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空よりも軽い (3)

 毎朝六時に起きて、顔を洗って中公園に行くのは大変だ。もっと寝ていたいのに外が明るい。ビニールの紐が通された青い台紙に白いざらざらした紙が貼り付けてあって、ラジオ体操が終わると大人がハンコを押してくれる。元気そうな男の子のハンコ。七時前には太陽が高く上って公園の広場にほとんど日陰はない。広場を取り囲む森から蝉たちの合唱が響いていて、池田くんも大木くんも初日だけ来て、あとはずっといない。大木くんの弟は毎朝来ている。まだまだ先だと思っていたらいつの間にかハンコはいっぱい押されていて、今日で最後です、みんな毎朝よく頑張ってラジオ体操に来たね、お疲れ様でした、と誰かのお母さんが大人を代表して言う。いつものようにぞろぞろ帰っていいものか迷っている集団のなかに、大木くんの弟を見つけて私は近づく。大木くんの弟は地面をじっと見ている。小さな穴が空いていて、その周りを盛り上がった砂が取り囲んでいる。穴から小さな黒い粒がいくつか出てきて、大木くんの弟はその一匹をつまんで指先をじっと見る。ねえ、見て。小さな背中に張りついた水色のTシャツがかすかに動いている。大木くんの弟は蟻の前足を一本引き抜く。しゃがみ込んだ私の足元を、何事もなかったかのように蟻が逃げていく。こいつ大きいね、カッコいい、大木くんの弟は人差し指の爪くらいある別の蟻をつまみ上げて、うっとりとその黒い大あごを見ている。怪獣みたいな蟻の前の足を二本抜いて地面に置くと、蟻はものすごい勢いでその場をくるくる回転してからコントロールを失ったミサイルのように逃げ出した。やめなよ、私の言葉が聞こえないみたいに大木くんの弟はじゃりじゃりした地面を目で追っている。蟻たちは穴から出てきてはどこかへゆく、まだ掘って新しい穴から出てくるやつは、穴の周りをうろうろしてまた穴のなかへ戻っていく。蟻ね、最初のやつが一番えらいんだよ、よく目を凝らすと地面のあちこちに小さな黒が動いているのがわかる。最初に初めての場所に行ったやつの足跡をたどって他の蟻がついていくんだよ、足跡もないのに初めての場所へ行くのは怖いよね、だから初めての場所へ行く蟻が一番えらい。大木くんの弟はそっと人差し指を伸ばすと地面を動き回る黒い点の一つを押さえる。ねえ見て、蟻って強いんだよ、指で押さえたくらいじゃ死なない。大木くんの弟が地面から指先を離すと、恐ろしい勢いで蟻が逃げ出す。ほら、大木くんの弟が何度も指先を押しつけても、そのたびに蟻は狂ったように逃げ出すだけだ。こうやってるとね、だんだんムカついてくるんだよね、こんなに押しても全然死なないって。大木くんの弟は指先に力を込めて蟻を押し潰し、砂地をぐりぐりした。指を離すとそこには体を折り曲げた蟻が壊れたおもちゃのようにカサカサ動いている。蟻はどうして自分の体がいきなり押しつぶされたのかわからない、誰にやられたのかもわからない。大木くんの弟の首筋に光る粒がいくつも浮き出ている。あのさ、この公園でUFO見たろ、覚えてる? 私は大木くんの弟の首筋にたずねる。え、なんのこと? そう言いながらずっと地面に目を凝らしている。だから、前にさ、みんなでUFO見ただろ、あそこのアスレチックジムの上でさ、オレンジ色のやつ、そんなことあったっけ、気の抜けた返事が足元でうずくまるから、私はそれを蹴っ飛ばしたくなって大木くんや池田くんもいただろ、覚えてないの? とすこし強く言うと大木くんの弟は立ち上がって変な顔をした。大木くんに聞いてみなよ、みんなでさ、あそこで、そう言って私が遠くのアスレチックジムを指さすと、そんなの知らない、しんちゃんの勘違いじゃない? 大木くんの弟はちょっと馬鹿にしたような表情を浮かべてから慌ててお腹空いた、今朝はミスタードーナツなんだ、昨日ママが買ってきてくれたから、と公園の出口に向かって駆けていった。

