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蒼の彼方のフォーリズム - BLUE HORIZON - #4

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「っていうか、なんでまだ部に残ってるんだ?」
 あれから自分の部屋に戻って。
 人の気も知らずにあっさりと指摘してきたのは、二足歩行の白ねこにコウモリみたいな羽を生やしたキャラクター、邪神ちゃん。わたしがシリーズを欠かさずついていっているモンスターを狩るゲーム「モンタッタ」で、プレイヤーのお手伝いをしてくれるオトモNPCなんだけど、うちにぬいぐるみとしてお迎えしたこの子は、今みたいにわたしに茶々を入れるだけの簡単なお仕事をしている。
「身も蓋もないこと言わないでよ」
「ケッケッケ。だってよ、おまえが大好きなみさき先輩だっけか?」
「みさき先輩をだっけ言うな」
「そいつが抜けたんだったら即一緒に辞めるのが真白だろ? いつも一緒ですからとか言って。そもそもその部もそうやって入ったんじゃなかったか?」
「……そう、だけど」
「優先順位がおかしいんじゃないか? みさき先輩への愛が冷めちゃったのか」
「そんなことない! ない、けど……」
 勢い込んで否定できるけど、続ける言葉尻はだんだん弱くなっていく。
「自分でもおかしいことしてるってわかってる。……わかってるからしんどいんじゃない」
 最終的には拗ねた声みたいになってしまった。
 この子の言うとおりだ。春までの有坂真白ならみさき先輩が引退するとおっしゃった時点で「じゃあわたしも辞めまーす」と軽く手を挙げて済む話だった。
 それがどうしてこんなことになっちゃってるのか。
「ケッケッケ。わかるぜ。ぼっちだったもんなーおまえ。せっかく混ざれたリアルな繋がりを自分から抜けることなんてできないよなー? いいんだぜ? 『こんな気持ちを知るくらいなら、最初からFC部になんて入らなきゃよかった!』とか言って」
「コンナ気持チヲ知ルクライナラ、最初カラFC部ニナンテ入ラナキャヨカッター」
「ぶわ、ちょ!? 棒読みで痛くもない往復ビンタしてくるな! 悪かった! 言いすぎたって!」
「……ったく、大袈裟すぎるっての」
 実際、当たらずとも遠からずだったりするんだけど。
 自明みたいにみさき先輩について入ったFC部。一番の目的はみさき先輩と晶也センパイの接近阻止だったわけだけど、それとは別に、純粋に楽しかった。
 みさき先輩はもちろん、明日香先輩、窓果先輩、青柳部長、まあセンパイも一応入れて。
 部長ひとりだった同好会をFC部にして、みんなでグラシュを買いに行って、練習して、高藤学園に合宿に行って、試験勉強までして、練習して、海で遊んで、また練習して、大会に出て──
 ちょっと思い返すだけで、こんなにも温かい気持ちがあふれてくる。
 今日の練習の前、わたしがみさき先輩のあとを追うかもしれないって話になったとき、嫌だと言って力いっぱい抱きしめてくれた明日香先輩も……痛かったけど嬉しかった。痛かったけど。
「根に持ってんじゃん……」
 それでも、選びたくはないけれど、みんな大好きだけど、どうしてもってなったらわたしはみさき先輩についていく。みさき先輩は嫌がるだろうけど、こんな形でひとりにするわけにはいかない。
 それだけみさき先輩はわたしにとって大切な人で。
 このままだとそうなっちゃうかもしれない。それを感じているからつらいんだと思う。大好きなのはみさき先輩だけだけど、笑顔になれちゃう人やことも随分たくさん増えたから。
 頼みの綱はセンパイだ。
 わたしの声は届かないし、明日香先輩と窓果先輩も色々と気を遣ってくれているみたいだけど、大きなところではコーチであるセンパイに委ねる雰囲気だった。
 わたしは……
 悩みはじめたところで、さっきのお母さんとのやりとりを思い出す。
 うん、わたしもセンパイを信じよう。
 センパイはみさき先輩を巡るライバル。敵にも近い存在で、まだ動きが見えないところとかずっとやきもきしてるし釈然としないし素直に納得するのも難しいけど。
「今度こそ約束を守りたい。真白を勝たせる」
「のわっ!?」
 つかまえた邪神ちゃんに顔を埋めるように抱きしめながら、背中からベッドに倒れこむ。LEDで明るく照らされた天井を少し眺めたあと、
 だけど、あの言葉は信じたい。信じてますから。
 わたしはゆっくりと目を閉じ……
「ってダメじゃん! ここで寝たら連続ログボ途切れちゃう! デイリーもまだこなしてないし、そういえばモンタッタの限定配信クエスト今日までじゃなかった!?」
「……まだ余裕がありそうでなによりだな」