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蒼の彼方のフォーリズム - BLUE HORIZON - #1

プロローグ

 あとから考えてみたら、きっかけはきっとあのときだったのかなと思います。
 夏休みに入ってすぐ、わたしたち久奈浜学院フライングサーカス部にとって、はじめての夏の大会が終わった。結果、一緒にFCをはじめたみさき先輩、明日香先輩を含む久奈浜ビッグ3の中で最強の一角と噂されたわたしだけが一勝もできなかった。
 あ、大丈夫。違う世界線に迷い込んだわけじゃありません。こんな軽口を叩いちゃうときは、実はけっこう落ち込んでるんです。だけどそういう姿をあまり人に見せたくなくて。同情されるのは辛いし、慰めてアピールをしてるみたいに見えるのも本意じゃないというか。ただでさえぼっち経験が長くて可哀想さ殿堂入りというか貫禄出ちゃってそうなのに、そんなの痛すぎじゃないですか。だからこうして自分の中で強がっちゃうというか。不器用なのかなとは思いますけど。つまりはお気に障ったらごめんなさい。
 わたしがFCに向いていないことはわかっていました。っていうかみさき先輩の才能やぐんぐん成長していく明日香先輩を見て、わからないわけがなくて。とはいえみさき先輩はそもそもセンスの塊みたいな人だから「さっすがみさき先輩!」で納得。じゃなきゃおかしいレベル。だから地味にへこんだのは明日香先輩を見てかもしれません。
 だって明日香先輩、4月に転校してくるまでFCどころかグラシュも履いたことなかったのに。スタート地点ではわたしよりも後ろにいたはずなのに、センパイが用意した地獄の練習メニューをみるみる吸収していっちゃうんですもん。あなたは砂地に水がしみ込むようにって慣用句の擬人化ヒロインですかってくらい。
 FC部という花壇に、種の明日香先輩とちょこっとだけ芽の出てたわたしが植えられて「お互いに綺麗な花を咲かせましょうね」なんて励ましあってたのに、ひと晩明けたら明日香先輩ってばジャックと豆の木だったみたいな。大会の結果も久奈浜三巨頭で唯一の三回戦進出でしたし。これには大器晩成の四字熟語具現化ヒロインと呼ばれたわたしも……って、今また強がってましたか。こういうとこですね。
 こんなふうに並べると、わたしが明日香先輩を妬んだり、逆恨みしてるみたいに聞こえちゃうかもしれないけど、そんなことはなくて。比べられる相手が悪かったかな~くらい? わたしだって春ごろに比べたらソシャゲの周回は楽になってましたし、大型アップデートのきたモンタッタはマスターランク800を超えたんですから。
 FCの話じゃないじゃんって? 要はわたしだって何もかもがうまくいかない不本意な人生を送ってるわけじゃないということをお伝えしたかったんです。わきまえてるというか。「どうしてわたしだけ……」なんて今どき流行りませんしね。
 ただ流行らなくても、辛いものはやっぱり辛かったりして。特に今回みたいに結果を目の前に突きつけられちゃうと。FCだってただの部活とはいえ、決して手を抜いていたわけじゃありませんから。
 そして、それ以上にひとりだけ足手まといになるのが怖くて。もしそう思われてしまったらって、そんなことを考える皆さんじゃないとわかっていても本当に怖くて。わたしだけ格が落ちるのはれっきとした事実でしたし。みさき先輩★5、明日香先輩★4、青柳部長も★4の中、わたしだけ★2って感じで。……いやまあこれも強がりで、本当は★1かもですけどね。もう進化素材の足しにもならないくらいで。ふふ……ふふふ(チラッ
 え? 大富豪なら革命を起こせば最弱でも最強になれる? いえ大富豪関係ないですし、わたしが欲しかったフォローはそこじゃなくてですね──あ! わかってて言いましたねもう! たしかに今のはアピールしましたけど。ぶう。
