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蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #25

 動画が終わり、モニターにリピートマークが浮かぶ。真藤さんは身じろぎもせずに動画を見つめていたあたし達に質問する。
「どうだった?」
 あたしは覆面選手に目をやる。覆面をしてるからわからないけど多分、同じような顔であたしを見つめ返したと思う。
「覆面達の練習とこやつらの練習試合は同じ内容だ」
「なるほどね。覆面選手と鳶沢くんもここまでは達しているわけだ」
 真藤さんは感心したように言った。
 明日香と乾さんの試合内容は基本的に、上のポジションを取られたら即ショートカットという展開の連続だった。明日香にミスが出て試合は5対7で乾さんの勝利だけど、そういう結果はどうでもいい。重要なのは、上のポジションを取られたらショートカットするという展開が、あたしと覆面選手との練習でも出ていた、ということ。
 白瀬さんはリズムを取るように首を上下に揺らしながら鼻を鳴らす。
「ふ〜ん。僕達の方向性は間違ってなかったということかな?」
「それはそれとしてうまく言えないんだが、二人の雰囲気が異様じゃなかったですか?」
 眉根にしわを寄せて言った部長に同意するように晶也が頷く。
 あたしはみんなを代表するように言う。
「明日香らしくない試合だと思う」
 点数で下回っているのに、抵抗をせずあっさりとショートカットするのはらしくない。明日香が本気なら、得点差を埋めるためにもっとあがくはず。
「明日香は……きっと乾さんも、隠し事をしているんだとあたしは思う」
 明日香が自分の意志で隠すというのは考えづらいから、各務先生か佐藤院さんがそうするように言ったのかもしれない。
「この死ぬがよい二人は何を隠しているんだ?」
「んー。……まず間違いなく、下のポジションを取った後の対応だね」
 白瀬さんは再び鼻を鳴らして言った。
「秋の大会のために二人とも手の内を見せなかったんでしょうね」
 真藤さんの言う通りなんだと思う。──秋の大会を目指して二人は隠し事をしている、ってことか……。あたしは、まだ乾さんのやり方を理解し始めたばかりなのに……。
 どろり、と熱い何かがお腹の底に広がっていく。あたしはまだここなのに……。二人は先を行ってるんだ。
 晶也がやや焦ったように真藤さんに質問する。
「隠しているのは、下から上のポジションを奪う方法ですよね? それがどういうやり方なのか、真藤さんはわかってるんですか?」
「僕も考えているんだけどね。まだ言えるような段階じゃない」
「明日香が何をしようとしているのか、佐藤院さんに聞かなかったんですか?」
「あえて聞かなかった。それを聞いてしまったら……。僕は日向くんや鳶沢くんに伝えてしまう誘惑に苦しんでいただろうからね。でも、この試合に限っては、ウチの部員は全員見ているから、いいだろうと思ったんだ」
 晶也は真藤さんに頭を下げた。
「見せていただいてありがとうございます」
「そう言ってくれるなら、嬉しいね。今日はこれを伝えるために来ただけだから」
 真藤さんはバッグにノートパソコンを入れた。
「鳶沢くんは秘密特訓の最中だろう? 他の人にそれを言ってしまうことがないように、見ていかないことにするよ」
「あははは、そんな大げさなものじゃありませんよ〜」
「あの、真藤さん。ちょっといいですか?」
 帰ろうとした真藤さんを晶也は呼び止めた。
「引き止めるのもアレなんで歩きながら話しませんか?」
「わかった」
「みさきと覆面選手は今までの練習の続きをしておいてくれ」
 そう言い残して、晶也は真藤さんと一緒に離れていった。
 あの試合のことで話したいことがあるんだろうけど…………。
 ──明日香は成長している。きっと今の明日香はあたしより強い。あたしだって練習しているけど、たどり着いている場所が全然違う。このまま……明日香に引き離されたら。
 それは、それでいいのかもしれない。あたしが追いつけない場所まで行ってくれたら、無関係な人だって思える。それなら、自分は自分だって思ってFCと向かい合えるかもしれない。……でも、そうじゃないんだろうな、きっと。
 何がそうじゃないのか自分にも説明できない。でも、そうじゃないってことはわかる。
「きゃう!」
 唐突に、ぱしん、と覆面選手にお尻を叩かれた。
「ぼーっとしてどうした? 時間は有限なのだぞ。とっとと覆面の練習に付き合うがいいのだ! それとも見捨てられたいのか?」
「が、がんばりますので見捨てないでください!」
 練習相手になってくれるだけでもありがたいのに、メンタルケアまでしてもらうなんて情けない。
 明日香がどうだろうと、乾さんがどうだろうと……今は体を動かそう。明日香より強いとか弱いとか、あたしはそういうこと考えられる場所にまだいない。だったら、努力するしかない。
 あたしは起動キーを口にして、空へと浮かび上がった。