[異邦人]とエトランゼは意味が違った
ある幼年者を想像する。
彼は、日本語を習得する過程ですぐに言語の法則に気づき、独自の言語体系を開発する。その言語はすべて見上げた夜空にある星々と関連づけられた単語で成り立っている。心のなかで物事を考えるときも、そのオリジナルの言語を使う。
そういうことができるので、日本語も相当上手に使えるから、コミュニケーションに困ることはない。ただ、つねに孤独だ。
自らを異邦人と捉えている。
恋はいつもエトランゼ?
エトランゼは、異邦人の原語をカタカナ読みにした言葉で、もとは、フランス語の「étranger」だ。
という情報で、岩崎宏美の歌詞〈恋はいつもエトランゼ〉を説明できるだろうか。恋はいつも異邦人。正直、何をいってるのか分からない。相当、詩的に圧縮された一文に思える。たった十語の「恋はいつもエトランゼ」を、誰にでも分かるように翻訳すると、百字くらいの日本語になりそうだ。だから、もう少し、エトランゼの意味を見ておこう。
エトランゼの原語である「étranger」の意味は、外国人。外国から来た人。部外者。よそもの。無関係な人。
これが「異邦人」と和訳される。邦人と異なった人、という意味だが、邦人は「自分の国の人」という意味らしい。アメリカでは邦人は日本人ではなくアメリカ人となる。ただ、この言葉が日本語なので、日本人を指すことになりやすい。確かに、連邦と聞いたとき「邦」に日本をイメージしない。
上のリンク先では、「異邦人」の意味を、外国人、異質な人物、別の地域社会から来た人、旅人、見知らぬ人、と説明している。
このURLは、「異邦人」という題でどのような心情が描かれてきたのか確認するために、Spotifyでまとめてみたリストだ。
上の投稿で、77曲中8曲、シンプルに「異邦人」という題のものを確認している。今回はさらに、「エトランゼ」や「étranger」という題の18曲をみていきたい。
ところで、冒頭に記したオリジナルの言語体系を作った幼年者がいだく「私が異邦人である」という心情は主観的だった。しかし、「異邦人」の原語「étranger」をカタカナにした日本語「エトランゼ/エトランジェ」はだいたいが客観的に異邦人を眺めている。
まず、そう分類する必要がある。
ミステリアスで好奇心がそそられる、存在が異質、異国の人、未知なもの
エトランゼ問題を口にしたところ、知人がそのように「エトランゼ」の意味を汲み取ってくれた。
岩崎宏美の歌詞〈恋はいつもエトランゼ〉とは、「恋はいつもミステリアスで素敵」ってことだ。
つまり「エトランゼ」という言葉は、「異邦人」からイメージされる幾らか共通のムード自体が意味となっている。「異邦人」と「エトランゼ」は同じ内容を示していない。「エトランゼ」は、「étranger」とも「異邦人」とも違う。口語派生的(パロール)といえる。
〈暁の愛はエトランゼ〉という出だしで始まる、Changin' My Lifeの曲がある。なるほど、暁の愛は、異邦人に対して「私たち」「マジョリティ」が連想するように、ミステリアスで素敵なのだ。
先の、オリジナルの原語を作った幼年者がいだく「私が異邦人である」というのは「マイノリティ」の心情だから、正逆だ。
自分は、後者で「異邦人」という言葉を認識しているから、違和感を持ったのだろう。
これは、日本が島国であることと関係しているように思う。
エトランゼという題の曲の数々
以上のことを踏まえた上で、「エトランゼ」や「étranger」という題の18曲を駆け足でみていきたい(寺内タケシはインストなので省く)。
前回の投稿では、情緒的、市井的、異端的、観光的、客観的、と五種類に異邦人を分類してみたので、ここでもそれを確認する。ただし、新しく、関係的、神秘的、主観的、の三種類が加わる。
