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デアゴスティーニ

デアゴスティーニ「週刊畜生」の付録はパックに入った合挽き肉だった。これをピンセットで牛肉と豚肉にそれぞれ仕分けていくと、最終的に実物大の牛と豚が出来上がるらしい。説明書にはそれ以外記載されておらず、残された余白は想像力で補完するしかなかった。ヒヨコ鑑別士は、明確な相違が存在しないヒヨコの雌雄を天賦の勘のみで見分けていると聞いたことがある。私も今まさに勘に導かれて牛脂と豚脂に塗れた指を動かしているが、作業開始から8時間が経ち、この勘が天から与えられたものだと思い込むことに少しずつ限界を感じ始めていた。しかし現況から鑑みて、少しでも気を緩めればすぐにでも発狂できる自信があったため、私は我に返る隙間を、無理矢理にでも自らを信じ没頭することで塞いでいた。
そもそもなぜこの様なことになったのか。全てはあの美容師のせいである。私が通っている美容室の担当スタイリストは毎回「この前の休日は何されてたんですか?」と判で押したような質問を切り出してくる。そして私が「まあ、インターネットとかですね」と答えると決まって「へえ、どんなサイトとかですか」と返すのだ。そして渋々サイトを教えると「その次はどのサイト見たんですか?」「なんでそのリンク踏んだんですか?」とトリッキーな広げ方をしてくるため、私は三ヶ月に一回、髪が綺麗になるのと引き換えにGoogleの閲覧履歴を赤の他人の美容師に共有しているのだ。もうこれ以上奴に個人情報を渡すわけにはいかない。と言うと、それならばこちらが会話を広げなければいいではないか、という意見もあると思うが、そんなことをして奴の心に動揺が加われば、手元が狂って損をするのは他でもない私なのである。とにかく奴を刺激せずに個人情報を守るのが最善なのだ。そういった経緯で、私はインターネット以外の趣味を作ろうとデアゴスティーニを買うに至ったのだ。ちなみに、本屋のコーナーには週間フェラーリ、週間Zippo、週間日本の城など様々あったが、私にとってはどれも馴染みがなかったため、今までの人生で実際に触れた回数で判断し、頭ひとつ抜けていた週間合い挽き肉を選んだ。
そして現在、私は狂いそうになっている。用を足すため2分ほど場を離れたのが間違いだった。戻ってきて机の上を見ると、あれほど長時間相対していた「牛」と「豚」の肉塊が、完全に見分けが付かなくなっているのだ。もともと何の規則性もなく仕分けていたとは言え、この二体の区別は私の中で辛うじて自意識を保つための最後の礎だった。もうだめだ。つぎ美容師に会う時、何をしていたか聞かれたら「牛と豚のキメラ作りに勤しみました」と答えよう。それによって奴の手元及び私の髪型をめちゃくちゃにしよう。そしてそれ以後私はもう二度と髪を切らない。誰にも会わない。心置きなくインターネットをする。私は捨て鉢な気分になり、肉で散らかった机を無視して床に横になり、スマホのホーム画面を押した。メールボックスにいつもの美容室から受信がある。また割引の報せだろうか。クリックして開くと、そこには「合い挽き肉には鶏肉が入っていることもあります」とだけ書いてあった。飛び起きて周りを見回したが人影は見当たらなかった。そして、まあ個人情報漏れてるしな、と再び横になった。

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