 蝉の鳴き声が壁みたいになって公園を取り囲んで、太陽はもう高く上がっている。片付けをしていたお母さんたちはつくったようなソプラノで話し合いながら広場から出ていく。なんだか変だなと思いながら私は一人でアスレチックジムに向かい、ところどころ塗装が剥げても朝日を浴びてつやつや輝く遊具を見上げ、一人で高台にのぼる。下の方の砂場に小さな女の子がしゃがみ込んで何かしている。砂場の外ではおじいさんがゆっくりと屈伸をしたり、組んだ両手をうんと上に伸ばしたりしている。高台の上は風が吹き抜けて気持ちいい、私は緑色の服を着た子供がやってこないかと、こわいような願うような気持ちで森を見る。茶色い柵のむこう側は暗くて蝉の鳴き声がうるさい。もう帰ろうとうながすおじいさんに、女の子はまだ遊ぶといってきかない。誰もいないな、と私は思う。私のそばには誰もいない、アスレチックジムの上から見渡す住宅街と、そのむこうに小さく見える海は私とは関係のない方向へ動き出そうとしていて、でも私もその一部だ。こうして立っていると空を一人で支えているみたいだ、広田くんも池田くんも大木くんもこうやって空を支えているんだろうか、自分一人ではこの大きな空をとても支えきれない。女の子が大きな声で自分の意思を伝えようとする、おじいさんは帰ろうと言っている。砂場で遊んでいるまま家に帰ることはできないのだろうか。おじいさんは首を振って木陰に入り、茶色い柵の足元に座り込む。諦めと愛は似ているように見えても全然ちがう、女の子の白いTシャツを夏の朝日がじりじりと焼く、それを見ている私も焼かれている。私は光を黒く受けとめる。森のあちこちで鳴く蝉たちも空を支えている。私は道端に転がっている蝉の亡骸を美しいと思う、生命を燃やし尽くしたあとに残るのは清々しい空白だと知って、生命が一つのサイクルを終えることに敬意のようなものを感じる。私の顔も胸も腕も背中も汗まみれだ、見慣れない鳥が空を横切って私はアスレチックジムをおりる。砂場の横を通り過ぎる私を女の子が立ち上がって見つめる、それから急に走り出して、私を追い抜いて坂道を駆けていく。

 夏休みが終わって教室に一つ空席ができても、誰もそのことに気づかない。風邪かなと思っていたけど、何日経っても彼は教室に来なかった。やがて朝の会で、広田くんはおうちの事情で転校しました、みんなに最後挨拶できなくて残念に思っているそうです、プリントを配るみたいに小川先生が言ってそれっきりだった。席替えをしたら広田くんの席はもうどこだったかわからなくなった。休み時間の泥警はチーム分けに何の支障もない、私は人を捕まえるより身を隠す方が好きだからいつも泥棒だといい。でもその日は警官チームで、私はやる気なく校庭や花壇のあちこちを巡って回る。花壇のひまわりはもうだいぶうつむいていて、体育倉庫は砂埃と汗が混じった匂いがしている。どこにも広田くんの影はない。私はいつの間にか追うのをやめて、校庭を駆ける雲の影を見つめるようになる。黒い影がものすごいスピードで校庭を通り過ぎていって、でもそれだけだ。警官である私に声をかけてくる人はいない。