情緒的
大竹佑季は、2005年デビューの歌手。恋が終わることで、これまで見てきた世界と違う場所に来る。そこでは、私はまるで異邦人のようである。
どうして手はふるえる / かすんでく 消えてゆく この想い エトランゼ // はじめての景色でさえも 今日はなぜか懐かしくてあたたかい // この街には 涙を隠す場所もない / この街には あなたはいない
柏原芳恵は1980年デビューの歌手。どこか異国で、一人きりでいるセンチメンタリズム。逃避の思いが強い不思議な曲。
連れてって私の知らない所 // 広いこの世界を / あなたもひとりきり / ゆられて来たのなら / わかってくれるでしょ この気持 / 誰かの手を離れ ピンクの風船が / 飛んでゆくの見える / 哀しいとても
加藤いづみは90年代GiRLPOPの代表格。1991年デビューの歌手。しっとりとしたボサノバ調。誰も知らない場所で気楽に過ごす異邦人感。
エトランゼ異国の街で / ふたりきり旅人になった / テーブルで燃えるキャンドル / 覚え立てのチェスをしたりする
巡音ルカはボカロで、「エトランゼ」は ひとり の書き下ろし曲。情緒的異邦人の特徴は、ある大きな負の出来事がきっかけで、これまで生きてきた場所とは違う世界に踏み込んでしまったような心象風景を生きている。
あなたの記憶はもう 白紙に染まってた / 名前を呼んでほしい // あの日は帰らない / ひとつひとつまた集めよう / そんな悲しい顔はやめて / 全てをなくしたとしても / 何度でもやり直せばいい / また歩き出そう
Sheepdogs in the Hollowはロックバンド。曲名は「etranger」だが歌詞でエトランゼは歌われない。だいたいどこかで挫折を味わって、立て直す局面がある。故郷から異国へ旅立つ心象風景が現れる。
失くしたものを辿る旅を続けてここまで来たけど / 眠らない街で見る醒めない夢に溺れた
市井的
anlyは、NARUTOや新宿スワンII、銀河英雄伝説などに曲を提供している、沖縄出身のシンガーソングライター。ビビらず、自分らしくいようぜっていう歌のようだ。
そのハートを今解き放て / ともに踊ろう エトランゼ // 自分に嘘ついてないか? / 見えない鎖につながれた / 人間にはなりたくない
GUN-GRU-OWNは、ロックバンド。耳コピで歌詞を拾ったが、エトランゼというワードは歌詞の中には出てこない。
僕には見えなかった君が見つめる世界 / 僕は目を凝らしたぼやけたままの未来 / 僕らが胸焦がしたありふれた思いは / 重なりあい奏であいいつかを目指す
Rose & Rosaryはアキバ系ロックバンド。市井的だが、若干の異端的。市井的というのは、飛び込んだ社会で自分を見失わずがんばろう、という青春感がある。今回の18曲には異端的異邦人はなかったので、ここで説明すると、貫く過程で、社会のマジョリティにカウンターを始めた状態だ。
籠の中 ただ 過ぎる時を / 憂う僕らは まだ / 産み落とされた / この世界に慣れることも出来ず / 流されるままBAD END / それでいいの?名無しのエトランゼ
観光的、客観的、の異邦人もこの18曲にはない。
関係的
石黒ケイは1977年デビューの歌手・女優。この曲は、関係的異邦人。基本的に、誰かとの恋愛関係を歌っている。ドッペルゲンガーのような完全な分身にでも出会わない限り、この人の思いは私に似ている、代弁している、といったことはあったとしても、この人は私だ、とはならないと思う。だから当然、どれだけ多くの出会いを重ねたとしても、一人一人が違う。そういった人と人との関係で最も生々しいのが恋愛だ。すれ違ったとき、必然的に、どちらかが異邦人だ、という表現がされる。
