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蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #19

7

 砂浜を全力疾走してきた部長があたし達の側で立ち止まって、ボディビルダーみたいにポージングを決めた。相変わらず凄い筋肉だ。ちゃんと受験勉強してるのかな?
「だっははははは! ようやくこの日が来たか!」
「晶也が呼んだのって部長だったの?」
「そうだよ。よろしくお願いします部長」
「呼び出されるのをドキドキしながら待ってたぞ! 部を二つに割ったんだって?」
 晶也は深く頭を下げた。
「スミマセン。部長の作った部なのに勝手な行動をしてしまって」
「あやまる必要は皆無! 乱なき場所に乱を起こしてこそ男! 部を一つにまとめるのも立派だが、分裂させる心意気も立派!」
 ここで小言を言われたら、あたしも晶也もそれなりにダメージを受けていたと思う。部長は本当に優しい人なんだと思う。
 部長はあたしに向き直って胸の筋肉を上下にぴくぴくと動かす。
「俺が来たからには安心だ!」
「あ、ありがとうございま……」
 あたしが頭を下げた瞬間、後ろから声がした。
「おっと! 練習に参加するのは青柳くんだけじゃないぜ、みさきちゃん! あっはははは! スカイスポーツ白瀬店長、白瀬隼人の登場だ!」
「白瀬さんと俺の最強コンビ、マッスルブラザーズが駆け付けたわけだ! だっはは!」
 後ろめたい立場のあたし達に気を遣ってわざと陽気に笑っているのだと思うけど、もしかしたら笑いたいから笑ってるだけなのかもしれない。
 部長と白瀬さんはあたし達を無視して何気なく接近する。
「青柳くん。……相変わらず鍛えてるね」
「最近は内転筋をいじめてますよ」
「ふふふ、いいねー。いいよ」
 白瀬さんは部長の内股を遠慮なく撫で回す。
「いいね〜。柔らかい筋肉だね。ん〜いいよ。この調子で鍛えていこうか」
 あたしは晶也にそっと近づく。
「もしかして、この倒錯した筋肉の世界にあたしも参加せよと?」
「そんな過酷なことは言わない」
 部長と白瀬さんは、カモン! と叫ぶ体育会系アメリカ人みたいに両手を振った。
「鳶沢、遠慮なく来い!」
「ふふふ、みさきちゃん。こっちは楽しいよ」
「あ、あたしを二人の生贄として差し出すつもり? そういうプレイ?」
「だからプレイ言うな。二人だって生贄なんか望んでない」
「可愛い女の子ならいつでも生贄ウェルカムだよ」
「セクハラだ!」
 生贄ウェルカムって嫌な言葉すぎる!
 白瀬さんは芝居じみた仕草で、自分の胸をどんと叩いた。
「ふふふっ、ここに来ているのは僕と青柳くんだけじゃないんだぜ」
「ムキムキ星人が他にもいるんですか?」
 ばしっ、と特撮ヒーローみたいに空を指さす。
「三人目はノットムキムキさ。後ろだ!」
「後ろ?」
「わっははははははははははは!」
 変に野太い笑い声が響いた。そこにいたスカイウォーカーを見て、あたしは叫ぶ。
「なっ、謎の覆面選手だ! そんなに強くもないし、トリッキーでもない覆面選手だ!」
 夏の大会で『謎の覆面選手』という名前でエントリーして、覆面を被って試合をしたのに、物凄く普通の試合展開で普通に一回戦で負けていた覆面選手だ。
「練習相手に失礼なことを言うな」
「ええっ!? 覆面さんがあたしの練習相手をしてくれるの?」
 背をそらし腰に両手を当てて悪役みたいに笑う覆面選手が、白瀬さんの近くに降りた。
「わっははははは! 謎の覆面選手、参上!」
「声がその……本当に微妙なんですけど、機械音声みたいな感じが……しませんか?」
「せ、せぬ!」
「そうだよ。ボイスチェンジャーとか、そ、そういうのじゃないから!」
 白瀬さんが慌てて言う。なんか物凄くわかりやすい感じがするけど気のせいかな?
