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コロナ禍で出会った僕たちは

日比谷駅。

お気に入りの雑誌を求めて、
いつもの本屋へ向かう最中。

多くの人が仕事を終えて家路に向かう中、
視界の遠いところで、懐かしい姿を捉えた。



クールな雰囲気とは裏腹に、温かい人だった。

いつも黒い服に身を包み、タバコを吸いながら趣味について語ってくれた。

時折、タバコの煙とともに影が満ちていき、
力無く笑う姿も魅力的だった。






「別にクズだって罵ってあげてもいいけど、悪いと思っていないから話すんでしょ?」


彼に言われた言葉と、ピアスだらけの耳が
脳の端をかすめる。







会いたいわけでも、会いたくないわけでもなかった。

確証はないのに、その方向を見ることができなくなった。

引き返しても良かったが、人の流れがそうさせてくれなかった。

意識しないように努めて、歩いて、下を向いて、




次の瞬間、タバコとウッディ系の香りに、
身体が引き寄せられた。




考えるよりも先に振り向いてしまった。

彼もまた、数歩先でこちらを見ていた。

あまり驚かなかった。驚いていなかった。


確かめるように、ただただ見つめて、
そしてすぐに、人混みにのまれた。






「どうしてあの日、助けてくれなかったの。」

「私もあなたも、互いの1番になれないからだよ。元気でね。」





その日は結局、本屋に行くのをやめた。

引き摺り出された最後の記憶と香りとともに、
一生行けなくなってしまうのを恐れて。

顔も思い出せないあなたのせいで。

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