美しく愛された日々を 今になって振り返る / エトランゼ 約束で終わるドラマだった あの人の前では異邦人 / 冬の異国 シルクの階段 降りてく二人 / 冬の衣装 私のコートに愛は見えない // やりなおせるなら コートを脱ぐわ
スターダストレビューは1981年メジャーデビューの音楽グループ。なかなか含みのあるムーディーな曲。
C'est la Vie l'amour 罪じゃない / エトランゼの今なら / 狂おしく 抱き合えば 闇が熱い // エトランゼでいるなら / もう一度 出逢っても ふりむかない
桂銀淑の曲はひらがなで「えとらんぜ」。韓国出身のトロット歌手、演歌歌手。〈あなたと私の 言葉も違う〉と歌われるように、他国の者同士のあいだに横たわる距離感も描かれている。
同じ時刻に飛び立つ翼で / 私は南へ あなたは北へ / 恋の終わりはエトランゼ
大貫妙子の曲は「エトランゼ~etranger」。シンガーソングライター。包み込むような曲で失恋を歌っている。
空の切れ端が / 小さな噴水の中へ落ちてきた // ため息をつくかわり深呼吸した / いいことばかりはないと / この街に暮らしても 私はただの / すれ違うエトランゼ // わかってる そしてあなたはもう来ない / 長い冬にさよならを
ほしすみ は男性ミュージシャン。Spotifyに「etranger」の1曲だけがある。
見せかけの恋 友情 見知らぬ心で愛を囁く / 今夜も優しく騙して 今 / これが最後ねエトランゼ / ただの行きずりエトランゼ / 二度と会えないエトランゼ
神秘的
岩崎宏美は1975年デビュー、オリコンベスト10入り15曲の歌手。先に歌詞〈恋はいつもエトランゼ〉をミステリアスで素敵な異邦人のよう、と解説してみたので、神秘的異邦人、としたい。
せめて華やかに傷つくわ / いつか甘やかに想い出す / そしてあなたに感謝したい / 見も知らぬ私を見た / 恋はいつも エトランゼ
田村ゆかりは声優、歌手。自分のなかの他人としての神秘的異邦人。
追いかけてこないで どうして 憶えた ぬくもりを なぞってしまうの / ずっと ずっと 消えない // 恋なんて 知らないわ 胸の中のエトランゼ / うそつきね ほんとうは あなたを待っているのに
Changin' My Lifeは音楽ユニット。先に引用した〈暁の愛はエトランゼ〉が冒頭。熱くて、楽しそうでいい。未知はまだまだある。
蜃気楼 夢はエトランゼ / 素肌見せたビーナス / 解けない凍った大地を / 温めて抱いてあげる // 光 行方 エトランゼ 踊り明かす オーロラ / 優しい呪文で 錆びついた心までほどくよ / いつか
主観的
スピッツは1987年デビューのロックバンド。以下が、草野マサムネの文学的な全歌詞。この短い曲のタイトルがエトランゼ。どういうタイプの歌詞だろうとしばらくじっと考え込んでしまった。これは前回の投稿で記したスティングの「Englishman In New York」同様、さらに、冒頭の幼年者のような、異質者の主観的異邦人、マイノリティの告白だ。
目を閉じてすぐ 浮かび上がる人 / ウミガメの頃 すれ違っただけの / 慣れない街を 泳ぐもう一度 闇も白い夜
すべての人が、私は異邦人だ、他の誰とも違う、といった思いにこだわっているようには思えない。思考の基盤において、何を基準として選ぶか、というのもあると思う。
77曲の異邦人
ここで、Spotifyで作ったリストを改めて載せておきたい。
曲順は、
エトランゼという題で歌手名順
étranger(邦楽)
○○のエトランゼという題で曲名順
○○のエトランジェという題で曲名順
○○の異邦人という題で曲名順
異邦人という題で歌手名順
異邦人という題のインスト
という並びになっている。
