下手の考え休むに似たり。と言う話。

生ハムを作るようになる前に、燻製を作っていた。15年くらい。
塩漬し、熟成するって言ったって生肉だし、生食だし、
腸管出血性大腸菌とかサルモネラとか細菌とか怖いし、有鉤条虫、旋毛虫とか相手にしたくないし。
で、およそ素人でも比較的安心して食べられる食肉加工品と言うなら、ベーコンやハムのような加熱した食品ということになり、まぁ生ハムの事は憧れを胸にしまいつつハムを作っていたのだが、燻煙の量と温度管理にいつも苦労していた。

はじめて燻製をしたころは、スモークチップを電熱線で炙るスタイルでやっていた。 金属の箱で作っていて、火が外に出ない安心感とは別に、外から中の具合が確認できない残念なところもある。 少し目を離していたら火が上がってしまい、しかもそれに気が付かずハムを作っているはずが叉焼になってしまった事がある。
これは難しいなと今度はスモークウッドを使ってみたのだが、ウッドはなかなか火がつかず、ついてもいつの間にか消えてしまう。 ならばと広めの範囲をバーナーで炙っておくと、今度は盛大に燃焼した。
この時はスモークサーモンを作るつもりが焼き鮭になった。
一度原点に返って桃の木をチャンクにして電熱線で炙るスタイルに戻しているが、これだって火がいつ出るかハラハラしなくてはいけない。いくら原点に返ると言ったってさすがにこれは成長がない。

ある時にyoutubeで料理をされている方の動画を見た。 確か30年間パスタを食べ続けている方だったように思うのだが、その方が燻製の風味をまとわせるだけだったらと、面白いガジェットを紹介されていた。
銀灰色の小ぶりの箱、多分高さは500㎖のペットボトルにも満たないだろう。もしかしたら大きめのテレビのリモコンを二つ重ねたくらいかも。
そこから黒いチューブが出ており、箱に格納したチップに加熱。その加熱したチップの煙を吸気して、チューブから吐き出させると言う仕組み。
調べてみるといくつも似た商品があり、しかも続々と新製品が出てきている。多分、簡単な機構なのだろうなと思いはするが、容積が小さい=チップ
少ない。である以上、6-8時間燻煙にかけたい自分の要求には満たないなと思い、購入は控えた。実際、製品の燻煙時間は2-30分位であるらしい。
が、見るべきところはある。
一番心を惹かれたのが、火が外に出ないと言う事。
燻製を趣味にしている方なら、おそらくは大多数の方が「火災の原因」になる事を恐れているはずだ。 そうであって欲しい。
自分も病的なまでにその事を恐れているので、火を扱った容器を開閉する時は水を用意する。勿論最後もジョウロか水道からホースで直接水をまき、失火の原因にならないよう努めている。
これだって万全なのかわからない。 機会があれば消防の皆様の知見を学びに行きたいくらいだ。
それくらい、「火が外に出ない」と言うことは、自分の中で重要なことだ。
次にホースの長さによってはある程度冷却が期待でき、安心した冷燻ができる可能性。 これも魅力。
そう考えた自分は、次のようなことを考える。

密閉した箱の中で燃焼を行う。
煙を誘引する排出口を設け、煙を導引する。

煙の導引は悩んだ。 どうやって引っ張ろう。 PCの冷却ファンが最初に思い浮かんだが、電源がわからない。ジャンクショップでファンを買い、電気屋さんで角電池を買い、つなげてみたが回らない。
必要な物はファン、そしてそれを動かす電源。 格納する容器。 火元から近いと熱の影響を受ける。 近すぎてもダメだが遠くても…
わからん。 どうしたら…と悩んでいるうちに、季節はすっかり夏になった。
通勤の通り道。近くにあるスーパーで買い物をしている時、すっかり夏の商品を並べている棚を見た時にそれはあった。 ハンディファン。 小型の扇風機だ。 風を送れる電気はある。これだ! と思い大小3個購入し、家から30分ほどある距離のホームセンターで足場用パイプ(1メートル)を購入し、煙を導引する仕組みはこれで解決した。 と思った。
頭の中に浮かんだ仕組みはこうだ。
金属の箱がある。これは食堂から廃棄予定の一斗缶を貰ったことで解決済みだ。 この一斗缶に排出口を開け、そこから煙を誘引。 そこから先は金属のパイプ、それも長い物を用意して、そのパイプを通る間に冷却してもらう。 なんなら濡らした紙やタオル、そういう物をあてがい冷やしたって良いと思っていた。

妻に聞いてもらった。 「それだと煙と食べ物の間にハンディファンがあることになるよね。 壊れない?」
まったくだ。 一回二回は機能するだろうが、機構に煙の成分がまわりそのうち壊れるのは明白だ。 製品の方はどうしているのだろう。 まぁ、機械的に減圧したりうまいことしてファンに煙をあてていないのだろう、とは思う。
ならばとこう考えた。 箱に吸入用の穴、排出用の穴を開け、ファンは空気を送り出すに留め、流れを一方通行にしてしまうのだ。 そうすればファンは煙に汚れない。 それでいこう。

