「傾向」という名の面白味

妻の知人が2人、自宅に来ている。その2人とは何度か顔を合わせた事があるので2人が来たタイミングで軽く挨拶を交わした。しかし、生来の傾向、というべきか、「アナタは不要」という空気をバシバシ感じてしまった私は、退屈な授業が終わった直後に、友人の元へ駆け寄る小学生のような心持ちで、階段を駆け上がり、自分の部屋に籠り、今これを書いている。

エアコンを極力付けない事を、家訓としているわけではないが、そのような雰囲気がある家庭なので、現在自宅の全ての窓を開け放っている。勘のいい読者なら、察しがついていることだろうが、今私がカリカリせっせっと書いている作業机から階下の3人の笑い声、話し声が聞こえてくる。詳しい内容までは定かではないが、どうやら、ぬいぐるみの話をしているようだ。

空が快晴という事もあり、午前中、妻は3体のぬいぐるみを浴槽で洗い出した。サメ、ティラノサウルス、サイ。「犬を洗っているようで楽しい」はしゃぐ妻のひまわり的な黄色い表情に、思うところのあった私は口を塞いだ。妻の楽しそうな顔を久しぶりに見た。

そりゃいつかは乾くだろうが、今日中に乾くとは思えなかった。私は午前の作業を終えると、決まって昼寝をする。基本的にはティラノサウルスを枕にする。サメでもサイでも問題はないのだけれど、ティラノサウルスがサイズ的にも綿の詰まり具合的にも丁度よく、頭にフィットして、午後の作業も幾分調子がいい(おそらく、これは思い込みでだろうと自分でも思うが、そうなのだから仕方がない)。今日の昼寝をどう乗り切ろうか。そんな事を考えている私を尻目に、妻はオシャレ着洗い用の洗剤を、揚げ物に使う油のようにドバドバと、パンパンにお湯の張った浴槽に注ぎ込んでいる。妻はそれを3度繰り返した。呆れた私は1度自屋に戻って、軽い作業をこなした。

作業を終え、麦茶を一杯飲んでいると浴室から妻の声が聞こえる。「気持ち良いのか、よかったね~」「キレイになりましたね~」これまで聞いたことがないような母性100万倍の妻の声音に私は驚いた。急いで浴槽へ向かうと、窓の方を指さし、「この子達天日干ししようと思うから、その窓から受け取ってくれない?」と言われた。「分かった」私はそれ以外の言葉を言わせてくれないであろう妻の鬼教官的な視線に黙って頷くしかなかった。

「ぬいぐるみって意外と汚いもんね」知人の声が階下から聞こえた。「そうですよ、水が真っ黄色になりましたよ」と妻。「随分思い切ったね、でもそういう思いきりって大事だと思うな」と知人B。「ですよね、大事ですよね。なのにうちの旦那、洗っている私を汚い物でも見るような目で見てきたんですよ、ろくに手伝いもしてくれないし」妻の発言に私は耳を疑った。協力的な体制じゃなかった事は認めるが、汚い物でも見るような目で見た覚えはなかった。「それはひどいね」「そういうとこから家庭に亀裂が走ってくるから気を付けた方がいいよ」悪意のない他愛のない会話。耳を塞ぐ代わりに窓を閉めた。本当は窓ガラスを粉々に砕く勢い、階下の三人の鼓膜を引き裂くぐらいの勢いで窓を強く閉めたかったが、それはできなかった。これもやはり、生来からの傾向、というものなのだろうか。
鳥のさえずり、吹き抜ける生ぬるい風、三人の笑い声が遮断された空間。汗が滴り落ちる。キーボードを打つ手が滑り、上手く打てない。気持ちが沈んできた。打つ手を止める。


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