と前回記したが、まず、異邦人という題を歌うミュージシャンは8組。久保田早紀、蔡楓華(ケン・チョイ)、笹川真生、さだまさし、Jurassic Jade、MONO NO AWARE、モーモールルギャバン、秋組。この8組による曲「異邦人」は、前回の投稿でざっと眺めてみた。
今回ざっとみた18曲、エトランゼ(étranger)という題を歌うミュージシャンは、大竹佑季、柏原芳恵、加藤いづみ、ひとり(巡音ルカ)、Sheepdogs in the Hollow、anly、GUN-GRU-OWN、Rose & Rosary、石黒ケイ、スターダストレビュー、桂銀淑、大貫妙子、ほしすみ、岩崎宏美、田村ゆかり、Changin' My Life、スピッツ。キーワードでデータベースを切ると意外な組み合わせができるので、普段触れないタイプを知ることができていい。
寺内タケシはインストだったが、加えてあと5曲ある。カモネギー「異邦人との夜」、菅野祐悟「異邦人」、志方あきこ「Farfalle〜異邦人」、原公一郎「異邦人」、Blue Panda「恋人は異邦人」。ロックからピアノ曲、尺八まで幅広い。ミュージシャンの中でも楽器奏者は総じて異邦人性が高い。
○○の異邦人という題の曲は、8曲。氏神一番「エトランゼ ~異邦人~」、鈴木聖美「愛したら異邦人」、J・A・シーザー「異邦人の揺籠歌」、甲斐バンド「異邦人の夜」、DER ZIBET「彷徨える異邦人」、りりィ-洋士「誰も異邦人」、Morry-P「街角の異邦人」、香西かおり「ヨコスカ異邦人」。
○○のエトランゼ/エトランジェ(étranger)は、38曲。
THE ROKKETS「L'ETRANGER(雨のエトランゼ」、佐藤博「宇宙のエトランゼ」、南野陽子「鏡の中のエトランゼ」、Substreet(初音ミク)「影踏みエトランゼ」、中村由利子「風のエトランゼ」、工藤静香「哀しみのエトランゼ」、フーバーオーバー「気分はエトランゼ」、成田賢「今日からエトランゼ」、まなみのりさ「桜エトランゼ」、原由子「潮風のエトランゼ」、ヤドランカ「砂漠のエトランゼ」、Black D「シャボン玉エトランゼ」、EPO, 桂銀淑, 桑木宏子「上海エトランゼ」(同名異曲)、片霧烈火+古川もとあき「少年エトランゼ」、 アリスリーゼ・ルゥ・ネビュリス9世「奏響エトランゼ」、ガクロン「大都会のエトランゼ」、ハン・ジナ「東京エトランゼ」、あやね・えり「トワイライトエトランゼ」、ココネ「夏の海とエトランゼ」、郷ひろみ「八月のエトランゼ」、佐藤隆「白夜のエトランゼ」、河上幸恵「ブルーエトランゼ」、山瀬まみ「星空のエトランゼ」、渚ゆう子「港のエトランゼ」、ススムスズキ「無能のエトランゼ」、愛乙女☆DOLL「流星エトランゼ」、冠二郎「望郷エトランゼ」、A Cup Of Muddy Water「夜風のエトランゼ」、NICO Touches the Walls「エトランジェ」、キリンジ「温泉街のエトランジェ」、MISIA「冬のエトランジェ」、Naoko Shibuya「プレリュードエトランジェ」、魔都めんま「迷宮のエトランジェ」、来生たかお「夜にエトランジェ」、 ROCK DOWN+小野田翔「étrangère -砂海の魔術師-」、吾輩はウニである「étrangère exploration」。
この歌詞の調査はもはや異邦人文学研究だ。
Spotifyにある曲だけをピックアップしたので、まだ他にもありそうだし、うっかり取りこぼした曲もあるかもしれない。
上のリスト77曲の、まだここで眺めていない(インスト以外の)残りの46曲も、眺めていきたいと思っている。
_underline, 2022.3
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