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葛を利用して醤油を作ろうとした記録

初めに

 醤油は日本独自の調味料で、高級料亭の寿司からコンビニで買える身近なみたらし団子まで、様々な場所で用いられている親しみのある食材です。自炊をしない人であっても家に醤油があると言う人は多いのではないでしょうか?
 そのような調味料の常として、普段我々の大多数は醤油を作った経験がありませんし、醤油の成分もあまり意識した事が無いのではないでしょうか?醤油の主な成分は塩分の他に呈味性を持つたんぱく質の分解されたアミノ酸やペプチドであり、他に糖やアルコール、エステルなどの香味成分などの物質から出来ています。
 全ての化学物質はコストを度外視すれば生成できる筈ですが、あるものを作る場合その経路は一つとは限らないわけです。実際に先の大戦では末期にはアミノ酸液が殆どの合成醤油が使われていたと言います(アミノ酸液は今の醤油にも用いられているものですが、アミノ酸液の比率が非常に高い、或はアミノ酸液のみで作られていたものもあったようです)。そして醤油の原料は大豆であるわけですが、大戦末期の工業用合成アミノ酸液には人毛が使われたと言いますが、理屈の上ではそのぐらい別の方法もありうる話であるわけです。

実際アミノ酸の原料として何が有効なのか

 醤油の原料になっているのは大豆であるわけですが、何の意味もなく大豆が原料になっているわけではありません。大豆は蛋白質を多く含んでいますし、その理由の一つとして根粒菌によって窒素からアンモニアを合成し代謝できる形に変換し、アンモニアから蛋白質の原料となるアミノ酸を合成している事が上げられます。逆に言えば、根粒菌を用いているような蛋白質を豊富に持つ植物であれば、他の植物より容易にアミノ酸液にする事が出来ると考えられるわけです。
 いくら優れた植物であっても、手に入らなければ絵に描いた餅に過ぎません。よって、短絡的に考えた時、身近に存在するマメ科(主にマメ科に根粒菌は共生します)の繁殖力の強い、出来れば食用にされた実績のある植物が良いわけです。既に多くの蛋白質源があり、様々な加水分解によるアミノ酸合成と利用が行われていますが、マメ科を用いる事によって風味が似通うだろう事を期待できる事も要因の一つであります。それで、その候補として葛があるわけです。
実際に葛がたんぱく質の量が多いのかどうかは既に研究が行われており、蛋白質は豊富に含まれているとされています(注)
そして、葛は歴史的にもくずもちとして、また飼料としても長く食べられてきた植物でもあります。よって、発想として葛を用いて醤油を作る事が出来ないかと言う可能性があるわけです

方法について

 既にたんぱく加水分解物などで実績のある塩酸による酸加水分解反応を用いたのち、水酸化ナトリウムで中和し塩酸を取り除きます。
また製造されたアミノ酸液には糖分や色素が足りない為、蔗糖とカラメル色素で味を調えます。

製造

1.準備した葛の若芽、若い葉っぱを切り刻みます

 若葉と若芽を用いたのは成長過程の部位には豊富なたんぱく質が含まれている筈だったからです。この段階から美味しそうではあります。
今回は手間もあって切り刻むだけでしたが、蛋白質のより十分な分解と抽出の為には磨り潰した方が好ましいと思います。

2.塩酸に漬けます


本当はこの段階から一気に加熱して分解するつもりだったのですが、案外揮発を防ぐ為に沸騰して揮発しないよう調整しつつ火をずっと見ているのが面倒だったのである程度加熱した後数日放置しました。塩酸は1%のものを用いて分量は葛1:塩酸3ぐらいだったと思います(数か月前の事を文章にしているので厳密な数字は覚えていません)。

3.水酸化ナトリウムを加え中和した後煮ます

 計算して中和して煮ました。どの程度の分量を入れたかは覚えてませんが、塩酸は加熱すれば揮発するので気分多めに入れた気がします。あと中和した時変化して退色していたクロロフィルが色を取り戻しているの綺麗でした。漏れ出無いように換気扇に濡れタオルかけたりしたんですが少し喉が痛くなった気がしますが、それはさておき水酸化ナトリウムは1mol/Lのやつを使いました。結構量が多くなったので中和できなかった塩酸が消えるのを期待しつつ煮込みつつ、その結果が

 こちらです。割とこの程度の色合いでも味はしっかりします。うま味がちゃんとある。
しかし甘みも無くて色も違うので微妙な感じです。

4.蔗糖とカラメルを入れます

 カラメルは砂糖から自作、蔗糖は市販の白砂糖です。
子細は略します(分量は味見しつつ調整したので特に書けません)。

5.完成

完成品(右、左は対照としての本物の醤油です)

 完成です。本物と比べると張力が弱く、色も白くなりました。前者は煮込みの不足(味はしょっぱいので煮込みの不足、塩酸の多さが原因だと思います)、後者はカラメル色素の分量が足りなかったです。苦みが強いと良くないので……。

 イケます。えぐみと言うか苦みが多少あるんですが、これは製法の問題だと思います(炭酸ナトリウムか水酸化ナトリウムが分量に対して多く残っていたんだと思います)。しかし少なくともこれで寿司とキツネうどんを作って食べたのですが、完食出来たので特に問題はありませんでした。ただ、葛独特の香りが非常に強くする一方で醤油の独特の風味のようなものは無かったので、葛の香りが苦手な人がいたならば苦手になる事もあるやもしれません。塩気も薄かったのでもっと煮込めばよかったなと思います。

結論

 葛から醤油を作る試みはある程度成功しましたが、私一人しか舐めていないのと製法が洗練されていないためにその味は未だ途上だと言わざるを得ない結果になりました。例えば事前に葛をある程度炒る、或は煮込んでから製造する、或はより時間をかけて分解する、オートクレーブを利用して分量を管理して製造するなどの手法を使えばよりおいしいものが出来ることは間違いないと思います。また、カラスノエンドウなどの全く別の身近なマメ科植物を使って作るなどしても有望やもしれません。これから日本においても食糧危機は起きないとは言い切れない現状ですから、我々の普段食べない植物から様々なものを作る試みの一つとして見た時、葛から醤油を作ると言う試みは間違った方向性では無かったと総括したいです。


(注.)
岡山畜産頼り 第三号 家畜飼料用クズの栽培 吉岡 隆二

http://okayama.lin.gr.jp/tikusandayori/s2501/tks08.htm

葛の葉の化學的成分に就て 佐々木 林治郎 日本農芸化学会誌 1927年 3 巻 11 号 1183-1190

https://www.jstage.jst.go.jp/article/nogeikagaku1924/3/11/3_11_1183/_pdf/-char/ja



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