蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #38
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あたしは背面飛行になって、上のポジションをキープしようとする覆面選手と向き合う姿勢になりながら接近する。あたしとの距離を取ろうとして、覆面選手が右腕をあたしに向かって伸ばす。腕があたしの肩に触れそうになった瞬間、体を捩じってかわす。
「うぐ?」
すかされて覆面選手が微かにバランスを崩し、下向きに流れるように進んだタイミングに合わせて上昇。横を抜け、追い越しざまに背中をタッチする。
今のはうまくできたと思う。上のポジションの覆面選手を翻弄することができた。
ヘッドセットから晶也の声が響く。
「今のはよかったぞ。じゃ、ポジションを戻してもう一回。この作戦を実行するのはみさきが初めてなんだ。フェイントも工夫して、全体の局面も見ていけよ」
「わかってる!」
自然と声が弾む。背面飛行のコツを完全に掴んだって実感がある。
覆面選手を完全にあたしの狭い距離に閉じ込めることができてる。
──これなら、上のポジションを取られても戦える!
「そう何度もうまくいくと思うなぁ!」
覆面選手は上から強引に突っ込んできた。
……スピードや勢いは恐くない! 距離が縮まれば縮まるほど、あたしが有利!
それに応えてあたしも距離を縮めた瞬間、覆面選手は唐突に仰け反りながら、足を前に出す。垂直飛行の状態。
「わわわ?」
あたしはぶつかる勢いで前に出たから、さっきまで覆面選手の上半身があった場所に、引き上げられてしまう。
──ここから覆面選手が得点を奪うとすれば……。
覆面選手は動き続ける。あたしが上がったタイミングに合わせてローヨーヨー。上のポジションを捨ててのブイ狙い。
あたしは下降しながら、ひねりを加えて通常飛行のローヨーヨーに入る。初速はあたしの方が早いから絶対に届く。最短距離で覆面選手の背中を目指す。
今までのあたしなら、覆面選手の飛行に翻弄されていたと思う。だけど、反応できる!
右の手のひらが覆面選手の背中にふれてポイントフィールドが広がる。
……動けてる。あたし、ちゃんとできてる! 背面飛行を使えてる。
「……ちょっといいか。白瀬さんがその戦い方の名前をスモールパッケージホールドにしようかって提案してるんだけど、どう思う?」
「スモールパッケージホールドね……」
「相手を小さく包み込むような技だから、って言ってるぞ」
「なんとなくそれっぽい気がするけど……可もなく不可もなくって感じかな?」
「とてもいい名前なのだ!」
覆面選手があたしに向かって大きな声で叫んだ。
「略せばスモーではないか。お似合いな名前なのだ!」
「スモーがあたしにお似合い? そっ、その意味は?」
ふっ、と顔を背ける。
「……お相撲さんは太っていて可愛いからな」
「あたしはそんなに……いや、そんなにじゃなく、太ってない!」
「キサマの必殺技はスモーだ! わっはははははは!」
胸を張って大きな声で笑う。この程度のことで覆面選手に喜んでいただけるなら……。
「覆面さんがそれでいいなら、もうそれでいいです!」
「わっははははは!」
晶也が苦笑交じりにつぶやく。
「秋の大会に間に合いそうだな」
「そうだね。うん。ありがとう、晶也。みんなにも言わないとね……。あはははっ。人は死なないけど会場は滅茶苦茶になるような隕石が落ちて、大会が中止にならないかなー」
「まだそんなこと言ってるのかよ! いい加減にしろ!」
「間に合ってしまったー。負けた時の言い訳をまた一つ失ってしまったー」
「……あのな」
あたしは真っ青な空をじっと見つめる。この空が秋の始まりに入った時、あたしは試合できる体になってる。そういう心になってる。それなのに、なんだか遠くに感じる。真剣に想像するのが……正直、まだ恐い。だけど……。
「勝つよ。みんなのためにもあたしのためにも晶也のためにも勝つ! 負けたら死ぬほど落ち込むよ。でも落ち込むって、落ち込むだけのことだからさ」
負けるっていうのは、こんなに必死だった夏を否定されるってことだ。だからってそれを嫌がって試合しなかったら、またうじうじしていた頃のあたしに戻るだけ。
だから、恐い気持ちをねじ伏せて叫ぶ。
「秋の大会で、勝つぞー!」