一斗缶に穴をあける。 場所は底ではなく、蓋に近い口の方だ。 理由は簡単で、蓋を上にしてしまうと、一斗缶の口の方から煙が漏出してしまう。ある程度のロスはわかるが、蓋を下に、隙間なく密閉された底を上にすれば、そのロスは防げる。 勿論すきまだらけで煙は漏れるが、許容範囲に抑えられる。

こんな感じで組み立ててみた。 隙間を塞ぐために水で練った小麦粉をあてている。

蓋を下にし、直火を避けるためレンガを置いてその上に網を置く。 
チャンクに火をつけ一斗缶で覆う。

年季の入ったバーナー。

 パイプと接続し… おお、煙が出てくる出てくる。 いつもの事だが目が痛い。 あわてて蓋?をし、先ほどの形に。

はい、もう一度。使いまわしだね。
L字のパイプを出口にあてがい、煙を上方に導引する。
真ん中に見えるのはサーモン。
あっという間に真っ白に。
いいぞいいぞー。

枠は昨シーズンの熟成に使っていた木枠。 彼には今後も燻製棚として活躍してもらう予定。 そして思わぬ活躍が、水に浸けていた時に覆いにしていたビニール袋。 大きい物だと思っていたが、まさかここまで大きい物だとは思わなかった。 新聞紙ででも囲おうかと考えていたのが思わぬ収穫で今後もこのサイズの袋を探して使う予定。 何がいいって外から観察できるってことだよね。 袋だから気密性も申し分ないし。
思わぬ事態だったのが、吸入口に考えていた口からも同様に煙が出てしまったことだけど、これはハンディファンを使って空気を押し戻す。
同時に空気を送り出す効果となり、排出口からどんどん煙が出てくる。
これで煙が出なくなれば仕組みを分解し、一斗缶を持ち上げてチャンクを追加して再び空気を送り出す。

火が表に出ないから失火の心配がない! 火事の心配がない!(感涙)

これはいいわー。 とご満悦の自分の脳裏にある言葉が降りて来た。

『良い子の諸君!
よく頭のおかしいライターやクリエイター気取りのバカが「誰もやらなかった事に挑戦する」とほざくが大抵それは「先人が思いついたけどあえてやらなかった」ことだ!』

四次元殺法コンビ、世の中で大切なことはお前たちに教えてもらいっぱなしだよ。
違う。 なんだ?

違和感を感じながら6時間。 昼下がりから夜までずっと煙をかけ続ける。
そろそろいいだろう。 今日の所はここまでだ。
肉を干していたあの部屋に運び一晩。 また煙にかけて、また休んでの繰り返し。 その初日だ。 さあ、どんな感じかな。
ビニールをたくし上げ、肉の色付きを… …色付きを…
…色、付いてる?
いや、ついてはいる。 うっすらと。
うっすらと…なんだが、うっすらすぎてわからない。
試しに嗅いでみる。 薫香がしないではない。 確かにする。
でも薄い。 弱い。
冷燻だからかなーと思ってもみたが、6時間もかけてこんなに香りが弱いなんて初めてだ。 渋いとまではいわないが、それでも結構色が乗っていたのにこんなにとは・・・ 疑問符を頭に浮かべながら、その日の作業を終了し後片付けを開始する。
パイプを外し、ぅぉー なんか水が出てくる。 なんでだ? 温度の下がった一斗缶をあける。 笊の中のチャンクはすっかり炭化し、白化している。
ここも下に水分が溜まってる。 なんでかよくわからない。 乾燥しきってると思っていたチャンクにまだ水分が残っていたのか、送り込んだ空気と何かが反応して空気中の水分が出て来たのか、あるいはほかの理由か。

わからない。 わからないと思いながら一斗缶の裏を見る。
「うわ。 タール? が、びっしり」
思わず声が出た。 一斗缶の銀色は既になく、タールの黒褐色で覆われている。 上にしていた底の方(変な日本語)から空気の出入り口まで、タールで染められている。 よくよく見たらパイプの方までこの色だ。

そこですべてがわかったような気がした。 肉に届けたいと思っていた煙は、肉にまで届かずに一斗缶とパイプに全て付着したんだろう。
やったね! 防腐と殺菌もばっちりの鉄パイプだよ! いらねーわ!

『良い子の諸君!
よく頭のおかしいライターやクリエイター気取りのバカが「誰もやらなかった事に挑戦する」とほざくが大抵それは「先人が思いついたけどあえてやらなかった」ことだ!』

あと、一緒にしていたサーモンは燻煙がかけられ、スモークサーモンになってはいたが、いささか白んでた。 切ってみると完全に火が入ったわけではないがミキュイっぽい。
煙の発生量、木材の消費量を考えると、煙を送るために送った風が燃焼を促す効果を発揮して、温度の高い煙を送っていたのではないだろうか?
鮭の表面の色の変化から勝手に類推すると、それほどの温度ではなかったと思られるし、木の棚の高さと容積的に肉の方に影響はないように思うが、これでは叉焼と焼き鮭の二の舞だ。 非常にマズい。

ほんとにね。 下手の考え休むに似たりって言うけどさ。
いうけどさ。
手間と時間とお金をかけたのに、まるっきり無駄だった、もしかしたら大失敗と言うのは正直ショックだったわー・・・
がっかりとした気持ちと共に、この話はおしまい。お疲れ様でした。

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