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雑感・シャーロックホームズ 悪魔の娘

マルチエンディングというゲームのスタイルは、決して珍しいものではない。古今様々なゲームに採用され、多くのゲーマーの達成欲を満たし、ゲームの寿命を伸ばしてきた。
 そのほとんどは、いわゆる真のエンディングと言われるものが存在し、バッドエンドや他の解釈などが枝別れして存在するスタイルだった。
 本作も、言うなればマルチエンディングに分類できるかもしれない。だが従来のそれと決定的に違う点がある。真のエンディングが存在しないのだ。

 イギリスはロンドン、ベイカーストリート221B。このアパートの二階には、世界屈指の知識と洞察力、そして偏屈さを備えた男が住んでいる。
 今日もこの部屋の扉をノックする人がいる。ある者は探し物を、またある者は悩みを彼に持ちかける。
 ひとの面倒に巻き込まれるなど言語道断、と思いきや、それらは彼の主食とも言うべきもの。彼は喜んで訪問者を迎え入れる。
 彼の名はシャーロック・ホームズ。遍く「名探偵」と呼ばれる存在である。

 本作は行動を主体にしたアドベンチャーゲームである。プレイヤーはホームズとなり、依頼人からもたらされる謎に挑む。
 とはいえ、二昔前のアドベンチャーゲームによくあった、一様にステージ上のオブジェクトを調べまわって、立ったフラグを潰して行くような総当たり的攻略は、まず通用しない。
 本作は大きく分けて三つのパートで構成される。手がかりを集める捜査と観察。現場へ潜り込んだり、降りかかる困難を乗り越えるアクション。そして得た手がかりを組み立てて真相を突き止める推理だ。
(アクション要素あるのかよーと思って本作に幻滅しかけている方がいたら、どうか最後まで読み進めてほしい)

 捜査は、依頼人に会った瞬間から始まっている。人物を注意深く観察し、そのプロフィールを推理するのだ。
 クローズアップされる人物のパーツとその周囲から、ここぞというところにカーソルを合わせると、その部位から読み取れる情報が浮かび上がってくる。例えば爪の先が黄色い人は喫煙者である可能性が高かったり、衣服についた刺繍から、所属するグループも見えてくる。
 それらを一通り観察し、正しい推理をつなぎ合わせると、その人物のプロフィールが見えるというわけだ。
 もちろん、事件現場や関連箇所の操作も重要だ。ここで役立つのがホームズの特殊技能のひとつ『集中』である。
 捜査中R1ボタンを押すことで、通常目につきにくい手がかりや異変が浮かび上がってくる。これを駆使し、隠された手がかりをかき集めるのだ。
 時にホームズは、道なき道を進まなくてはならぬ時もある。パズルのようなギミックを駆使したり、降りかかるアクシデントを回避したりせねばならない。
 ここでアドベンチャーゲームフリークは、もしかしたら幻滅するかもしれない。自分たちがやりたいのは推理であって、ちょこまかしたアクションや小賢しいアクティブコマンド入力ではないのだ、と。
 しかし案ずるなかれ、これらはいわばゲームを深める要素で、推理には深く関わってこない。そしてここが大胆な仕様だと感心したのだが、アクションパートのほとんどが省略してしまえるのだ。つまり、苦手だなと感じた部分は思い切って飛ばして次へ進むことができ、捜査に集中できるというわけだ。見事。
 捜査の中には関係者への聞き込みも含まれるが、これをやる前に現場捜査を終わらせておくことを勧める。例えば証言者が隠し事をしていた場合、それを暴く手がかりがこの前段階で見つかることもあるからだ。反証は一度間違えるとやり直せないので、注意が必要だ。
 こうした集まった手がかりは、続々とホームズの脳内に蓄積されて行く。ここからがお待ちかねの推理パートの出番である。
 ゲーム中△ボタンを押すことで、ホームズは推理モードに入る。推理モードは、まず集まった手がかりを組み合わせ、最適解を導き出す推理段階と、導き出された解を組み合わせて真実を推定する探求段階に分かれる。
 このシステムが曲者である。手がかりから導き出される推理は、まず間違うことはない。だがそこから推定される事実は、考え一つで大きく左右される。

 長くなるが、本作の肝とも言える部分なので説明させて頂きたい。例えばこんな事件があったとしよう。
 ある少年が『父から譲り受けた』クラリネットが『ある日突然』音を出さなくなった。少年は『とても大事にしていた』にもかかわらず『1オクターブ中7音』が出なくなっている。
 探偵の頭の中に、上記の『』で括った部分が手がかりとして列挙されるのが推理段階である。
 これらの手がかりから最適解を導き出す。『父から譲り受けた』『とても大事にしていた』という手がかりから、父子間の揺るぎない愛情が伺え[故意による破壊の可能性はない]という推理が導き出せる。こうして見つけた[]の項目が、次の探求段階のピースとなる。
『ある日突然』『1オクターブ中7音』もの音階が出なくなっていることから[経年劣化の可能性はない]といえる。
ても大事にしていた』という手がかりから、父子間の揺るぎない愛情が伺え[故意による破壊の可能性はない][経年劣化の可能性はない]という二つのピースが、探偵の脳内で結合すれば、さらなるピースが生まれる。だがしかしここが曲者である。
 この2点から考えられる、クラリネットが壊れた原因は二つある。ひとつは【不慮の外的要因による損壊】そして【壊れる可能性があったまま譲った】の二つだ。どちらも今までの推理や手がかりと矛盾しない。
 原因が前者であれば、クラリネットを壊したのは息子であり、後者であれば父が原因を作ったことになる。さて、あなたはどちらを真実と見るだろう?
 そう、本作は正に真犯人を決定するこの部分の選択を、プレイヤーに丸ごと委ねてしまっているのだ。さらに言えば、いずれかの犯人を選んだ上で、その人物を有罪とするか無罪とするかまで決められてしまう。
 クラリネット事件に戻って例えれば、息子が犯人であったと決定した上で、クラリネットを丁重に扱わなかったとして有罪とするか、不慮の事故なら仕方ないと無罪にするかを、あなたが決めることになる。
 当然迎えるエンディングは全く違うものになり、それが本当に正しかったかどうかは明言されないまま物語は進行するのだ。
 それが証拠に、開発会社は本作のネット配信を、最終章以外は制限していない。ネタバレは存在しない。各々のプレイヤーが導き出した答えが、すべて正解であるとしているのだ。見事。

 精緻なグラフィックと幅広いゲーム性。そして最後の判断をプレイヤーの倫理に委ねてしまう大胆な設計。ホームズの思案を追体験するかのような丁寧なアドベンチャーゲームだ。
 聞けばシリーズ8作目だという。是非過去作もローカライズしてほしいと願いつつ稿を閉じる。


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