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# 鶴の恩返し

イエスかノーか半分か+恋敵と虹彩/二次創作

 短めのナレーション撮りを難なく終了させてアナウンス部まで戻ってきたところだった。すれ違うスタッフに和やかにお疲れ様ですと声を掛け、自分のデスクに戻ってぎょっとする。
「えっ」
 思わず声を上げてしまったのは小学生のおやつの時間を体現するような駄菓子が袋いっぱいに詰められデスクに置かれていたからだ。おおよそ“国江田アナ”絶対に口にしなさそうなイメージの代物。ということは普段の計は積極的に口にしたいくらいの好みの駄菓子、が置かれていたとも言えるが。
「ああそれ、鶴が置いていきましたよ」
「は?」
 怪訝な声が漏れてしまって少し焦ったが、声を掛けてくれた女性スタッフは計のリアクションを見てくすくすと笑い声を上げている。何が起きているのかさっぱりわからないでいると、「鶴ですよ、鶴」とさらに楽しそうに言う。
「恩返しじゃないですか?」
「僕、特に恩返しされるようなことはしてないんですが……」
「ふふふ。そのうちわかるんじゃないかなあー?」
「はあ……」
 という不可解なことがあったと、揃って夕飯を食べているときに潮にそれとなく話してみた。
「それが件の駄菓子? お前の好みわかってんじゃん」
「いや問題はそこじゃねーんだよ。誰が置いたのかって話し!」
「外部からのプレゼントは受け取らないことになってんだろ、ってことは内部の人間じゃん。そこまで不審に思うこともないんじゃねーの?」
 確かにそばにいたスタッフが駄菓子を置いて去るのを止めない人物ということは、少なからず不審者ではないし、彼女の言葉のニュアンス的にはことの流れを面白がっているようにもとれた。女性スタッフ同士で国江田アナに日頃の感謝を(駄菓子で)伝えようの会でも発足されたか。計の想像を潮にどう思うと訊けば、「超遅めのハロウィンなのかもな」とさらに上のアホ理論が返ってきた。
「今もう一月の半ばなんだけど」
「そんな呆れた風に言わなくてもよくね? 面白回答として扱って」
「七点」
「十点満点中な」
 そんな不可解なことがあったのは数日経てばすっかり忘れていて、駄菓子事件からちょうど一週間がたった頃にまたそのプレゼントは置かれていた。
「あははは!」
「……ここまで来たら嫌がらせじゃないんですか」
「なんで? いいじゃない! 私好きだよ、インスタントラーメン」
 駄菓子の次はインスタントラーメン詰め合わせ。計が必死に築いてきた“国江田アナ”はインスタントラーメンなんて滅多に食べないはずなのに。それも絶妙に好みをついている上に普段スーパーでは売ってないような地方限定のものもあったりするもんだから、いらねーよ!と一蹴することが出来ないのがなんか悔しい。
「あんまり食べない?」
 あー面白い、と涙を拭きながら訪ねてくるスタッフは完全に面白がっていて、この野郎と思わなくもないが無難な回答をしてその場を回避した。
 ということが計六回、なぜかきっちり一週間毎に鶴が訪れ恩返しされた。三回目が来たときには別のスタッフからも「鶴ですか?」と笑いを噛み殺しつつ声を掛けられた。全部のプレゼントが本当に絶妙に計の好みど真ん中を攻めてくるせいで完全に嫌だとも言えず、四回目の恩返しには自分から「また恩返しです」と、もはやお馴染みとも言える感じで、事の経緯をすべて知っているだろうくせになにも教えてくれない彼女と会話をしていた。
「“国江田アナにジャンクなものを食べてもらおうの会“でも開かれてんじゃねーの」
 これは潮評。
計はもう四回を過ぎたところで正直どうでも良くなり、なんならその場で開封して食べられるものは食べていた。「国江田くんがするめをかじってる姿、激レアー!」と笑いの種にされることだけは気にくわなかったが、国江田さんモードで堂々とそんなものを食べられる機会は早々ないからそこは目をつむることにした。
六回目の恩返しからちょうど一週間後。また一仕事終えて戻ったデスクには明らかに怪しげな保冷バッグが置かれていた。ここに来ていよいよ生ものかよ。食料給付か。
