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蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #48

11

あたしと明日香は休みなく動き続けている。蜂と蜂が戦ったらこんな風になるかもなって、頭の隅で考える。近づいて絡み合うように飛び続ける。針を刺す機会を探す。
 あたしは肩を斜め下に落とすフェイント。明日香が引っかかって、下向きに移動しようとするのに合わせて上昇。
 やった!
 脇を抜けて、斜め上から背中にタッチしようとした瞬間、また明日香が消えた。これは見えた! 縦の動きのエアキックターンで上へと逃げたんだ。
「まだまだ!」
 あたしはすぐに明日香を追う。
 一瞬の加速だ。ついていける! どこに逃げたって、あたしの距離に入れるから! どう逃げたって、明日香のお腹の下にはあたしがいるからね!
 あたしが入ってくるのを明日香が待っている。下手に逃げてバランスを崩すよりも、待ち構えて迎撃した方がいいと判断したんだと思う。
 明日香がそのつもりなら、逃げられる心配はない。あたしは慎重に近づこうって判断する。あんなに激しく飛んでいたのに、急に変な間ができた。
「凄いです、みさきちゃん! こんな戦い方があるんですね」
「はあっ、はあっ、はあっ……負けたくないからね!」
「わたしだって負けたくありませんから!」
「そう思ってもらわないと困る!」
 あたしがこんなに負けたくないんだから、明日香にだってそうであって欲しい。
 刹那の時間。明日香が微笑む。あたしも微笑む。
 こんな間が試合中にそう何度もあるわけがない。きっと、ここからは試合が終わるまで動き続けることになる。
 気合を入れてあたしは叫ぶ。
「行くよ、明日香!」

12

細かい動きをする時や、加速する時は無呼吸になる。そういう飛行の連続だから、いつ呼吸してるのか自分でもわからない。窒息してないってことは、どこかで呼吸してるんだろうけど苦しい。肺が痛い。もうあきらめたら、って気持ちがある。ここまでやれば立派だって思う。みんな褒めてくれるよ。やめてもいいよ。負けてもいいよ。
 ──でも、動くから。どんなに苦しくても動いている間はあきらめてあげないんだ。
「集中! 集中! チャンスは必ず来る! 見逃すなよ!」
 あきらめようとしたって、晶也はこんなこと言うし。
 明日香はどう思ってる? あたしより肺活量は多いのかな? 平気? つらくない? 佐藤院さんに励まされてる?
 上から明日香が伸ばす腕をかわす。そんなことしてくるんだ。凄いな明日香。スモーをされた時に、どう飛んだらいいのかもうわかってきたってこと?
 だったらおかえしに、あたしも邪魔してあげる。
 なんでこんなに負けたくないんだろう? きっと、酸欠と疲労で脳細胞が次々と死んでるに違いない。だって、うまく思考できない。
 それでも強く思う。
 負けたくない!
 もっと腰に力を入れて飛行を安定させて、明日香の横を抜けて……あれ? 変な感じがした。膝カックンというイタズラがある。その時に似た感覚がお腹に走ったのだ。
「ふはっ、はひっ……んっ、はぁはあ、はぅっ」
 一気に呼吸が乱れ、それに合わせて飛行も乱れる。なんで急に力が抜けたの? ずっと腹筋に力を入れてたから、限界が来たの? あれ? あっ!
 最初に明日香にお腹をタッチされた時、腹筋に変な力を思いっきり入れちゃったんだ! その影響が今になって……。力! 力を入れて直さないと! あれ? どうやって力って入れるんだっけ? わかんない! こんなので負けたくなんかない! 力を入れようとすると、背筋が滑るような変な感覚。ちょ、ちょっと! こんなんじゃ、明日香が!
 明日香が……攻撃してこない? フェイントだと勘違いした? あたし、いっぱいフェイントを入れて試合したから、これもそうだと思った?
 明日香が動く。あたしの状態をフェイントだと判断して、その上を行こうとする動き。
 恐い! どうしよう! あたし! 負けたくない! え!?
 急加速した明日香が、バランスを崩して横向きにスピンした。
 明日香も限界だったってこと? そういうこと? 違う? わかんない。
 とにかく今は早く姿勢を戻さないと! どっち? 明日香とあたし、どっちが先? あたしだ! あたしはファイターだ! ここで、勝たなかったら! 動け! 動け! 起きる時みたいに腹筋に力を入れて……動け!
「わああぁぁぁぁぁぁっ!」
 叫ぶ! 動く! 伸び上がるようにして明日香の上に出る。
 集中力が高まりすぎたのかもしれない。酸欠なのかもしれない。視界が物凄く狭い。明日香の背中しか見えない。バチバチって稲妻のような光の影が視界の隅を走り抜ける。
 その稲妻をなぞるように、右腕をしならせて降ろす。
「届けぇぇぇぇぇぇ!」
 明日香の背中に手が触れていた。ポイントフィールドが広がる。1対1。
「ローヨーヨー!」
 晶也の指示に従って姿勢を戻しながら急降下する。その先にあるのはサードブイ。
 え? あっ!
 これってブイタッチしろって指示だ。この試合で、ブイタッチ!? 振り返る。明日香が全速であたしに向かってくる。自分から明日香に向かいたいけど……。
「ブイだ! ふれろ! ふれろ! 手を抜くと、みさきも明日香も傷つく!」
「わかってる!」
 ここで明日香に向かってしまったら、今は満足するかもしれない。だけど、あとになって後悔するかもしれない。だって、それは気持ち良さを優先しただけで、負けたくないって気持ちを裏切る行為だからだ。みんなの気持ちを、もしかしたら明日香の気持ちだって裏切ることになるかもしれない。
 あたしはブイタッチした反動を利用して、サードラインに入った。2対1。前傾の通常飛行で明日香から逃げる。
「残り時間は10秒! 逃げ切れない! 半回転して明日香の頭を抑えろ!」
「わかった! ……くっ!」
 振り返る。明日香の顔が近い! 目を大きく見開いて、唇を強く結んでる。明日香より先に、明日香の負けたくないって感情が粒子になってあたしを叩いた気がした。
「あたしだって、負けたくない!」