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蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #33

晶也と一緒の帰り道で、あたしは大きなため息をついた。
「……背面飛行は想像していたより難しい。うまくできなくて悔しい。おばあちゃんの畑がイノシシに荒らされた時の五倍くらいの悔しさだよ」
 練習を始めてもう10日が経過していた。それなのに、成長したって実感がない。最初より飛べるようにはなったけど、試合で使えるかと言われたら……無理。
 何かが足りないのはわかっているのに、何が足りないのかわからない。
 あたしは隣を歩く晶也をそっと見る。
「うまくできなくて、あたしに失望してない?」
「してるわけないだろ。よかったと思ってるくらいだよ」
「どうして? あたしが苦しんでるのを見るのが好きだから? あ、そういう性癖?」
「性癖で練習させる趣味はない。努力して苦労して覚えた技術は強いんだ。精神論になるけど、これで勝つんだ、という気迫のある技は恐いぞ」
 ……これで勝つんだって気迫か。言っている意味は分かるかも。そういう気持ちを持てたら、きっと試合で迷わない。迷いは飛行のブレにすぐにつながるもん。
 ──あたしの背面飛行にそこまでの気迫はまだない。というかできてない。問題外。
「言っておくけど、みさきは努力してる。放っておくといつまでもやるだろ」
「そこまでじゃないと思うけどな……」
「これ以上やったらオーバーワークだからな、努力不足だなんて思う必要はないぞ」
「う、うん。晶也が言うならそうなんだろうね……。送ってくれるのここまででいいよ」
 あたしは立ち止まって言った。
「え? 家まで送るぞ」
「いい、いい。一人で歩きたい気分。それにおばあちゃんに見つかったら、ぼーいふれんどを紹介しなさいってうるさく言われるからさ」
「紹介してくれていいんだけど?」
「いやいや、そういうのにはいろいろ覚悟が必要ですわい。今日のとこはここで」
「わかったよ。んじゃ」
「ばいば〜い」
 あたしははピラピラと手を振ってから、回れ右をしてすぐに歩き出す。
 これで勝つんだって気迫か……。晶也はそういう技になって欲しいって思ってるんだよね? でも、今のあたしは全然そこに届いてない。
 背伸びをして、背泳ぎをするみたいに、手を動かしてみる。体を動かせば何かわかるような気がしたんだけど……いったい、何が足りないんだろう?

シャワーを浴びて、おばあちゃんとご飯を食べてから、自分の部屋に戻ってペタンと床に腹ばいになる。スーパーヒーローが空を飛ぶときのように両手両足を上げて、お腹で体を支える姿勢になる。
 その姿勢のまま、両手両足を泳ぐときのように動かす。部長に教わった背筋を鍛えるトレーニングだ。背面の筋肉にかなり、くる。続けていたらあっという間にバキバキになってしまう。最初は15秒もできなかったけど、今は1分以上できる。
 お尻の筋肉にもかなりくるので固くなって晶也にがっかりされないかな、って少しだけ不安。でも、キュッとお尻が上がってラインが綺麗になって喜ばれるかも。
 ──あたし、不純な事を考えてるな。
 でも、そんなことでも考えてないと、こんな筋トレ、つらくて続かないよ。
 ごろん、と仰向けになって、浮かんでいる自分をイメージする。腹筋で体を軽く起こしてから、ゆっくりと倒していく。
 ……すぐに倒すとバランスが崩れて下向きに変な回転をしちゃうことがあるから、少しずつ倒して加速。でも、遅すぎるとスピードが出ない。そこが最初の難しいとこ。肩の動きでバランスを制御。少しでも慌てると、くるん、と横向きに回ってしまうからじっくりと落ち着いて……。
 これで飛べているはずなんだけど……。ペタン、と両手両足を床に下ろす。
 あー、もう! ダメだ! ダメ!
 試合展開をイメージすることはできるけど、背面飛行をイメージするのは無理。だってあたしは正しい姿勢をまだ知らないのだ。床でうまくできても意味ない。
 飛ばないとわからない。心で知りたいんじゃなくて、体で知りたい! 両足を垂直に上げてから一気に振り下ろす。その反動で起き上がって、窓の外を見る。もう真っ暗だ。
 ──飛んだらダメかな?
 女の子が夜に外出したらダメだって常識くらいあたしにだってある。でも……だけど、でも……………………。胸がむずむずする。あたしは、今、飛びたい。じっとしてられる気がしない。こんなにもんもんとしたこと、ない。
 飛びたい。飛びたくて、お腹の底が抜けたみたいにそわそわする。
 机に置いた携帯を握る。
 今、晶也に甘えないで、いつ甘えるんだ! 晶也は彼氏なんだもん! 彼氏にわがまま言っちゃうのが彼女だもん! いいんだもん! 甘える! 猛烈に甘える覚悟です!
 ……知らなかったなぁ。甘えるのにも、覚悟って必要なんだ。
 勇気を出して携帯のパネルを操作する。こういう時は、文字より声だよね。そっちの方があたしの覚悟が伝わると思うもん。
 携帯を持っていたのか、晶也はすぐに出た。
「どうした? 何かあったか?」
「あのさ……。今から出てこれないかな?」
「今から? こんな時間にか?」
「どうしても、会いたい。とは言ってもエッチな意味ではないです。……残念?」
 晶也が苦笑する気配。
「残念だ。こんな時間に会いたいと言われたら期待して当然だからな」
「お〜。なんと素直な答えでしょうか。実はその……体が熱くてね〜」
「ん? やっぱりエッチなことなのか?」
「だから違うって! 飛びたい!」
 あたしは、ドッグファイトで連続攻撃を仕掛ける時のように休まずに言う。
「どうしても飛びたい。飛ぶとこを見て欲しいの。お願いだから止めないで!」
「……わかった」
「そんな簡単にわかっちゃったんだ」
 拍子抜け。さすがに時間が時間だから、明日にしろとか、そういうことを言われるかと想像してた。どうやって説得しようかと思ってたのに……。
「みさきが止めるなって言ったんだろう。それに俺も昔、そういうことがあったからな」
 ──晶也もこういう気持ちを抱えたことがあったんだ。
「家の前で待ってろ。女の子の夜道は危険だからな」