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不燃物どんど焼き

異臭にむせ返り目を覚ますと、リビングの磨りガラス越しにエメラルド色の光が踊っているのが見えた。また近所の公園で「不燃物どんど焼き」が開催されているらしい。町の住民達が各々持ち寄ったプラスチックや発泡スチロールにガソリンをぶっ掛けて燃やすこの祭は、私がここに越してくる以前からこの地域に根付いていたものだという。
3階の私の部屋まで届くあの火柱を初めて目にしたのは昨年のこと。その時もいまと同じく早朝の異臭に叩き起こされた私は、真っ先に部屋のガス漏れを疑い、慌てて窓を全開にし、そして強烈な刺激臭に鼻腔を貫かれてその場で嘔吐した。咄嗟の判断で部屋の中を避けてベランダ側に吐けたことを確認してからゆっくり顔を上げると、そこには見たことのない色の炎が立ち上っていて、私はそれをぼんやり数秒眺めたのち、再び足元の吐瀉物に視線を戻した。とりあえずベランダの掃除。視界の中で処理できる情報がそれしかなかった。いろいろなものと比べて結果的にゲロが一番眼に優しいことがあるのかよ、とその時思った。
それ以来、私の部屋のすべての窓はその四辺をガムテープで塞がれていて、これにより私は常に酸素不足の生活を余儀なくされている。どのみち窒息するのなら、せめて主導権くらい握らせろという構えだ。そして、こうして主導権を握っているにも関わらず普通に部屋の中がプラスチック臭いの本当に意味わかんねえよなと思っている。ならとっとと引っ越せと聞こえてきそうだが、この部屋の家賃を破格にし、現在無職の私にこうして住処を与えてくれているのも他ならぬこの祭なのだ。私はこの「不燃物どんど焼き」に殺されながら生かされている。なので私の願いはこれだけだ。せめて、百歩譲るから、本来のどんど焼きよろしく開催を年一回のスパンにしてくれないか。そうすればその時だけ部屋を空けるから。しかしそんな私の祈りは届かず、「不燃物どんど焼き」は週ニで開催されている。なんだよ週ニって。それはもう普通にゴミの日のスパンだろ。ただの定期的な不法投棄を祭と呼ぶなよ。
とその時、窓の向こうから突然低音の効いた巨大な爆発音が響き、部屋全体が揺れた。窓を開けることが出来ないため外で何が起こっているかはわからないが、この爆発は最近になって定期的に起こるようになった。私はいつものようになす術なく身を強張らせ、長い衝撃の余韻が棚の食器類をカチャカチャ鳴らすのをただただ聞いてやり過ごす。そして数分かけてそれらがすべて静かになると、いつものように窓の外から一斉に大勢の人間が爆笑する声が聞こえ、玄関からは何者かが激しくドアを叩く音が響き、スマホには知らない番号からの着信が相次いだ。まじでこの祭のコンセプトどうなってるんだよ。

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