縁の下の時計持ち

 幇間という職業がある。いわゆるお座敷の宴席で、主人や客の機嫌をとったり、芸妓を助けて場を盛り上げる男である。
 客が厠(トイレ)に立つと、案内がてらついて行き、用を足す間もあれやこれや話しかけたという。ずいぶん不躾な、と思うかもしれないが、これは用を足す間、家庭や仕事を思い出して興醒めしないようにするための技だそう。
 なるほど、どんなに楽しい席であっても、一瞬落ち着く時間というものがる。そこでどれだけテンションを維持させるか。幇間の腕の見せどころだろう。

 面白い話を聞いた。あるスマホゲームアプリの開発中、画面に時計が表示されないのが不便であると、社長が開発に表示させるよう指示をした。
 すると担当プロデューサーが「ここは表示させないままでいかせて欲しい。時間を忘れて楽しんで欲しいんです。現実に戻る要素を入れたくない」と、これを跳ね返したという。
 確かに、心血注いで作ったゲームなれば、どうか遊んでいる間だけはそれだけに集中していて欲しいと願うものだろう。しかし同時に、寸暇に遊べるものとしてある以上、万が一を考えて時計くらいは出しておかねばなるまいという、社長の配慮も正しい。悩ましいところだろう。

 と思って、手元のスマホのゲームをいくつか立ち上げてみると、どれも時計表示はされていない。スマホの機能としていつでも時計を表示させることはできるものの、アプリそのものが表示するものはなかった。
 だからどうこうというつもりは毛頭ない。先出の社長もそう言われて考えたのは、時計を出す出さないよりも、それがゲームを面白くする要素になるのか。ということだろう。
 さしもの幇間も、客の時計に目隠しをする無粋は犯すまい。時計を忘れさせるのは、時計以外のことで工夫してこそではなかろうか。

 と、偉そうなことを言いつつ、ゲームに夢中になって電車を乗り過ごしたことがある身としては、むしろ時計は目立たせておいてくれていいなと思わぬでもなく、これまた悩ましいのであった。

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