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TOKYO2020男子バレーボール分析&総括③~サーブ得点割合減少の背景~

こんにちは。ray-manと申します。

前回前々回の記事をお読みいただいた皆様、誠にありがとうございます。これまで、『TOKYO2020男子バレーボール分析&総括』と銘打ったシリーズを執筆してきました。そして、このシリーズは前回の記事でいったん打ち止めということにしていました。

しかし、これまでの分析ではわからなかったことが、今回、新たな分析と資料の入手によりぼんやりと見えてきました。そこで今回、予定外の第3回を執筆することにしました。

これまでのあらすじと本記事の概要

これまでのTOKYO2020男子バレーボール分析&総括シリーズでは、東京オリンピックの男子バレーボール競技における全体・各チームの得点傾向について分析してきました。その結果、Tokyo大会は①サーブ得点割合の低下②アタック得点割合の上昇という2つの特徴が見られていたことがわかりました。この結果から今大会では、サービスエースに依存せず、いかにトランジションアタックで得点するか、という点がブレイク戦略上重要になっていたことが推測されました。

しかし、なぜサーブ得点割合が減っているか、という点については根拠に乏しい簡単な考察しかできていませんでした。

そこで本記事では、追加の分析を行うとともに、文献を引用しながら、なぜサーブ得点割合が減ったのか、また、この傾向は継続するのか、という点について考察を行いました。

Tokyo大会のサービスエース

本記事ではまず、選手個人のサーブ成績に着目した分析を行いました。

なお、今回の分析で用いたデータは全て、各大会におけるサーブ打数が21本以上の選手のみを対象としています。また今回の分析には、K.F 様(TwitterID: @KFvb1014)がCSV形式に起こしてくださったオリンピックスタッツ(Tokyo大会、引用1)と、バレーボールスクエア様の公開データ集(RioとLondon大会、引用2)を用いています。

まずは、各大会における選手ごとのサービスエース本数について調べました。横軸に大会を通したエース本数を、縦軸に各大会における累積相対度数(その得点以下の選手の割合、引用3)を示しています。

それでは結果です。

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青で示したTokyo大会はエース数1-4においては最も上にありました。しかし、エース数5-7においてはRioが最も上にきています。そして、エース数8を超えたあたりからは、大会間の差はほとんど見られていませんでした。また、累積相対度数が0.5を初めて超えた得点、即ち中央値は、Tokyo大会は2点、過去大会は3点でした。

以上の結果から、Tokyo大会のエース数分布は、エース数0-4に相対的に多く集まっており、過去大会に比べて、サービスエース数の少ない選手が多かったことがわかりました。


次に、選手ごとのサービスエース率(エース数/打数×100)を調べました。

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Tokyo大会のエース率の中央値はRio大会と比べて若干小さくなっているものの、ほとんど差が見られませんでした。しかし、箱の大きさが小さく、上位25~75%のエース率を記録した選手が中央値付近に強く集まっていました。またそれに伴い、エース率7~10%付近の分布が、過去大会よりも少ない傾向にありました。なお、一部エース率が極端に高いサーバーがいますが、短期決戦ではこういう選手が出現することはよくあるため、あまり気にしなくてもよいと思われます(ちなみのTokyo大会の上外れ値3人は、ポーランドのSemeniuk選手; 20%、Leon選手; 16%、イランのEbadipour選手; 13%)。

以上より、Tokyo大会では、極端にエース率の高いサーバーが数人いたものの、全体的な分布は中央値付近に集まり、高エース率層に位置する選手が少なかったことがわかりました。


次に、エース数が3(各大会の中央値以上)を超えるサーバーを"パワーサーバー"と定義し、パワーサーバーのエース率を各大会で比較しました。

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Tokyo大会におけるパワーサーバーのエース率は、下の方に大きく集まり、エース率の中央値が低下していました。

データ全体の分布を比較すると、Rio大会の分布は中央値付近に集まっていました。一方、London, Tokyo大会は中央値以下には狭い範囲に密集し、中央値以上では広い範囲にばらける傾向にありました。

以上の結果をまとめると、Tokyo大会においては、サービスエース数の多いパワーサーバーのエース率は低下傾向にあったことがわかりました。また、データの分布から、上位のエース率を誇る選手のエース率がばらつく傾向にあったこともわかりました。

サーブコストの変化

次に、サーブで得られる利益の大きさを推定するために、サーブコスト(エース/ミス)を比較しました。なお、今回はサーブコストが1以下の選手のみを対象としています(1を超えるハイパフォーマーはLondon9人、Rio4人、Tokyo2人)。また、当然のことながら、サーブミス数が0の選手は含んでおりません。

