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スーパーボール部屋

本日付の辞令により、私のスパボ部屋への異動が決定した。スパボ部屋は、部屋中に散らばる無数のスーパーボールを就業時間中、絶えず弾ませ続けることを唯一の業務とする部署である。これは、近年の深刻な経営悪化によりこのまま平常通り仕事をおこなっていても近いうちに倒産することが自明となった弊社が、残された一縷の望みに賭けて発足したプロジェクトである。つまり、他の社員が通常業務にて着実に会社を倒産へ導くその傍らで、私が無軌道に跳ね回るスーパーボールを一心不乱に追い回すという意味不明なムーブをキメることによってこの世界に新たな乱数が生成され、人為的に誘発されたバグイベントにより我が社が辿る破滅への一本道に救済の抜け道が現れるという計画なのである。これは、この会社外の人間には到底理解の及ばない話かもしれないが、事実として、大人が集まった会議の中でこの案が通った瞬間がこの世には存在しているのである。実際、私もその会議に出席していたのだが、そこで発言された「ぷよぷよとかストIIとかで、どうにもならなくなった時に"頼む何か起こってくれ"って色んなボタンめちゃくちゃに押しまくるやつあるじゃないですか。あれです」の意見は、マスクを隔てて少し篭った発言者の声の質感と共に私の脳裏に刻まれている。ちなみに発言者である40代男性社員はベージュのマスクをしていたのだが、そのささやかな身だしなみへの意識は、なぜか私の中で強烈な違和感の光景として記憶されている。理由は分からない。そして会社はこの事業のことを「倒産ガチャ」と呼んでいるのだが、ガチャってそういう意味じゃないよなと思っている。あれ、アプリのガチャ由来だから。ゲーセンのレバガチャのことじゃないから。まあ、指摘すべきはそういうレベルのことではないはずなのだが。当事者の切実さとは時に、外部からは滑稽に映ることがある。果たして、この会社を満たしている空気は切実なのか。内部と外部の間にいる契約社員の私の目にはわからない。ただ分かることは、いま私を取り囲み縦横無尽に跳ね回るカラフルな無数のボールに紛れ、部屋の隅でピンクとグリーンとブルーのボールが静止しているという事実だけである。ボールの衝突により体が痛い。しかし、なぜ私の体が痛みを与えられる状況に置かれているのか、分からない。分かるのは、視界の中に静止したボールがある、ただそれだけ。私は目の前の唯一の現実へ向けて、右足を床に擦り付けながら半歩前に出した。

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