 学校の帰りに寄り道してはいけないことになっていたけど、私はセンターへ行った。シーツの干していない物干し竿が屋上の青空を区切っていて、室外機の熱風はやっぱりむわっとしていた。端にある排水溝には緑色をした水が溜まっていて変な匂いがする。プレハブ小屋のなかはすりガラス越しでもがらんとしているのが伝わってきて、ドアの横の銀色の郵便受けを隙間からのぞき込んで、そっと蓋を開けてみる。すこしひからびた宅配釜飯のチラシが入っていて、鶏肉や鮭が敷き詰められた写真を見ながら、広田くんは釜飯好きだったのかな、給食は何が好きだったっけ、ここはただ暑い場所で、本当に広田くんがここに住んでいたのか確信が持てない。チラシを郵便受けにしまってから、フルーツポンチだ、と思い出して私は安堵する。

 センターからの帰りに中公園にも立ち寄った。坂を上ってアスレチックジムの前まで来ると、風と光がもう秋だ。公園には低学年の子供たちが何人かいて、ランドセルを背負った私を見るので恥ずかしい。アスレチックジムにのぼるのはやめて、あの子がいた柵の前に行ったけど爽やかな風が吹いているだけだ。森のなかへ入ろうかどうしようか迷ってから、マムシが怖かったけど私は柵を乗り越えた。ランドセルのなかでかたんと筆箱が音をたてる、森のなかは日陰だけどまだ暑い、蝉はいつまで鳴いているんだろう。私はあの日の記憶を頼りに草を踏み分ける。自分でないものたちの存在を周りに感じる、でも姿は見えない。小さな虫がくるくる飛んでいて腕で払う、たぶんもうどこか蚊に刺されている。

 森の奥に空き地があって、銀色の楕円形をしたあれが着陸している、ひょっとしたら広田くんはあれに乗ってどこかへ行ったのかもしれない。そうあってほしいと思う、そうでなければ、広田くんが本当にいたことをみんな忘れてしまって、最初からいなかったことにされてしまいそうだ。そして私も、一年が過ぎ、二年が経てば、私は私の生活のなかでいろんなことを忘れていき、そのなかにそっと広田くんも入れられてしまうかもしれない、それはとても残酷なことだ。だって、私はもうすでにいろんなことを覚えていないのだ、小さかった頃のこと、亡くなった祖母のこと、いろんなことが手のひらからこぼれる砂。斜めになった地面になんとか残っている道の跡をたどって、だが気づけば私は森の外の住宅街にぶつかって、もう一度森のなかを巡る。何周かして、初めからこの森はこうだったのだという気になってくる。そうだったじゃない、公園を取り囲む森といってもすぐ外は住宅や小さな畑なのだから、開けた空き地なんかあるはずない。何を考えていたんだろう、自分が何をやっているのかわからなくなり、そうなると途端に森のなかにいるのがうとましくなってきて、私は慌てて森を出る。まぶしく照らされた道路を白い自動車が走り過ぎ、道端の赤い自販機は喉が渇く。私はぼんやりしながら光と影のなかを歩く、ランドセルのなかにはほとんど物が入っていないのに重たく感じる。塀のむこうでジージーと鳴く声がする、見上げるとコンクリートブロックを積み上げた塀の上にべっこう色をした蝉の抜け殻が休んでいる。そっと掴んだが足がしっかりブロックにしがみついて離れようとしない。私は背中が二つに割れた抜け殻をそのままにして木を見上げる。小さな影がぱっと飛び立ち青空に消える。
 

◆ 


 虫の音の聞こえない東京の都心も季節は秋だ、でも暑さが何週間も居座って、私はジャケットに合わせるネクタイを結べずにいる。

 周囲が高層ビルばかりだとしても、夕方の地上を歩くのが好きだ。ビルを出てすぐのところに広々とひらけた場所があって、平安時代の豪族を供養する石碑の前にはいつも拝む姿がある。目に見えない超自然的な存在への信仰と、何世紀にもわたって駆動するシステムの内面化という点で、白い砂利の敷かれたその空間は周囲のオフィスビルと奇妙な調和を見せている。石碑の前で手を合わせて拝む人の胸中を私は知らない。私たちは何にでも神を見る、そして願いを捧げる。すべての人々の願いが一斉に叶えられるとき、この星がどうなるのか私には想像もつかない。どこかから迷い込んだ鳩がつがいでこちらを見ている、そして空白から飛び立っていく。

