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オペラ座γ星の怪神

芸術と混沌の都に日は沈みかけていた。一人の少女と、一人の男がそこに居た。

「お嬢さん、オペラ座の炎を知っているかい」

長身の男はゆらりと少女の背後を指す。少女は素直にそちらを振り向き「炎……ね」と納得し目を細めた。

「大昔、大きな火事があったんでしたっけ? 慰霊と記録に、遺跡記念館が建てられた。でしょう?」

男は回答に一応満足し、しかしさみしげに認めた。

「そうだよ。けれど、違う」
「どういうこと? なぞなぞ?」

少女はまた、疑問と共に向き直った。男は、夕陽を背に真っ黒に染まっていた。首元まで街灯が照らしているのに、なぜか表情を窺い知ることは出来ない。
影は指の矛先をするりと少女に、あるいは人間に移し、語る。

「君の言うオペラ座は大地の星だ。人の炎に焼かれた夢だ」
「……?」
「オペラ座の炎は、もうひとつ」

昔、神が人を造ったか、人が神を創ったか解らない時代。

人は星に願いを託した。
星を結び、神の座す偶像を生み出した。

神々は星に宿った。
人の願いを受け、星に生まれ、共に去った。

とある星は不気味に輝いていた。周囲の光を隠すような、奇っ怪な紫色だ。

紫の神曰く「人に語られぬ、最も清く美しい女神が居る」と。「彼女を崇めぬことは、彼女以外を崇めることは、即ち罪」と。

紫の星は輝いた。観ろ、我が傍に輝く真の女神を観ろ、と。光り、輝き、彼女以外の全ての星と宙を己の暗紫で染め上げた。最初は抵抗した神々も終には諦め、光ることを止めた。

かくして、真の女神の星がたったひとつの主役に成り果てた。

「めでたし、めでたし」
「……めでたくないでしょう、おじさま」
「あぁ、そうだね」

星が失せ神が死んだ世界。
人間に残された「偶像」は人間だけだった。人は人の夢を人に託し、物語を紡いだ。
そして、彼らは真の女神の星を見上げることもなくなった。

紫の星は、星を見ぬ人間と彼女の物語を奪った己に怒り、天を焼き尽くした。
暗黒の中心から出でた炎にて、何日か、何月か、何年か、天地は白く照らされた。

永い時の後。人間は、数多の星の輝く空を再び仰ぎ、闇と光の中心を神の座と畏れた。そして女神の星と、周りの星々を繋ぎ、もう一度神話を紡いだとさ。

「……それが、もうひとつの炎? 結局お伽噺じゃない。あたしが初等部に見えた?」
「いや、滅相もないよお嬢さん」

くるり、お道化て回って、歌う。

――ほんの戯れさ
――我が炎に似た夕闇(ひかり)
――我が女神に似た貴女
――ほんの戯れなんだ
――どうか私を忘れてほしい
――識られざる神話の一編を語っただけの
――怪奇なる私を忘れてほしい

男が指差した先を、少女は今度こそ過たず理解した。オペラ座。そこに輝くは、人類新時代の象徴たる、歌う少女の星座。

――どうか覚えていてほしい
――我が女神の星だけは
――大地に光が満ちるとて
――天より光が失せるとて

震えた声の残響も消え去り、漸く振り返ったときには、もう男はいなかった。ただ、真っ暗な天と瞬く神々の二色だけが広がっていた。

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