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ジンバブエ(掌編創作)

そうだ、ジンバブエに行こう!そう決めたときの無敵感、高揚感の凄さといったらもう!そう、私が決めた。今決めた。と野菜ジュースを飲みながら今にも歌い出したいくらいのハイテンション。ベストテンション。ユーアーザ、プリーンスオブテニース!てな感じのエクステンションなあたしはその勢いのまま『えりと』のLINEにスタ爆した。えりとにはだいたい2形態ある。すなわち、PCの前で突っ伏して寝ているか、スマホを握りしめて寝ているかだ。いまのあたしは全盛時のジャンケン小僧よりも冴えている。リアクションのないLINEにひたすらスタンプを投げ続ける。スタンプが増え続けるだけのスマホの向こうにあたしは確実なえりとの息づかいを感じていた。はやく。はやくその手をのばしてあたしの想いに気付いてくれ。祈るように画面をタップし続ける。通話?一瞬躊躇いつつ、通話ボタンを押す。なによーという眠そうな甲高いボイチェン声。言い忘れていたけど、えりとはJKの魂を持つおっさんだ。出会って1年8ヶ月ほど、一度も会ったこともないけれど、ある時本人が半泣きになりながら言ってきた。まあ、そりゃいくらなんでもボカロの趣味は古すぎるし、何よりもその音割れしたボイチェンボイスを頑なにやめようとしないえりとにあたしも思うところはあった。でもさ、あたしみたいな変人クソオタ両親に育てられたサラブレッド的な残念なヤツが、セカイのどこかにいたというだけで嬉しかったんだよ。いさじさんネタで盛り上がれるJKがほかにどこにいるってんだよ。だからあたしは見ないフリをしてたのに、えりとから先にギブってきた。そのときのえりとの嗚咽を聞きながら、でも嗚咽が慟哭に近く激しくなるほど妙に覚めてゆく自分というニンゲンの非情さをたまに思い出して暗澹たる気分になる。とはいえ、それであたしたちは本当の意味での友だちになった。JKになりたくて限りなくJKに近い魂を持つえりとと、リアルJKであることに疲れても逃れることのできないあたしと。。ってえりとが何か言ってる。うん、全っ然聞いてなかったけど、あたしは高らかに言い放つ。違う。えりとは全く分かってない。だからあたしはジンバブエに行かなくちゃならないんだって。束の間の沈黙。魂のJKを出来損ないリアルJKがほんの一瞬凌駕するこの愉悦。は、でも長くは続かなかった。うん、自分でも意味がわからないことを言ってるのはよくわかる。でも、よくわかることとわからないことは同居できるんだよ。奇跡も魔法もあるんなら、よくわからないこととわかることもあるんだよ。知ってるよ。いっぺんマミられてみる?次の強い言葉を探すあたしに、ほんの少しだけトーンを変えたえりとの声が届く。でもその向こうにかつてない程真剣なナニカを感じた。うん、どうしてもひとりで行くっていうならえりとも同行するって。JKの魂を持つおっさんとJKになりきれなかったあたしの逃避行。カンゼイかニュウカンか分からないけど、とにかく何かで引っ掛かる気がするよ。サイアクえりとは交通事故の10:0みたいなことになる。でも、それでもいいって言ってる。あたしはジンバブエの空と熱い空気を想いながら同じく少しトーンを変えて返す。ごめん。ホントはちょっと嫌なことがあっただけなんだ。回線の向こうで明らかに空気が緩む気配がする。我ながら優しい嘘。本当はまだ喉が焼けるようなヒリつく大気を求めてやまないあたしがいるのだ!だってしょーがないじゃん。行ってみたいんだもん。でも今日はこのへんにしといてあげよう。ありがとう、えりと。いつか一緒にジンバブエに行こうね。いつの間にか推しカプの話をするえりとの声を聞きながら、あたしはまだ見ぬジンバブエに思いを馳せるのであった。おしまい」

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