 気がつくと暗くなった道に街灯が並んで明るい。どこか手近な入り口から地下へ降りていくだけのことができず、ぼんやり白い地面を渡り歩きながら和田倉門の交番を過ぎると、右手に黒々とした皇居外苑が広がっている。かたちのいい松の木々も、夕闇に紛れていまは夢を見ている。スマホで撮る白い光がどこかで輝く、皇居前広場ではランニング姿の人たちが屈伸したり談笑したりしている。もう暗いのにサングラスをしていて前が見えるのだろうか、しなやかなフォームで男はそのまま大手門方面に向かって走りだす。薄暗がりのむこうから次々とランナーたちがやってきては走り去っていく、化繊のランニングウェアにショートパンツ姿の彼等は、永遠の夏みたいに小さなストライドでテンポよく走っていく。ランナーたちの流れは途切れることなく続き、やがて一人の男がジョギングしながらこっちへやってきて、ゆっくり私の周りを歩きはじめる。腰に手をやり、とぼとぼ歩くがときどき顔を上げて空を見上げる、東京の空に星はない。ランニングで消耗したエネルギーは遠くから静かに戻ってくる、男は円を描いて何度も私の周囲を回る。犬のようだと思っているんだろう、突然男がそう言ったが独り言なのか誰かに向けた言葉なのかわからず、私は皇居のシルエットが宵闇に紛れていくのを見ているふりをする。犬でも馬でもいいけど、まあ動物のようなものだ、動物に戻るために走るんだよ、男は歩くスピードを落としながら私に話しかけてきた。ええ、そうですね、なんて適当な相槌を打ってからその場を離れようかと思った、男は歩くのをやめて空を見上げた。背が高くて痩せていた。

「空が広いね、地球はまるいんだって気がしてくるよ。都心でこんなに空が広いのはここだけだ。以前不思議な星を見たことがあってね、夜空をスーッと横切っていく星なんだ、流れ星みたいに消えたりしない、あれはUFOだったのかなと思うんだけどそうじゃなさそうだった」
「ISSじゃないですかね」
「ん?」
「国際宇宙ステーションです。地球の上空約四百キロを飛んでいて、一時間半で地球を一周します」
「宇宙ステーションか、星かと思ったよ。今日は見えるかな?」
「さあ、条件が合えば輝いて見えますけど、今日はどうかな」

 私たちはしばらく空を見上げたが、ただ暗い空間が広がるだけだった。

「宇宙ステーションが自分たちの頭上を飛んでいるなんて知らなかったよ、映画の話だと思ってた」
「正確には飛んでるんじゃなくて、落下し続けているんです」
「そうなの?」
「ある一定以上の速度で打ち出された物体は、いつまでも地球のまるみに沿って落下し続ける。だから国際宇宙ステーションは二十五年もの間ずっと落ち続けているってことになります。そして物体が落下し続けることができるのは、地球の重力に引き寄せられているからです」
「あなた、詳しいね」

 私は素直に微笑んだ。正確には民間宇宙ステーションに接続するモジュールのひとつに過ぎないのですが、大きくは宇宙ステーションと呼んでもいいでしょう、転職活動の面接で藤本室長が言った言葉を思い出す。ところで、どうして宇宙の仕事に応募しようと思ったんですか? 男はその場で屈伸してから、重力が必要だっていうのはわかるな、と言った。

 毎日というわけじゃないが、よくこのあたりを走っているんだ、あなたもどうです? 健康にいいし、少なくとも気晴らしにはなる、走っている間はぽっかりするからね。等間隔の電灯は互いの顔をよく見るには遠過ぎて、私は宵闇のなかでうなずく。前の会社で、水曜日の定時後になると職場の同僚たちと皇居の周りを走っていた時期があった。長時間のデスクワークで固まった体をほぐし、健康維持とランニング後のビールのために走っていた、あれはちょうどこの季節ではなかったかしら。都心の中心部で走るという軽薄な見栄と、三宅坂から桜田門へとゆるやかな坂を下っていくとき眼前に広がる日比谷のビル群を眺める楽しみ、そんな動機で走っていたものだから、仕事がちょっと忙しくなるとすぐにランニングの会は消滅した。