「ああだめだよ! 鶴からの伝言で、『家に帰ってから開けてください』って。良かったね、家で開ける楽しみ増えて」
 いや、そんなの望んでねーし。
「ほら、やる」
「ん? なにお土産?」
 帰宅してすぐ潮に保冷バッグを差し出した。
「鶴からだよ。家帰ってから開けろって。だからお前が開けろ」
「なに、鶴からの伝言に従ってまじで家着くまで開けなかったの? お前、そういうとこほんと素直で可愛いな」
「うるせー! いいから開けろ!!」
 なんとなく今回は嫌な予感がしていた。六回いいものもらったから、七回目の今回はなにかあるのではないかと。びっくり箱的ななにかも入っていて、最後はドッキリでした~なんて陳腐な展開が待っていそうで、いろんな意味で怖くて開けられない。
 そんな計の臆病なんてお構いなしに潮は嬉々として保冷バッグのジッパーを開ける。中から出てきたのは以前お正月の帰省の時にもお土産にした例の高級バターが出てきた。なにこれ、俺の趣味見透かされすぎて気持ち悪くね?もしかして鶴って言いながら本当はストーカーだった?
 嫌な悪寒が背筋を駆け巡っていると、ほら、と潮から一枚のメモ紙を渡された。
『全七回の恩返し終了です。パイセン、お情けありがとーございました!皆川鶴起』
「あいつかーーーーーーーーッ!!」
 怒り狂う計と、腹を抱えて笑う潮。なるほど、ここまで見越しての”家で開けてください”という訳か、と笑いながら潮は感心していた。思い返してみれば確かに、雑談の流れで計が家で食べているジャンクな食べ物の話を竜起にしたことがあったかもしれない。けどそんなの十の昔の話でよく覚えていたなと逆に感心するほどだ。抜け目ないというか、なんというか。
「あー笑った……。あれだろ、なっちゃんにバラした云々のお礼」
「はあ?!」
「一番富久じゃなかったのに結局教えてやったじゃん、それだろ。あいつなりのお礼だよ」
「ならもっといいものよこせ!!」
「それはあいつのさじ加減だから俺は知らねーって!」
「殺す、明日あったらあいつ殺す」
「おいおい、物騒なこと言うのやめろ」
 怒り狂う計のご機嫌を取るために、潮がその高級バターを使い、慣れ親しんだバターしょうゆおかかごはんを作ってくれた。正月恒例の特別感が急に降ってくる感じ、棚からぼた餅感が強い。いろいろ悔しいけどバターに罪はないからとせっせと食べる。
 自分の裏側を見せるのは本当に不本意だった。けどあいつが真剣に鬼太郎の方を向いていると思ったから、最終的には自分の判断でバラすことを決めた。竜起は紛れもない事実として一番だったから。それに水を差して失格にさせたのは計だ。まんまとはめられた竜起が悪いとは未だに思うけど、そう切り捨てられるほど薄情になり切れなかった。悔しいけど。
 あくまで計が自分で判断して決めたことだから礼なんて言われる筋合いなんてない。いや、有り難く思ってんならもっといい恩返しをしろってんだ。なんだよ、駄菓子に始まって最後はバターって。食いもんばっかの全七回のお礼ってどんだけ安上がりなお礼だよ。
 悪態はつき始めたらキリがない。
でもこのバターが切れるまでは食い意地の方が勝ってくれる。
「いい食いっぷりだな」
「うるへー」
 しばらくは油脂には困らなさそうで、帰ったらこのバターが待っていると思えば少しは仕事も頑張れる、かもしれない。

「あ、パイセンおはよーございまーす! 楽しんでもらえました? 鶴起の恩返し」
「おはよう皆川くん。鶴はさっさと空に帰えった方がいいんじゃないかな」
「えー後半楽しんでたくせにー! 先輩のいけずーー!」
 まじで黙らせたい、この男。二度と話しかけてこられないようにその口縫い付けて喋れなくしてやりたい。
そんな計の苛立ちに反して、国江田アナと皆川アナ超仲良し説だけが一人歩きして、女性スタッフがそれはそれは喜んでいたとか、いないとか。


#一穂ミチ #二次創作 #小説 #商業BL
#イエスかノーか半分か #恋敵と虹彩
#国江田計 #都築潮 #皆川竜起

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