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拝啓 小島秀夫殿

 映画にCGというものが使われるようになった頃、名作シリーズ『バットマン』の新作映画に使用するCGの会社を決めるコンペが行われ、若いCGスタジオが名乗りを上げた。
 お題として指定されたのは、バットマンがビルの屋上から飛び降り、裏路地にふわりと着地するというシーンを、ワンカットで表現せよというもの。
 この難題に若いスタッフたちは、当時最新のモーションキャプチャーを駆使してマントのはためきを取り込むなど、寝食忘れて打ち込んだ。
 後日、クライアントの前で完成した映像を発表する。マントをたなびかせて飛び降りるバットマンを、カメラが縦横に狙う。アスファルトの上にふわりと降り立ち、なにごともなかったかのようにフレームの外へと歩いてはける。完璧な完成度にクライアントから喝采が……と思いきや、思わぬ一喝が飛んできた。
「なぜ歩かせた⁉︎そんなことまでCGでやってしまっては、役者がいらなくなるじゃないか!」
 アイバン・サザランドの予言「CGはスーパーリアルとスーパーファンタジーに二極化する」を地で行く話だと思った。ビルの上から無傷で降り立つというファンタジーと、ただ歩いていくというだけのリアルを、見事に両立させてしまった時、リアルそのものである役者の立場を危惧したクライアントの声は、時代遅れと笑えるだろうか。

 TVゲームがタイルのようなドットしか描けず、ブザーのような音しか出せなかった時代。それを逆手に取って『静謐なアクションゲーム』という唯一のジャンルを生み出し、やがてハードウェアの進化とシンクロするように、ゲームに重厚な物語と深遠なテーマを持たせた男がいる。
 彼と不可分と言われたゲーム……否、ある傭兵との離別を果たして以降、葛藤と迷いの夜中でも、彼はゲームを作り続けた。
 そしてある日、それまでの作品を凌駕するゲームのデモを引っさげて、我々の前に帰還する。海のような観客から沸き起こる喝采の中、彼は呟いた。

 ーー何もかも失ったかと思ったが、何も失っていなかった。

 メインキャストは実在のハリウッドスターと、彼の盟友というべき映画監督。精巧なキャプチャーと最高の演技で、そこに存在するかのように動くキャラたち。見たこともない世界を背景に、もはや歩くどころかバイクで駆け回るようになったそれを見ていると、彼はスーパーリアルとスーパーファンタジーの境目に、巨大な何かを作ろうとしているのだと実感する。

 彼の名は小島秀夫。彼の新たな戦友の名はサム。

 監督、あなたが何もかも失うはずがない。
 あなたは、何もかも創り出せるのだから。


敬具

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