 覆面選手は、後ろに倒れそうなくらい胸を張る。
「覆面の年齢性別出自は全て不明!」
「一人称が覆面! なんか凄い!」
 手や足の雰囲気は中性的だ。着ているフライングスーツの構造だと胸のあたりがどうなってるのか見えづらいんだけど……。少し膨らんでいるような気がする。
「わはははははは! 死ぬがよい!」
「いきなりの死刑宣告? 会話が成立しないタイプ?」
「あはははは!」
 急に白瀬さんが笑う。それにつられて部長が大声で笑い、覆面選手が続く。
「……く、くどい! 油を一気飲みしたらきっとこんな気分」
「これが闇ルートを使って密かに結成した、みさき復活プロジェクトのメンバーだ」
「闇ルート! 晶也の携帯は闇ルートにつながるんだね! 頼もしいわ!」
 なんだか大変なことになってきた。
「それでは改めてメンバーを紹介するぞ。会員番号1番、日向晶也!」
「会員番号2番、青柳紫苑!」
「会員番号3番、白瀬隼人!」
「会員番号4番、謎の覆面選手!」
「謎の覆面選手がフルネームなんですか!?」
 覆面選手はビシッとあたしに人差し指を向けた。
「おまえを倒す!」
「ええ? さっきの死刑判決といい、なぜそんなに好戦的なんですか?」
 晶也が横目であたしを眺める。
「何かしたんじゃないのか?」
「何もしてないってば。そもそも夏の大会で見かけただけで、会話したことないし」
「そう思ってるのはおまえだけだとしたら? 覆面の正体。その謎に悩み苦しむがよい!」
「苦しむほど気になる謎……かな?」
「数日前、白瀬さんに経緯を説明して、みさきの練習相手の相談をしたら、覆面選手を紹介してくれたんだ」
 白瀬さんは腰を低くして、言い訳するみたいに言う。
「上通社学園FC部は謎の覆面選手しか部員がいないんだ。上通社から、どうにかならないか? って相談を受けていて、練習相手を探していたんだ。つまり両方にメリットがある話ってことさ」
「練習ではない。キサマを倒しに来たのだ! 死ぬがよい!」
「あ、はい。よ、よろしくお願いします」
 もう何をどう言ったらいいのかさっぱりわからない。だけど、これから一緒に練習するのに、こっちも喧嘩腰になったらダメだろうし……。
「さっそくだけど軽くアップしてから部長と練習だ。部長、よろしくお願いします」
「まかせておけ! 絶え間なく鍛え上げた筋肉を見せつけてくれる」
「よろしくお願いします! 本当にありがとうございます!」
 さっきは白瀬さんに邪魔されてお礼できなかったので、しっかりと頭を下げる。
「気にするな。俺も本気になった鳶沢を見てみたいと思ってたからな」
「はい! お見せできるようにがんばります!」
 晶也は場の空気を換えるように手を叩いた。
「練習の目的は、乾と同じレベルとまでは行かなくても対抗できるとこまでいくこと。技術的な意味での話だ」
「それはあたしも、乾さんのやり方ができるようになる、ということだよね?」
「そうだ。対抗できるとこまでもっていかないと、何もできずにやられるだけ。対抗さえできれば、みさきの持ってる技術を生かせる場面を作れるかもしれない」
「……逆に言うと対抗できるとこまで行かないと、今までの技術は出せないってこと?」
「そういうこと。地方大会、全国大会と合わせて、乾と一番いい勝負をしたのは部長だ。乾にあの作戦を出させるには、まず乾を止めないとダメだ。だから、乾と同レベルで飛べる部長は練習相手として最適だ」
「……でも、その」
「わかってる。みさきは部長と練習するのに慣れてるからな」
 部長には申し訳ない気がするけど、あたしは部長のスピードだけじゃなくて癖も知っているから、止めるのはそう難しくない。
「もちろん普通にはやらない。部長には先にフィールドに上がってもらう。充分に加速したところでみさきはフィールドに入るんだ。それとヘッドセットの回線は部長はオン、みさきはオフ。みさきは自分の判断で動くんだ」
「つまりこれもFC頭を鍛える練習ってわけね」
「そういうこと。 咄嗟の判断だけじゃなくて総合的な判断も忘れるなよ」
「総合的な判断って?」
「例えば、抜かれた時にどこにショートカットするかだ。部長は高速だから、次のラインじゃなくて、次の次のラインにショートカットした方がいい場面もあるぞ」
「晶也に指示を出してもらってたから、自分でそういうこと考えたことなかったな〜」
「今日はいろいろ考えてやってみろ。試合を作る気持ちでやるんだ」
「……作るか」
 正直、そういうことを考えて飛んだことは今までなかった。明日香や乾さんはそういうこと、考えてるんだろうか? ……きっと、考えてるんだ。
「わかった。んじゃ、飛ぶにゃん!」