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まずは、選手全体のサーブコストを比較しました。その結果、Tokyo大会のサーブコストはLondon大会には及びませんが、Rio大会に比べると若干上昇していました。

次に、パワーサーバーに限定してサーブコストを比較しました。

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全体で見られた傾向とは逆に、Tokyo大会のパワーサーバーはサーブコストが過去大会よりも低いところに集まっており、中央値も低い数値を示していました。

以上より、今大会におけるパワーサーバーはサーブミスの割にサービスエースを稼げておらず、全体的には低パフォーマンスの傾向にあったことがうかがえました。

レセプション返球率の変化

ここまでで、選手ごとのサーブ指標を確認してきました。しかし、サーブの状態を理解するためには、レセプション側からも評価する必要があります。

そこで、大会ごとのレセプション返球率を比較しました。なお、VISのレセプション返球評価は2015年ごろに変更されているため、それ以前に行われたLondon大会の結果は除外しています。

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Tokyo大会のレセプション返球率はRio大会と比べて向上しており、レセプションの大崩れが減少していることがわかりました。

考察とまとめ

本記事では、これまでの分析で見られたTOKYO2020におけるサーブ得点割合低下の背景を探るために、TOKYO2020におけるサーブ関連指標の分析を行いました。その結果、今大会ではサービスエース数の少ない選手が増加していたことがわかりました。また、サービスエースの多いパワーサーバーにおいては、サービスエース率とサーブパフォーマンスの低下傾向が見られました。加えて、レセプション返球率はRio大会に比べて向上していることがわかりました。

これらの結果は、本来エースを量産するべきビッグサーバーがサービスエースを取れていなかったため、サーブ得点割合の全体的な低下が起こっていたことを示唆しています。それでは、なぜビッグサーバーがエースを取れなくなっていたのでしょうか。

そのヒントは、2020年1月発行のバレーボールNEXt Vol.8の西田有志×増村雅尚スペシャル対談(引用4)にありました。この対談における西田選手の発言によると、2019年のワールドカップ時点で、ジャンプサーブによるサービスエースの減少傾向が既に見られていたそうです。2019年のワールドカップといえば、公式球がMIKASA V200Wに変更された初めての大会です。そして元・全日本選手であり、現在は動作分析の専門家である増村准教授(祟城大学)は、この対談の中で以下のように述べています(抜粋・要約)。

・V200Wは軌道変化が起こる速度が前のボール(MIKASA MVA200)と異なる。

・V200Wのジャンプフローターは遅く、変化しない。

さらに、西田選手はV200Wはサーブが遅く見えた、とも言及しています。

一般に、一定以上のレベルのスパイクサーブは、球威だけでなく、手元での左右の変化があるために、レシーバーはレセプションに苦しみます。実際、上記の対談では、西田選手がワールドカップでサービスエースを量産できたのは、彼のサーブがボールの特質とマッチしており、サーブがよく曲がっていたからではないか、とコメントされています。

これらのコメントを総合すると、2019年ワールドカップにおけるジャンプサーバーのサービスエース減少は、各国の選手たち(特にジャンプサーバー)がV200Wにマッチしておらず、ジャンプサーブの軌道が比較的単調であったことが原因の一つだったのではないか、と推測されます。また、MVA200時代に比べて、ジャンプフローターもそれほど脅威になっていなかったことがうかがえます。

以上を踏まえると、TOKYO2020におけるパワーサーバーのエース率低下は、ボールの変更が要因の一つであった、と推測されます。

また、今回の分析で見られた上位パワーサーバーのエース率のばらつきも、V200Wにマッチしていたか、していなかったのか、の差が反映された結果ではないかと考えられます。


今大会のサーブの特徴として、ショートサーブの流行も挙げられています(引用5)。TOKYO2020はパンデミックの影響で、件のワールドカップの2年後に開催されました。そのため、ワールドカップでの傾向を踏まえて、各国がサーブ戦略を練り直していたと思われます。特に、ジャンプフローターサーブは変化が小さくなり、Rio大会前後で流行した高速ジャンプフローターではエースを取りづらくなっていたと考えられます。それならば、ジャンプフローターはリスクを背負ってまでサービスエースや大崩しを狙うのではなく、アタッカーの攻撃参加を妨げるようなコントロールサーブを織り交ぜていこう、となったのではないでしょうか。そして、コントロールサーブの一環として、組織的にショートサーブを導入するチームが増えたのではないかと考えられます。

また、レセプション側の視点に立てば、上記のようなジャンプサーブ軌道の単調化とジャンプフローターのリスクマネジメントが進行し、大きな脅威となるサーブが減少したために、返球率が向上したのだと考えられます。ただし、返球率の上昇幅が異常ともいえるくらい大きいため、少し気を付けて扱った方がよいデータだと思われます(注1)。