 それで走ることにしたのかい? クローゼットの奥からくちゃくちゃになったランニングウェアを引っ張り出す私に、クマが声をかける。何年もしまわれたままだった緑色のウェアは、洗濯してからしまったはずなのに年寄りしか住んでいない家の匂いがする。いきなり走ると筋肉を痛めるから、少し慣らしてから走ったほうがいいよ。ストレッチをじゅうぶんして、それから走る距離を少しずつ伸ばすんだ、スピードも体が慣れてくるまではゆっくり、久しぶりなのに強い負荷をかけると怪我するからね。きみは陸上選手みたいだなあ、私がそう言うとクマは自慢げな顔をする。ローテーブルを部屋の隅に移動させ、空いたスペースに座り込んで前屈する。思ったより上半身が前にいかず私はおどろく、子供の頃は足の裏まで人差し指がついたのに、いまは足指にすら届かない。

 シャワーを浴びて戻ってくるとクマは窓の外を見ている。きみと出会ってもう何年になるかな、三十年だよ、バスタオルで髪の毛を拭いていた私の動きが止まる。三十年といったら永遠に等しい年月だと思っていたのにあっという間だ、自分の知らないところで勝手に時間が過ぎていったみたいに、それだけの時間を生きた実感はない。クマは三十年前のぬいぐるみとは思えない。ややくたびれた感はあるがずっと変わらず黄色くふわふわしている。近頃はおもちゃやぬいぐるみにも病院があって、腕がもげたの目が取れたのといった事態にも対応してくれる、でもクマはそういった店の世話になることなくここまできている。たまにお風呂に入れてあげるときれいな黄色に戻る、乾くまで洗濯バサミで吊り下げられる。窓の外には航空障害灯の赤い光があちこちに散らばっている。

 皇居ランナーたちが特権的な顔に見えるのは私の劣等感のせいだ。クマの助言どおり、ジョギングといって差し支えないスピードで走る私をどんどんランナーたちが追い越していき、ここは自分には相応しくない場所、という思いが溜まっていく。竹橋から千鳥ヶ淵のあたりまで来ると息が苦しくなり、長い坂道を走るのが億劫で、もう歩いてやろうかしらと何度も思う。仕事帰りにわざわざ着替えてこんなところを走るなんて馬鹿みたいだ。私の頭上は黒い、けれどもそれは宇宙の色ではない。本当の宇宙はもっと黒く、浮いているこちらが吸い込まれそうに何もない空間なのだと、まだ宇宙に行ったことはないけれど私は知っている。人が宇宙へ行くことにどんな意味があるんですかね、と狭山は言った。排気ガス混じりの空気を吸い込みながら、よたつく足を前に運ぶ私にはわからない。

 皇居前広場に辿り着いた頃にはもう夜だ。三宅坂のあたりから傷みはじめた左膝はずきんずきんと脈打っていて、歩くのも苦しい、それでも心臓がまだ勢いよく打っているので、体を動かさずにはいられない。腰に手をついてとぼとぼと歩く、丸の内の高層ビルが濠に沿って立ち並ぶ様をいつかはきれいだと思った、国際宇宙ステーションから夜の地球が輝いて見えるのはこの人工の星々の明かりだ。でもいまはとてつもなくバカバカしいことをしているとしか思えない、そして同時に私自身もこの社会の一部であり、むしろそれを駆動している側の人間なのだった。私の横をランナーたちが通り過ぎていく、みんな走っているが私はもう限界だ、広場の人のいないところまで歩いていって地面に座り込む。アスファルトはまだその奥に太陽の熱を蓄えている、地面についた手のひらがざらざらする。見上げると星も見えない、そのことに私は安心する。(続く)

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