見出し画像

周りについていくのに必死だった孤独な高校生活:連載「高校生のとき、がんばっていたことは?」第21回

初めまして。立教大学経営学部2年の野村直希です。私の高校生活ははっきり言って順風満帆ではなく、どちらかというとかなりキツかった思い出があります。

なぜかというと私は一般の高校生とはちょっと違った経験をしています。それは父の仕事の影響で家族で海外に住んでいたことです。中学3年生頃から高校卒業までの約4年間です。中学時は日本人学校へ、高校時は現地のインターナショナルスクールに通っていました。自分の周りにほとんど日本人がおらず、頼れる人も学校内にいなかったのでとても苦労しました。

私は英語が喋れない訳ではありませんが、母国語のように流暢に話すことはできません。何を話すかを考えるのに時間がかかったりします。そしてあまりにもアカデミックな英語は理解できません。それゆえに高校の授業はとてつもなく難しかったです。しかし、自分なりに高校時代頑張ったと思えることは何個かあります。今回は何個かピックアップしてお話して行きたいと思います。

頑張って人とコミュニケーションをする

せっかく英語漬けの環境にいるのに、それを何も持ち帰らず日本に帰るということは自分からしたらとても嫌でした。そのためわからないことがあれば、先生や同じクラスの人に積極的に質問をしたりしていました。先程も言った通り、ペラペラ話せる訳ではないので、自分が求める答えが帰ってくるのか、質問の答えを聞いて自分は理解できるのか不安です。

しかし、何もせずに怯えているだけでは自分の成長につながりません。たくさんに人とコミュニケーションを取り、関わりあうことでたくさんの困難を切り抜けることができました。海外での生活はとても大変でしたが今となっては今日の自分を形成している貴重な経験であり、忘れられない思い出になっています。

シンプルに勉強をする:

やはり全ての強化を英語で学ぶので、他の人たちよりも理解するスピードが遅かった私は授業外にたくさん勉強しました。家庭教師の人に数学などを教えてもらい、暗記しなければならないところはまず日本語で理解して英語で答えられるようにすることをしていました。今となっては考えられない勉強法です。

ユニットテストや学年末のテストなど日本の高校と変わらないような感じで定期テストも行われます。しっかり点数を取らないと留年する可能性もあり得ます。そうならないように必死に勉強しました。(成績は良くなかった)。これを毎日行っていたと今振り返ってみると驚きですが、当時は必死だったのだなというのを実感しています。戻りたいかと言われれば戻りたくはありませんが、高校の時に経験したことに後悔はありません。

最後に

自分の高校生活は、他の人と比べると大分変わっていると思います。日本の高校に通っていたらどうなっていたかなどたくさん思い浮かべた時もありました。しかし、今自分が大学に通って楽しい毎日を送れているのはこの経験があったからです。今苦しい、やめたいと思っていても、必ず最後にはいいことが待っていると思います。最後まで諦めず継続し続けることは簡単なことではありませんが、価値のあるものだということをこの高校生活から学ぶことができました。今似たような状況にある人などに伝われば嬉しいです。長々とお読み頂きありがとうございます。

画像1

【お知らせ】noteの更新情報をお届けするLINEオープンチャットをつくりました
noteの更新を見逃さないように、更新情報(記事とURL)をオープンチャットでお届けします!

現在更新している「高校生のとき、がんばっていたことは?」の連載は、毎週月・水・金の3回記事をアップしており、第24回まで連載が続きます。新連載もはじまりますので、楽しみにしていてくださいね。

その他、舘野ゼミのイベント情報などもお送りさせていただきます。

オープンチャット「舘野ゼミ」のリンクは以下をクリック。QRコードでも読み込めます。

QR舘野ゼミオープンチャット


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?