以上の内容をまとめると、TOKYO2020で見られたサーブ得点割合の減少はボールの変更に伴うビッグサーブの弱体化と、ジャンプフローター戦略の変化が要因の一つだったと考えられます。そのため、V200Wが用いられる次の世界選手権や今後の世界大会でも、サーブ得点割合の減少傾向は維持されるのではないかと予想されます。しかし、V200Wに適応するジャンプサーバーが増えれば、この傾向は維持されないかもしれません。こればかりは蓋を開けてみないとわからないので、男子バレーボールのサーブ環境は今後も注視していく必要があるでしょう。


最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。本記事を読んでのご意見・ご批判は大歓迎です。議論を行い、現象の理解を皆で深めていきましょう。コメントはこちらの記事に直接でも、Twitterのリプライ、引用リツイート、DM上でも問題ありません(Twitter: ray-man | @001Sgss)。何か思うことがあれば、コメントいただけますと幸いです。よろしくお願いいたします。


21.09.08補足

レセプション返球率の極端な上昇について、TOKYO2020と同じ日本で開催された2015ワールドカップと比較してみたらどうか、という提案をUn participent様(TwitterID: @shtsgs)からいただきました。そこで、バレーボールスクエア様の公開データ(引用2)を用いて、2015ワールドカップ、およびそのころに開催された国際大会のレセプション返球率を比較しました。なお、ワールドリーグはグループ1(最上位層)のみを対象としています。

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World Cup2015とTokyo2020を比較すると、Tokyo2020の方が返球率が高い傾向にありました。また、Rio2016の直前に日本で行われたリオ五輪最終予選(OQT)と比べても、Tokyo2020の返球率は高かったことがわかりました。

一方、2015-2016期間の大会の返球率を比べると、Rio2016は最も低いことがわかりました。また、Rio2016はレセプション成功判定が緩くなる前の2014年以前のデータと比較しても、低かったことがわかりました。

以上の結果を総合すると、Tokyo2020は過去の他の大会と比較しても返球率が高かったことがわかりました。ただ、この変化がレセプションの向上を反映しているのか、それとも判定員の違いによる差なのかは判断しかねる結果となりました。

一方、Rio2016はレセプション判定が厳しかったころと比べても返球率が低く、これは異常な低さと言えます。本記事の分析で示したように、Rio2016におけるサーバー全体(21打数以上)のエース率はLondon2012よりも低く、Rio2016はサーブが強烈だった、とは言い難いと思われます。しかし、その強烈なサーブをなんとか上げていたためにエース率は抑えられたが、返球率が低かった、という可能性も否定できない結果となりました。そのため、Rio2016も判定員のレセプション返球判定が厳しかったのか、レセプションが本当に乱れていたのかは判断しかねる結果となりました。

結局、公式記録を用いた大会間のレセプション返球率の比較は難しいことがよくわかりました。そのため、本記事のレセプション関連の項目は、ふーん程度に読んでいただければ、と思います。


謝辞: 本記事を書くきっかけとなった、TOKYO2020個人スタッツのCSVデータを作製していただきましたK.F 様(TwitterID: @KFvb1014)、および的確なコメントをいただきましたUn participent様(TwitterID: @shtsgs)には、心よりの感謝を申し上げます。ありがとうございました。


注1: 基準改定前(2009-2012)のVISレセプション返球率は平均が51%という報告がある(引用6)。VISの基準改定により、返球成功判定エリアが広がったため、返球率のデータの分布を考慮しても、Rio大会の返球率中央値が40%を下回るというのはやや違和感がある。ただ、本当に返球率が低かった、自分の分析ミスという可能性も大いにあるので、お心当たりのある方は、ご教示いただけますと幸いです。

引用1: https://github.com/sasnorth/olympic2021/tree/master/men/stats

引用2:  https://www.facebook.com/volleyballsquare/posts/297903807285242

引用3: https://mathwords.net/dosuu

引用4: 金子裕美 (2020) "Special対談 西田有志×増村雅尚 世界へ羽ばたくべくして羽ばたいた新星。果てしない探求心とパフォーマンス力で日本を救う" バレーボールNEXt Vol.8, 有限会社ブランニュー, pp16-24

引用5: https://sputnik0829.hatenadiary.com/entry/2021/08/01/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E4%BA%94%E8%BC%AA%E3%81%AB%E8%A6%8B%E3%82%8B%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%83%88%E3%83%83%E3%83%97%E3%81%AE%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%89

引用6: 佐藤文彦、渡辺啓太 "バレーボールにおけるレセプションが試合の結果に及ぼす影響" (2015) バレーボール研究, 17(1)






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