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亡霊

音楽はひとを救うだけじゃなくて傷付けることもあるよね、ってはなし。


好きなバンドの歌詞に「音楽もひとを殺す」っていう歌詞があって、中学生のわたしはその物騒さにぎょっとしていた。
でもいま、人生の半分以上を音楽に費やして音楽を生業にしようと決意し、多感な思春期を音楽とともに過ごしたにも関わらず夢破れたわたしの人生を振り返ると、別に大袈裟な表現でもないと思ったりする。努力は簡単に裏切ってくるし、自分は自分が思う以上に凡庸だし、無限の可能性なんて存在しない。

きっと当時、わたしのオーボエは県でいちばんだと周りもわたし自身も信じて疑わなかった。
楽器を始めた時期が早いわけでもなくて、ひとより何倍も練習しているわけでもなくて、変なことばっかりする。それなのに楽器を持つと目の色が変わる。そんな自分のセンスと実力が大好きだった。なによりオーボエが好きだった。吹きたいように響いてくれるビュッフェクランポンのオーボエがあれば他になにも要らなかったし、オーボエを手にしているわたしは無敵だった。それはつまり、思春期に足を踏み入れたわたしに初めて芽生えた自我とプライドだった。


その無敵感とは裏腹に、冬のアンサンブルコンテストでは一度も地方大会以上に進むことができなかった。あのトランペットの先輩はひとりでチームを全国大会まで連れていくくらいの実力だったのに。あのフルートの先輩だったらきっともっと良い賞が取れたはずなのに。

わたしのオーボエは、所詮ほどほどにしか通用しないものだった。

高校一年生の冬、諦めきれず、中学から数えて三度目のアンサンブルコンテストに出場。メンバーも曲も申し分ないはずだった。それなのに、メンバーのひとりがインフルエンザで前日まで練習に参加できないハプニングが起きて、当日はぼろぼろで終わった。控え室の空気は重かったし、インフルエンザに掛かった子は泣いて謝っていた。慰めなきゃいけないのに、手も足も出なかった。ひたすら浮かんでくる自己否定を脳内で打ち消すことで精一杯だった。わたしは悪くない。わたしだけじゃない、誰も悪くないはずなのに、どうして手に持っている賞状には銀賞と書いてあるんだろう。


自分のプライドは実力が可視化される結果に裏付けられたものだったと、そのとき初めて気が付いた。


更に言えば、他人からの承認がなければ崩れるくらい脆いものだった。誰かに聴いて貰って感動して欲しいという欲求に動かされるうちに、「感動して欲しい」がいつの間にか「感動して貰わなきゃいけない」に変わっていた。結局のところ根底にあったのは強迫観念、ただひとつだけ。

高校一年生のアンサンブルコンテストでわたしの人生第一章は終わった。数日経って本番の録音を聴いたとき、音楽を少し嫌いになって、これまで疑いもしなかった自分の実力を初めて疑った。あの瞬間、紛れもなく音楽に殺されたと言っていい。


オーボエのことを嫌いになったわけじゃない。むしろ今でも大好きだし、定期的にYouTubeにアップされている自分の演奏を再生している。だけど、なんとなく再開することはないって分かる。
ほどほどにしか通用しないと思い知らされても、それでもなお当時の自分の演奏へのプライドが捨てられない。人生を費やして喜怒哀楽をぐちゃぐちゃにされた相手に向き合うのが怖いし、なにより当時のわたしに勝てるわけがないから。

酔ったときにしかオーボエを触れないのも、たぶん同じ理由。

音大に進学したかった。もっともっとオーボエに詳しくなって、日本でも指折りのオーボエ奏者になって、枠が少ないオーディションを勝ち抜いてプロオケに所属する。無意識にわたしは一生オーボエを続けるんだと思った。オーボエで食べていく算段まで付いていた。
でも、いまわたしは法学部に通ってて、高校まで使っていたオーボエは部屋の隅で埃をかぶっている。

正常なメンタルでオーボエを持つと心臓が苦しくなる。湧き出てくる向上心に落ち着かなくなって、内側のエネルギーを根こそぎ持っていかれそうになる。それと同時に、「全盛期に戻すことはできないのにやる意味ってある?」という心の声が聞こえてきて、もう何度目かの完敗をする。

才能がないことを受け入れられなくて、それを吹き飛ばすくらいの努力はできなかった。文章にしてしまえばただそれなのに、未だに残像を追い掛けている。


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