そして泪で頬濡らしちまったというわけです。さてその場合購入した品物におけるキュビズムを表す時、毛布1枚の毛は何本だと言えるでしょうか?」
その難解な問いに、講義室中がざわめく。しかし
「はい先生。」
スラリと手を挙げたのは、レッチョムまさこ氏だ。
レッチョムはギョウ虫女子大はじまって以来もっとも天才すぎる生徒と言われており、頭の回転が早ければ足も早い。ちょっと不細工な事以外完璧な美女なのだ。
「レッチョム君、答えなさい。」
「はい。ニキビ、レメディ、かばお、一番出汁です。」
「うむ、正解だ。さすがレッチョム君だ。」

そんなレッチョムもやがて卒業し、政治の世界へと入ることになった。
「政治やってみっか。」
結構な頻度でヘマをするが、政権スピーチの時だけはやたら威勢がよく、コイツならなんかやってくへそうだ感を演出する事においては天才的な才能を発揮する。
がしかし、それが実現した事は未だかつてない。そればかりか税金を横領して豪遊の毎日を送っている。最近では国民の血税のみを使ってタヒチに巨大な別荘"国民の汗水荘"を建てたらしい。
(そういった『上辺だけは一丁前だが蓋を開ければウンコ同然』という一連の行動を"レチョミング"と呼ぶのは皆様もよくご存知だろう。レッチョムまさこ氏こそがそのルーツなのだ。)
レッチョムは今もがんばっている。おわりだ。

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