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滞在先で気になった居酒屋に一人で行ってみた

一人で行く居酒屋が好きだ。家には小さな子もいて、普段は一人で家を抜け出せないが、常に虎視眈々と一人赤提灯を狙っている。そんな私が今回、幸運にも実家に帰省中に自由な一日を得られた。栃木にある私の実家に一人でお泊まりしたいという下の子の願いを叶えるというパパ業の一貫なのだ。

娘を連れて電車に乗り、無事実家に送り届けた後、予約したホテルに向かう。チェックインから本を読んでゆったりと過ごして、外が暗くなってきた19時過ぎに外に出た。ホテルから駅の方向に散歩しながら、居酒屋を探索する。

駅前をくまなく歩くと、上の写真のお店が見つかった。味気ない外見だが、妙に気になる。外からは中の様子がほぼ見えないが、既に客はいるのか微かに美味いメシの匂いがする。曇りガラスの上部から見える店内を覗くと、壁に貼られた短冊形のメニューが昭和の感じを醸し出す。よしここにしよう。

暖簾をくぐると、カウンターに一人客が二人と、テーブル席に二人客が二組。老夫婦がカウンター内で忙しそうに働いている。「一人でもいいですか?」と聞くと、愛想のよい店主が「どうぞ」と返してくれた。まさかこんなに客がいるとは思ってもみなかった。通されたわけではないが、空いている小上がりの4人席に一人座る。

しばらくして店主がテーブルに来てくれて、本来お店の人が使う注文記録用の伝票とペンを渡される。自分で注文を書くようだ。メニューが多いので、端から端まで見ながらじっくり選ぶ。

これぞ昭和の居酒屋

どうしようかとあれこれ悩んでいると、隣のテーブルにいた男女が、テーブルに来た店主と話す会話が聞こえてきた。

男性 「マスター、この手羽先、多くない?」
店主 「手羽先、2って書いてあったから」
男性 「2本のつもりで書いたんだ」
店主 「なんだ2人前だと思って。」
男性 「そうか、どおりで多いわけだ。まぁ美味いからいいけど。」

そんな会話を片耳で聞いて平和だなと思いながら、私は手羽先と書くのは止めた。まずはビールの中瓶とポテトサラダ、鰻きも煮、かつお刺と書いて、カウンターで忙しそうに働く店主に持っていった。ほどなくして店主が私の瓶ビールを準備してくれた。ビールを冷やす冷蔵庫は客席側、私のすぐ後ろにある。店主を何回も呼ぶのは憚られるので、先に一緒に冷えている日本酒の小瓶について聞いておいた。「四季桜の純米」だと言う。よし、次の酒は決まった。

よく冷えたスーパードライをこの雰囲気で飲めるのは最高だ。ビールの奥には信楽のたぬきがいる。店の外にこいつがいる居酒屋は良くあるが、店内にいて客の方を向いているのは珍しい。落ち着くような落ち着かないような。

年季の入った栓抜きで瓶ビールを開ける

お通しの次にテーブルに到着した食事は、注文していない手羽先3本だった。隣のテーブルの男性が、多く頼みすぎたからとお裾分けが来たのだ。さっき会話を聞いた時、こうなることを少し期待して手羽先を頼まなかった私はちゃっかり者だ。このおかげで、お礼のあと、「手羽先、美味いですね」とこちらから会話をできる良さもある。

居酒屋のメニューに自家製と付けられると、特に好物ではなくても頼みたくなる。今回は自家製ポテサラに誘われた。食べてみると、優しい味付けで気に入ったが、シャキシャキという緑色の細いものが、どうもきゅうりの食感ではない。不思議に思ってそれだけで食べてみてようやく分かった、生のピーマンだ。これは新しい。

氷の冷凍庫も客席にあって、常連客は氷を取りに自分で冷凍庫を開けて、とっていく。店主と奥様は忙しいのだ。客がやれることは客がやる居酒屋。私はそういう店は好きだ。かつお刺身が来たタイミングで日本酒を頼む。初対面だが、店主と息が合うようで、この店に入ってきてから、なんとも流れが良い。

みょうががしっかり効いた薬味との相性抜群のカツオ刺

その後注文した春菊胡麻和えと塩辛も美味しかった。最後に出てきた鰻のきも煮は絶品だった。あとで聞くとお盆前でうなぎの仕入れは出来なかったようで、鰻のきもは残っているのはこれまた幸運だった。居酒屋に見えたが、本当は鰻屋なんだろう。店の外にあっても良さそうな赤提灯がないのもウナずける。

見た目が良くないが絶品ゆえに写真に残す

聞けば、隣のテーブルの男性は単身赴任でこの周辺にいた頃に、この店の常連さんだったようだ。かなり久々の来店のようで懐かしがっていた。奥様を一度この店に連れてきて、どうしてもマスターに会わせたかったという。客にそう思われる店主は幸せだし、そう思える店とその店主に巡り会えた客もまた幸せである。

だんだんとお客さんが帰り、店主と話す時間が作れた。聞けば「お店を初めてもう47年になる」と言う。店主は今年78歳。「最近耳も遠くなってきたね。いつまでやれるか分からないけれど。」とジョッキでビールを飲みながら笑顔で言う姿を見ると、こちらも笑顔になれる。もう一度、この笑顔見に来るぞ。

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