 とにかく、ぼっちスキルの高まりすぎたわたしは周りに対して臆病なくらい敏感で。空気を壊しちゃうくらいなら自分から身を引くんです。ここにあるはずの本当の気持ちなんか二の次で。みんなの楽しそうな笑い声を、ひとりスマホに忙しいフリをして聞き耳を立てていた頃の気持ちを覚えていますから。ナマイキだったり反抗的な態度も、しっかりと冗談で流せるタイミングを見計らったうえでしかやれなくて。ここぞってときには欲しいものに顔を上げることも手を伸ばすこともできないんです。
 わわ! ちょ、こんなとこで抱きしめようとしてくれなくていいですから。……そういうのはあとでふたりっきりのときにちゃんとしてください。もう。
 えっと、どこまでお話ししましたっけ? はいはいそうそう、欲しいものに手を伸ばせない真白ちゃんすっごく健気! ってとこでした。なんですかその残念そうな顔。話が逸れちゃいそうですからスルーしますけど。
 ですからあのとき──夏の大会が終わってすぐの練習の前。部室の前で、練習着に着替えたわたしとちょうど来たセンパイが鉢合わせて。そうです。他の方に聞かれたくないってグラウンドに行ったアレです。
 あのとき、今だから言いますけどわたしやっぱりFCを辞めようとしてたんだと思います。続けるかどうか悩んでるって言いましたけど内心は。はい。まじです。
 相手が悪かったとはいえ、伴わなかった結果。それだけでも結構がっくりきてたのに、当然のみさき先輩と想像以上な明日香先輩の快進撃。嬉しい気持ちのあとで、わたしだけが置いて行かれる怖さも芽生えて。
 わたしにFCの才能がないのは仕方ありません。だけどそれでこれからおふたりの足を引っ張るかもしれない。邪魔になるかもしれない。いつか誰かがそう思う日が来ちゃうかもしれない。だったらわたしはプレイヤーじゃない方がいいのかもしれない──なんて、わたしがどうしたいかじゃなくて状況だけで考えちゃって。
 それに、誰かさんとの約束を守れなかったのも地味に効いてましたね。覚えてます? 夏の大会前に言ってくれたこと。わたしは忘れません。「今度は俺がいる」「俺が絶対真白を勝たせてやるから」。ま、あっさり負けちゃったわけですけど。
 いえ、センパイを責めてるわけじゃありません。セコンドはみんな同じだったわけで、逆に……例えがよくないですけど道具のせいじゃないというか、個人の実力差が際立ったみたいな。言い訳ができない状況だなって。はい。たしかに言いましたけど、拗ねたりからかったというよりもあの「うそつきー」は煽ったんです。
 元々わたしとセンパイの仲って微妙だったじゃないですか。主に、気を抜くとみさき先輩を取られちゃうと思ってつんけんしてたわたしのせいで。その節はすみませんでした。
 ただ、わたしを好きじゃないセンパイだからこそ、かわいくない後輩に嫌なことを言われたら同情ややさしさを抜きにして、引導を渡してくれるかなって思ったんです。他の誰かに言われたり、そんな空気を察するとこまで粘るのも個人的には耐えられませんけど、あのとき、どうしてかセンパイだったらいいかなって。まだFCを続けてみたいって本当の気持ちに蓋をして、首を洗って差し出したつもりでした。
 そしたらセンパイ「いっしょに続けたい」って。「今度こそ約束を守りたい。真白を勝たせる」って。
 すぐには気づきませんでしたけど、きっとあのときだったのかなと思います。センパイに、はじめてぎゅうーーー! って心臓を握りつぶされたのは。え? わたし、すっごい不満そうな顔をしてました? そりゃ当時はみさき先輩の正妻の座を奪い合うライバルでしたからね、この感情不能のカッコつけセンパイ、真顔でなに言ってるんだろうくらいは思ってたかもしれません。いえ、それくらいの意気込みじゃないと、いい人って認識しちゃったら、なし崩し的にみさき先輩との仲も認めなきゃいけなくなるじゃありませんか。
 でも本当にすっごく、すっごくすっごく嬉しかったんです。本当ですよ?
 それはもしかしたら、ただそれだけの話だったかもしれないのに、あのあと大会のお疲れさま会でみさき先輩がFCを辞めるって言いだして、色々あって、今こんなことになってて。ね、不思議ですね? と・こ・ろ・で。

 セーンパイ?
 センパイは、いつからわたしのことを好きになってくださったんですか?