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蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #43

乾さんがセカンドブイにタッチして1点を奪ったあとに、あたしはセカンドラインの中央辺りに到達する。
 スピーダーらしく、猛スピードでラインに沿って真っすぐに飛んできた。
「みさき! 乾の頭を押さえろ!」
「わかってる!」
 あたしは乾さんの頭を押さえる場所に入る。
 乾さんは速い。だけど、あたしは乾さんよりも速い部長を相手に、スピーダーの頭を押さえる練習を続けてきたんだ。それに、白瀬さんには全国大会での乾さんの動画を見せてもらった。乾さんの飛び方は、その時と同じ。タイミングはわかってる。できる! 絶対にできる!
 乾さんが右からあたしをかわそうと体を傾ける。それはフェイント。フェイントを入れずに、強引に抜かすということを乾さんはしない。そうだよね、乾さん。
 やっぱりフェイントだった!
 すぐに姿勢を戻して真っすぐにあたしに向かってくる。あたしに選択を迫ってる。あたしが右に行けば左。下に行けば上。そういう飛行だ。
 そういう選択、あたし割と好物なんです! あたし、なかなか選択しないから! 近距離になればなるほどあたしの距離。あたしはファイターだってことくらい知ってるはずなのに、そんな風に近づいて来るなんて、あたしなんか眼中にないってことですよね? 全然、警戒してないってことですよね? だったら無理矢理、視界に入ってあげますから!
 あっ……こういうこと考えちゃダメ。乾さんの感情なんか関係ない。あたしはあたしのできることをしないといけないのに……。余計なこと考えてる。今は試合に集中しないといけないのに……くっ! 乾さんがさらに近づき、肩をぴくりと動かす。あたしが動かなければ自分から動くぞ、というサイン。瞬間、あたしは首を斜めに上げる。
 シュッ、と乾さんが鋭く息を吐いて、素早く右下へと移動する。
 かかった!
 左上に行くと見せたのはあたしのフェイント! これだけ距離が詰まってからフェイントするなんて思わなかったでしょ!? でも、あたしはファイターですから! するんです、そういうこと! 夏休みの間、みんなに鍛えてもらったから、できるんです!
 この瞬間の乾さんの動きがわかる! ここからのフェイントはただのフェイントでしかない! だって乾さんはスピーダーだもん! ここから細かい動きはできない!
 自分から近づいて捕らえる!
「てりゃ!」
「……っ!?」
 頭を押さえた瞬間、乾さんが驚いたってわかった。
 あたしがここまでできると思わなかったでしょう? だから、あたしは余計な事を考えるな! あたしの些細なプライドなんか今はどうでもいいんだってば! 試合が始まったばかりだから、こんなこと考えちゃってるのかな? 真面目にやれ、あたし!
 もっと試合に集中したいのに! なんで自分のプライドのことばかり考えてるわけ?
 反動で乾さんを後ろへ弾く。あ、乾さんは上手だ。スピーダーなのに、立ち直りが早い。不規則な回転をしてタッチするチャンスをくれるかも、と期待したけどしっかりとあたしを見据えている。うかつには飛び込めない雰囲気。
「みさき!」
 晶也が叫ぶ。わかってる! 練習してきたことをここで出すんだよね!
 あたしは乾さんから目を離さずに上昇。
 ──上のポジションをキープ。
 夏の大会で乾さんがやったことを今日はあたしが先にやる!
 どうする乾さん? 下から上のポジションを奪う技がある? それをここで出す?
 生唾を飲み込む。それをここで出されたら、あたし達の作戦はとりあえず崩れる。最初からスモーを出さないといけなくなる。
 緊張する。時間が静止したみたいに感じるのに、思考速度だけは速くなっていくような不思議な感覚。
 あたしを見上げたまま乾さんは波打つように、上下に少しだけ移動する。慎重に距離を保って、引きずりこまれないように注意しながらあたしも上下に動く。
 乾さんの口が動いていた。セコンドの人と相談しているのだと思う。その隙をついて距離を詰め……ダメ! 上のポジションを取っているんだから慌てる必要はない。ここは有利な場所なのだから、自分から崩す必要はない。
 あたしから動く必要ないってわかってるけど……。ジリジリする。動かないのはストレスだ。早く決断してよ、乾さん!
 乾さんは大きく軌道を変えた。サードラインへショートカットだ。やっぱりだ。上のポジションを取られるのが嫌なら、1点を捨ててショートカットするしかない。あたし達の練習は間違ってなかったんだ。
「みさき、わかってるな」
「わかってる!」
 斜めに下降。重力を利用して加速して、サードブイに向かう。
 これで、思った通りの展開になったかな?
 ブイにタッチして1対1。
「みさき! 集中力切らすな! 絶対にミスできない、そういう試合だからな!」
「了解!」
 ここで集中しなかったら、ずっと後悔するに決まっている。作戦通りに進めるんだ。隙を見せてドッグファイトで点を取られたり、ブイのタッチを二回連続で許すことがあったら、あたし達の作戦は失敗するかもしれない。
 お互いにブイタッチで得点を重ねて、1対1、1対2、2対2、2対3、3対3、3対4、そう進行させたい。
 そうやって進んでいけば、同点で延長になり、さらに同点で再延長になったとしても、そこから先は試合を止めずに先に点を取った方が勝利というルール。同点か1点リードという形を保てば、どこかで乾さんは勝つのだ。
 だから、乾さんは無理して下のポジションから攻める技を見せる必要がない。もし見せるなら、決勝戦とかもっと上の試合で、と思ってるはず。このまま行けば勝てる試合なんだから、一回戦から手の内をさらそうとはしないはずだ。
 明日香との練習試合でも隠していたんだから、この試合でも隠すに違いない。
 乾さんはサードラインの高い場所で待機している。あたしはフォースラインへショートカットする。